64話 「悪夢の展開」 前編

 バークの説明に納得したはずのアートンだったが、ひとりで捜索しているうちに、また焦燥感に駆られだしていた。

 店舗を片っ端に当たり、女神官のことを訊いて回るが、まったく今のところ成果がなかった。


 ついには周囲をキョロキョロとして、周囲の訝しげな視線も気にならないほど、不安そうな表情でヨーベルを闇雲に捜索していた。

 街灯に足をかけ高見から周囲を見渡す、テラスの椅子の上に立ち上がって、店員に注意される等の奇行に走りだしたアートン。

 しかし飲み屋も多い界隈、アートンと似たような酔客も多かったので、それほど悪目立ちしている感じではなかったのがさいわいした。


 耳障りな、デモ隊の太鼓の音色がまた聞こえてくると、温厚なアートンも心穏やかでなくなってくる。

 デモ隊への不快感を押し込めて、試しに近くのブティックにアートンは入ってみる。

 そこに、デモ隊に参加しているらしい、まだ若い女性を見つける。

 まだ十代ぐらいで、ヒロトよりも少し年上といった感じだ。

 それを見て、アートンの中に、憤りのようなものが湧き上がる。

 政治的にまだ未熟な若者を洗脳して、反エンドールに政治利用している連中がいる、ということが腹立たしかったのだ。

 アートンは、デモ隊の少女と話している、ショップの店員にヨーベルのことを訊いてみようと思った。

 しかし、それよりも先に、アートンは例の妙な太鼓が気になった。

 何故か統一された様式のように、デモ隊がたたいている太鼓だ。


「え? この太鼓?」

 少女が、いきなり声をかけてきたアートンに訊き返す。

「わぁ、お兄さんカッコいいね、一緒に活動してみない?」

「楽しいよ、仲間もいっぱいできるよ」

「あとね~、お兄さんならメンバー内できっとモテモテ!」

 アートンの意図に反して、デモ隊の少女とショップの店員は、ナンパされたような反応をしてうれしそうだった。


 困り顔になったアートンは申し出を断り、改めてデモで使われてる太鼓のことを訊いてみた。

 どのデモ隊も、同じようなものを持ち、太鼓のデザインも似通っていたので気になったのだ。

 太鼓には、鉄塔のようなイラストが描かれ、その鉄塔の先端からスピーカーのようなモノが両サイドに出ていた。

 そして怪しげな文字が、そのスピーカーから飛びだしている感じのデザインだったのだ。


「ああ、これ、エンドールでなんか流行ってる、音楽集団のマークなんだって」

「エンドールで流行ってる?」

 アートンが、ショップの店員に訊き返す。

「そうそう、ハーレージャッスフォン!」

「お兄さん知らない?」

「ハーレー? いや知らないなぁ……」

「まあ、あたしらもまだ実物が、どんなのか知らないんだけどさ、かなりぶっ飛んだ音楽集団なんだって!」

 アートンはジャルダンに長いこといたので、当然流行にも取り残されていたから、聞いたこともない集団だった。


 音楽は少し嗜む程度のアートンだったが、少女たちの話しを聞くに、相当激しいメロディラインが売りの音楽集団らしく、彼の嗜好には合わなさそうだと直感した。

「このままエンドールの支配が強まれば、いつか彼らもサイギンに来てくれるかなぁ」

「ライブ、生で見てみたいよね~」

「いやいや、君たち反エンドールじゃないのかい? エンドールを追いだしたいのか、そのなんとかってのを、呼びたいのかどっちだい?」

 アートンが、思わず突っ込んでしまう。

「そう考えてみたらそうだね~、アハハ!」

「でも、デモは楽しいし、別に暮らしが苦しくなるわけでもないし、どっちでもいいよ」

 少女と店員の話しは、支離滅裂でアートンには理解不能だった。


 クラクラしてきたので、アートンはここで本命のヨーベルについて、彼女たちに訊いてみることにした。

 くだらないことに、時間を潰してしまったという後悔もあったが、アートンは少し冷静になれた。

 これだけ訊いたら気を取り直して、ヨーベル捜索を再開しようと決意したのだ。


「あ~、あの女の人ですか~」


 アートンはデモ隊の少女から、意外過ぎる言葉を聞いて、思わず目を見開く。

「なんかこの辺りを、ウロウロしてた女神官さん?」

「いっぱい見た人は多いと思うよ、すっごい目立ってたから」

「なんか市庁舎のほうに、歩いていってたけど」

「ほ、本当かい!」

 アートンが、デモ隊の少女とショップの店員に確認する。

「え~、お兄さんの彼女? なんだ、ショック~!」

「兄さんなら、あんな美人な彼女、そりゃ持ってるわぁ」

「ちぇ~っ! 期待させといてさぁ」

 不満そうにいう少女と店員。

 アートンはいちいち訂正する時間も惜しかったので、そういう設定にして、改めてヨーベルのことを尋ねる。

 市庁舎の、正面入り口付近でウロウロしていたというのは、かなり信憑性の高い情報に思えた。


 こんなことなら、最初から市庁舎の前で、聞き取りを開始すれば良かった。

 ふた手に別れてしまい、余計な時間を潰してしまっただけだった。

 だからといって、捜索プランを立てたバークを攻めるのは、お門違いだろう。

 アートンは少女と店員に礼をいうと、すぐさま店を飛びだし、市庁舎の正面入口付近まで猛ダッシュする。

「なんとか、手がかりは掴んだ! ヨーベルが、中に入っていないことを祈るだけだ! 待ってろよヨーベル! 今迎えにいくからな!」



「え……。市庁舎に、入っていった……」

 アートンは、全身の力が抜け落ちそうな脱力感を味わう。


 アートンは、市庁舎入り口付近にあった花屋を見つけ、そこの店番をしていた老婆に話しかけたのだ。

 老婆にヨーベルの特徴を伝えるや否や、帰ってきたのは無情な現実だった。


 放心状態のアートンの後方にある大通りには、多数の車と大型バスが行き交っていた。

 大型バスには、オールズ教会のラッピングが早くも施されて、ネーブ主教の改宗を勧める看板が、後部に貼りつけてあった。

 ネーブ主教の庇護下に入ったバス会社が、いち早くオールズの、しかもネーブを後ろ盾に選択した証明でもあった。

 人通りも多く、デモ隊の不快な太鼓と罵声が騒々しい。

 しかしそれらも、今の落胆したアートンには耳に入ってこなかった。

 まさに最悪の結果だった。


「あの……。本当に……、入っていったんですか?」

 アートンが藁にもすがる思いで、もう一度再確認してみる。

 聞き間違いである可能性を賭けたのだが、そんなことは当然覆ることもなかった。

「人を、耄碌ババアと思わんでおくれよ! これでもまだ七十八ですよ!」

 花屋の老婆が、憤慨したようにアートンにいう。

「とっても美人な、神官さんだったからねぇ。よぉく覚えてるよ、忘れたり見間違えたりするもんかい! あまりに、可愛らしいもんだからさ。ほれ、お花一輪あげたんだよぉ。あんた、あの娘さんの知り合いかい?」

 花屋の老婆が、アートンに目を細めて尋ねてくる。

「ああ、まあね……」

 虚脱感から、アートンはそう小声で答えるのが精一杯だった。


「ネーブ主教に会いにいくって、彼女いってたんですね?」

「ああ、ここの一番偉い神官さんに、会いたいっていうからね。教えてあげたんだよぅ」

 完全に予想しうる中で、最悪の結末だった。

 アートンは側にあった椅子に、腰掛けて落胆する。

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