11話 「樵の巣」 前編

「あそこがそうですよ」

 使用人のヤナンに背負われたまま、リューケンが指差した場所には湖と洞窟があった。

 湖の側にある小高い丘には、鬱蒼とした木々が生い茂る。

 その丘の中央に、大きく口を開けた洞窟があった。

 洞窟は真っ暗闇で中が一切見えない。

 洞窟周辺の地盤は踏み荒らされて、ボコボコになっている。

 あれだけ巨大な巨人が、出入りを頻繁にしていれば、自然とそうなるだろう。

「わおっ! なんか冒険物みたいな展開じゃね? ダンジョン攻略なんて、最高じゃん!」

 ケリーが、うれしそうに声高に叫ぶ。


「臆病ですみませんが、念のために、またお訊きしますけど。中は安全なんですよね?」

 バークがリューケンに尋ねる。

「わたしらは、過去何度もあそこに入っていますよ。彼らの出入りに鉢合わせする時間に、被りさえしなければ、何の危険はないですよ。もちろん中には、危険な場所はありますよ。でも、そこにさえ、近づきさえしなければ問題はありませんよ」

 リューケンが安心させるように、そう話してくる。

「先ほど出てきた一体が帰れば、次に表に出てくるのは一週間後ですよ」

 リューケンを背負っているヤナンが、ランプで足元をじっくり照らしながらいう。


「大きい足跡ですね~」

「本当に~」

 リアンとヨーベルが、地面に広がる足跡を眺めて、仲良く話し合ってる。

 ふたりは、手にしたランプの用意をして、火を点けあってる。

「人に危害をくわえないなんて、にわかには信じられないけど。実際、さっき何も、してこなかったからなぁ」

 バークが、リアンから火の点いたランプを、譲ってもらい不安そうにいう。

「巣に入ったら、侵入者に襲いかかる、なんてことないのか?」

 エンブルがリューケンに尋ねる。

「大丈夫だと、いっておりますでしょう。そんなに不安なのなら、村に帰られますか?」

 リューケンがエンブルにいい、不愉快そうな顔をするエンブルが舌打ちをする。

 どうやらエンブルは、リューケンからも敬遠されているようだった。

「ここまで来て、帰れってそりゃないぜ。おまえも、余計なこというなよ。どうせ、人を不快にさせるしかできないんだから、最初から黙ってろって」

 ゲンブが笑いながら、エンブルにいう。

 ケリーからランプを受け取るゲンブが、ライターで火を点ける。


 リアンたちは、さっそく洞窟に入っていく。

 洞窟内は、想像していた以上に広かった。

 ランプを頼りに、下り坂になっている足場を慎重に下っていく。

「中央付近は地面がデコボコです。隅を進むようにして、絶対に中央には近よらないように」

 リューケンが先導しながらいい、リアンたちに指示してくれる。

 暗くおどろおどろしい洞窟だが、ところどころに人工的な、建造様式の面影を見つけることができる。

 この洞窟が、相当古い古代遺跡であるのは、間違いなさそうだ。

 道に盛り上がった地面は、古い柱が横倒しになったもののようだ。

 その盛り上がった箇所の泥を、リアンは靴で払ってみた。

 見たこともない文様が、泥の中からかすかに浮かび上がる。

 ヨーベルもそれを見つけ、感嘆の声を上げる。

「ここは間違いなく、古代遺跡だよね。なんとなくだけど、いい経験がお互いできそうだね」

 ヨーベルに笑いかけるリアンと、大きくうなずく興奮気味のヨーベル。


「なんだか、奥から音が聞こえるな」

 ケリーが耳を澄ます。

 確かに、ドスンドスンと地響きのような音が、暗い洞窟の奥から聞こえてくる。

「奥には、彼らがおりますからな。きっと驚かれるでしょうが、冷静にお願いしますぞ」

 リューケンがいうと、地面からようやく勾配が消えて平坦になる。

 ランプを照らして、リューケンを背負うヤナンが洞窟を先導する。

 その後ろにゲンブとケリーが、興味深そうに続く。

 リアンとヨーベルが手を繋いでその後につづき、バークがランプを持って一行の中程を照らしている。

 その後ろにエンブルがランプを持ち、周囲を見回しながら慎重に追いかけていた。


 そして……。

 そんな一団の最後尾に、タバコの火だけが灯ったアモスが無言で追走していた。

 アモスは一団と距離を離し、鋭い目つきをしながら暗い洞窟を歩いている。

 その顔には表情がなく、無言で追いかける彼女の顔色はどこか青白い。

 吸っているタバコの白い煙が、暗闇の中で浮き上がる。

 そんなアモスの腰には、いつものポーチがかけられ、凶悪な形をしたナイフが常備されていた。


「うわっ、なんだこりゃ!」

「ひゅ~っ! 壮観だな、こりゃ!」

「そ、想像以上ですね……」

 一団が驚いて、各々一斉に声を上げた。

 洞窟の奥には、さらに広大な空間があった。

 そこには、深く広い堀が大きく存在していた。

「巨人さんのプールみたいですね~」

 ヨーベルが率直な感想を、ポツリと漏らす。

 ヨーベルのいう通り、プールのような堀の中に、例の巨人たちが、ひしめき合ってうごめいていたのだ。

 せいぜい、数体がいるのだろうと予想していたリアンたちは、圧倒的な数に驚かされる。


 その堀には、五十体近く巨人が存在していて、灯りすら存在しない暗い空間で、ゆっくりと歩き回っていたのだ。

 中には、倒れ込み完全に動かないのも目についた。

 リアンたち一団は、ランプでその空間を照らしながら、異様な光景に圧倒されて押し黙っていた。

「下に、降りるような場所がないぞ? あいつらって、どうやってここから出入りしてるんだよ?」

 ゲンブが、堀のようになった空間を見回し、どこにもスロープや階段といったものが、存在しないのを見つける。

 完全に、穴にはまり込んでいる状態のバケモノたち。

 堀の深さも、巨人の全長の倍はある。

 いったいどうやって、巨人たちが穴から抜け出してくるのか、疑問に思うのは普通だろう。


「見たら圧巻でしょうが……。次に見られるのは、一週間後ですなぁ」

 リューケンが、どこか含みを持たせるようないい方をする。

 この村の秘密を、公にすると決めたリューケンは、初見の人々の反応を見て楽しんでいるようでもあった。

「と、飛ぶのか? まさか、飛ぶのか?」

 ケリーが驚きながらランプを片手に、階下でうごめく巨人の群れを見る。

 リューケンとヤナンが否定もせず、クスリと笑う。

「しかし、ほんとすごい光景だな……。これは……、想像していた以上だよ、こんなのがまだ残っているなんて。しかも、こいつらは人に、害をくわえてこないですよね……」

 バークは唖然として、巨人の群れを眺め回す。


「アートンさんも、呼んできてあげたかったね」

 リアンがつぶやき、巨人のいる堀以外の場所を、ランプで照らして眺める。

 西側には、地底湖が広がり、湖底から突きだした突起物が、やけに整然と配置されているような気がする。

 鍾乳石なのかもしれないが、規則性の高さから、あれも遺跡の一部なのかとも思えてくる。

 リューケンがいうには、地底湖側は昔からずっとあのままで、そちらに関しては何もわからないという。


「反対の東側は、ここからは暗く見えにくいですが……。地下墓地になっておりますよ」

 リューケンが、暗い壁の方面を指差す。

「地下墓地?」

 バークが尋ねて目を凝らす。

「憶測でしかありませんが、この遺跡に関わった人物たちの、墓所なのではないかと。子供の頃は、罰当たりなことですが、よく墓荒らしのようなことをしたものです。今思えば、不敬なことをしたと猛省しておりますよ」

 リューケンが、落ち込みつつ説明してくれる。

「そちらに、石の橋があるのが見えますか?」

 ヤナンがランプを照らして、堀に架かる黒く変色した橋を見せてくれる。

「あそこを渡れば、反対側の地下墓地にも行けますが、あまりお薦めはしません。あそこを最後に使ったのは、相当昔ですし、耐久度に心配がありますので」


「エンブル、おまえが行って、安全か確認してこいよ」

 ケリーが、エンブルにそういってけしかける。

 ムスッとしたエンブルが、無言で橋に歩いていく。

「おいあんた、どうなっても知らないぞ」

 ヤナンが、橋を歩こうとするエンブルを、心配して声をかけてくる。

 しかし、橋はびくともせず、エンブルは橋の中ほどまで難なく歩ける。

「アーチ状の橋だ、この構造なら耐久度は問題あるまい。しかし、湿っていて足場としては悪いな、俺は地下墓地を見てみたい。調べてみてもいいか?」

 エンブルがリューケンに尋ね、許可される。

 エンブルが、対岸側の地下墓地をランプ片手に歩いている。


「あそこは、村人のお墓、ってわけじゃないんですか?」

 リアンがリューケンに尋ねる。

「遺跡の人々の墓地ですからな、村人は誰も入ってはおりませんよ」

 リューケンが、リアンに優しく教えてくれる。

「下の巨人さん……。何人か、動いてないのもいますね~」

 ヨーベルが、穴にいる中で、いくつか動いていない巨人を見つけていう。

「本当だな……。さすがに死んでるのか? あの辺りは?」

 倒れているのがいたり、座ったまま動かないのをゲンブが見つける。

「死なないんじゃないのかよ、それとも壊れたのか? 落ちこぼれってのは、どんな世界にもいるんだな」

 ケリーが笑いながら、倒れ込んでいる巨人を指差す。

 村にとって恩義のある巨人をバカにされたような気がして、リューケンとヤナンがケリーを嫌な顔をして見つめる。


「村に来てくれるのは、いつも一体みたいでしたけど。毎回、同じ巨人が来てくれるんですか?」

 バークがリューケンに尋ねる。

「その辺り、確信持っていえないのですがね。どうも毎回訪問してくるのは、違う個体なようです。確信が持てないのは、本当によく似たのが、連続で来ることもありますからな。さすがにわたしらでも、見分けがつきませんのですよ」

 リューケンがそういって笑う。

「あの人かな? さっき村に来た人」

 リアンが一体の巨人を指差す。

「よくわかるな」と、ゲンブがいう。

 リアンは、バケモノの背中に貼ってある、お札のようなモノで、個体を識別していた。

 微妙に、お札の種類が違うのと、貼ってある位置が個体ごとに違ったのだ。


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着想はロードランナーだったりします。

知ってますか?ロードランナー。

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