11話 「樵の巣」 後編

「さて、みなさん、もういいでしょう。ここで、お帰りになりませんか」

 リューケンが、帰るのを提案してくる。

「爺さん、あんたらにとって、この連中は神様みたいなもんでもないのか?」

 地下墓地から橋を渡って、エンブルが帰ってきて訊く。

「ふむ……。わたしらの上の世代では、信仰の対象のようだったようだったかな」

「村長さんは違うんですか?」と、リアンが訊く。

「わたしにとっては、子供の頃は肝試しの対象でしたし。ハーネロ戦役期以外では、村を潤してくれる恩人のような存在でした。村にとっては、神と崇める対象なのかもしれませんが、そんなことを思う村人は、もういないでしょうな。自分勝手な考えかもしれませんが、彼らも好意として、例の作業を行ってくれているのか、不明ですしなぁ」

 リューケンが背負われたまま、腕を組んで考え込む。

 自分でも確実に、恩知らずなことをいっているのを理解しているようで、表情が険しい。


「村のために、盲目的に働いてくれてるじゃないかよ~。そんな連中なのに、対応冷たくね? 村が悠々自適に暮らせてるのも、ヤツらのおかげじゃん」

 ケリーが嫌な点を、ズバズバ突いてくる。

 ケリーのいう通り、その点だけを見れば村にしたら神に近い存在として、崇めるべき存在なのだろう。

「だがな……。この巨人は、村に強力な呪縛を与えもしました」

 リューケンがポツリとつぶやく。

「自由を奪い、猜疑と排他の精神を、村に根づかせてしまいました」

「それって、あんたらが勝手に、そう思ってることじゃないのか? もう一度いうけどさ、村を潤してくれる存在なんだぜ。逆恨みも、いいとこじゃないかよ、へへへ」

 ケリーが、ズカズカといい放つ。

「かもしれないな……。お主らがこの村に来たのも、この呪縛を解くため、だったのかもしれんな。都合の良い解釈かと思いますが……」

 リューケンが自嘲的に笑う。


「村長さん、そう悲観することもないでしょう。変化のきっかけを得たと自覚したのでしたら、村全体で変わっていけばいいんですよ。村には潤沢な資金もある、遠方に出ていった、若い人たちが帰ってきてもらえる、きっかけにもなるかもしれないですし……」

 そこまでいって、バークが言葉を止めて考え込む。

「いや、さすがに勝手に話し進め過ぎかな。部外者が出過ぎたこといいました、忘れてください」

 バークがしゃべりすぎたことを詫て、リューケンに謝罪する。

「いや、貴重なご意見ですよ」

 リューケンがバークに笑いかける。

「新しく生まれ変わるか、なかなか面白そうですな」

 リューケンが考え込むようにいう。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。もう巨人の住処も見たし、リアンたちもいいよな?」

 バークが帰宅を宣言した途端、ゲンブが彼の肩をたたく。

「なぁ、団長さん、悪いんだけどよ。俺たちは、もう少しここを見てみたいんだが。ダメか?」

 ゲンブが、そんなことをいってきた。

 顔を見合わせるバークとリューケン。

「特に、あっちが気になるんだよ」

 ゲンブが指差す方向は、洞窟の最深部らしき場所で、何やら人工的な遺物が見えるのだ。

「あれか……。あそこは、おそらくこの遺跡の主の墓所。向こうの、地下墓地で眠る人々とは違う、明らかに高位の人物だろう」

 リューケンがそう教えてくれる。


「おいおいっ! そんな面白そうなところ、見ずに帰れないだろ」

 ゲンブとケリーが、激しく食いつく。

「石棺があるだけで、お主らが好きそうな、お宝めいたものなどありませんよ。遺跡の主、そっと眠らせて、おいてやりたいのだがな」

「見るだけだって!」と、ゲンブがリューケンに食い下がる。

 リューケンとヤナンが困惑したような顔になる。

「あの……」

 ここで、リアンが声をかける。

 いつものように、挙手は忘れない。

「まさかリアンまで、奥に行きたいのかい?」

 バークが尋ねてくる。

「いえ、そうじゃなくて……。ちょっと思ったんですよ」

「何をですか~?」と、ヨーベルが尋ねる。


「えーと、ですね……。僕、なんとなく思うんですけど。あの巨人は、たぶんハーネロンじゃないと思うんですよ」

 リアンが、まだ挙手したままいう。

「そりゃハーネロ戦役より、以前からいるってんだから、そうだろうよ」

 ゲンブがリアンにいってくる。

「僕の予想では、カーガノンだと思うんです」

 リアンがやや自信なさげに、挙手した手を降ろしながらモジモジしていう。

「は? カーガノン?」

 その場にいた人々が、口を揃えていう。

「カーガノンってのはなんだぁ? 新ワードが多すぎると、ついてこれなくなるヤツ出てくるぜ、坊や」

 ケリーがヨーベルの真似をして、リアンの頬を軽く突いて笑う。


「えーと、カーガイドってのが、あったじゃないですか」

「カーガイド?」と、リューケンがリアンに尋ねる。

 視線が一斉に集中してきたので、またリアンはモジモジとしだしてきてしまう。

 こういう空気になるなら、口にするんじゃなかったと、リアンは後悔してしまう。

 でも、どうしても気になったことがあったので、つい口を出してしまったのだ。

「リアンくんは、ノベルドマークのことをいっているのですか~!」

 ヨーベルが大声で歓喜の声を上げて、一同の視線をかっさらってくれる。

「ハハハ、ノベルドマークねぇ? “ 超古代文明 ”とかいう、ぶっ飛んだおとぎ話のことかい?」

 ケリーが、バカにしたような表情でいってくる。


「ハーネロ戦役っていうのも、すでにぶっ飛んでるが、さらに上をいくヤツだな。かつて滅んだ文明があって、今はその文明の消滅後の世界だとかいう……」

 ゲンブが、周りの遺跡を見ながら語る。

「でも、事実カーガイドってのは、今でも残ってはいるな。胡散臭い大道芸人、みたいなのばっかりだがよ」

 ケリーが思いだすようにいう。

「これだけ近代兵器が発達した世界で、未だに古文書読み込んで長々しい詠唱唱えて、ポンってちっこい火を、出したりするんだよな。緊張と緩和の絶妙なバランス、あの芸は、多少面白いな」

 ケリーが、過去見たことのあるカーガイドを扱う大道芸人を思いだして笑う。

「まあ、そういった魔法みたいなのに、今もロマンを感じる気持ちはわかるがね」

 ゲンブがクスクスと笑い、壁の遺跡を眺める。

 遺跡には、怪しげな古代文字が書き込まれていた。


 リアンにしたら、「あること」を話したかったのだが、完全に導入を間違えてしまったような感じだった。

「おいおい、役者の卵ちゃんが、何照れてるんだ。そういう台詞は、演目によったら、山ほどいわなきゃならん代物だろ。今から照れてて、どうすんだい」

 ゲンブが、リアンが赤面しているのを見て笑う。

「試しに何か、魔法の詠唱の演技でもやってみせてくれよ。迫真の演技でやるほど、緩急あってあの芸は面白いからな」

 ケリーがリアンに、バカにしたようにいってくる。

「急にごめんなさい。僕、以前似たようなものに、立会ったものがあったもので。既視感っていうヤツを、感じちゃって」

 慌てたようにいうリアンが、そう弁明する。

「これと、まったく同じような状況? 以前? どういうことなんだい?」

 助け舟をくれるように、バークがリアンに尋ねてきてくれる。


「え~と、僕が前に、住んでいた村にですね。実際、ああいったオバケがいたんです。ここのよりかは、だいぶと小さかったんですけどね」

「そうなのかい?」と、バークがリアンに訊いてくる。

「うん、で……。そのオバケの住処に侵入して、その正体を暴いてくれた人がいたんです」

「なんだ? どういう奴なんだ? そりゃ?」

 ゲンブがリアンに訊く。

「なんだか小難しそうな、カーガイドの研究者の人でした」

 リアンがその人物を思いだして、ポツリという。

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