3話 「帰路検証」 後編

「おいおい、きみまで話しをややこしくさせるのかい? そういう話しだって、いってたじゃないかい……」

 バークが困ったようにいい、椅子から中腰になってリアンに尋ねる。

「えっと……。その、なんといっていいのか……」

 バークの困惑したものいいにリアンが言葉に詰まりつつ、あの時のことを思いだそうとしていると……。

「すごかったですよっ! あの人!」

 ヨーベルがいきなり大声を出し、その場に立ち上がる。

 店内の衆目がまた集中し、入店してきたばかりの労働者風の肥えた男性客と、席に案内しているウェイトレスも驚く。

 ウェイトレスはなるべく変な集団の客から、新規の客を遠ざけるように、遠めの席へ案内する。


「……どう、すごかったのよ?」

 アモスが新しいタバコに火を点けながら、冷めた視線を送りながらヨーベルに訊く。

「え~とですねっ! こうやって手をですね……」

 アモスの冷たい視線に怯みもせずに、ヨーベルは身振り手振りを交えて、説明しようとする。

「我が内に宿りし、か、神ならざるものよ……。えっと、今こそその……えっとぉ……」

 ヨーベルがまた、おかしな行動と言動を取りだす。

「それ、長くなりそうだし、後でまとめといて。ついでに、もっと固めときな、その変なキャラも」

 アモスはヨーベルの戯れ言を止めさせると、大きくタバコの煙を吐きだす。

「任せといてくださいっ!」

 ヨーベルは、アモスに相手にされていないのを気にも留めず、元気に返事をする。


 しかし、ここでヨーベルが説明しようとしたことは、別に嘘偽りではなかったのだ。

 設定不足な詠唱は彼女のオリジナル要素だが、リアンを助けたバックマーという人物が、実際に行った治療方法は真実だったのだ。

 ただ、この場でリアンを実際に瀕死の状態から蘇生させた一部始終を、見ていたのがヨーベルだけなのだ。

 彼女の行為を、真実として捉えることができる人物が、この場にいなかったのだ。

 バークにしろアモスにしろ、リアンが蘇生した瞬間しか確認していないのだ。


 食後の飲み物も飲み終え、一段落着いた時分に、メイド服姿のウェイトレスが食器の片づけをしていいか尋ねてくる。

 バークはそれをお願いし、テーブルの上を綺麗にしてもらう。

「で、話し戻るけどさ。さっきの謎の二人組だが……。彼らが、俺たちに不利になるような、情報を話すとは思えないよ」

 バークが腕を組んで、アモスにいう。

「なんで、そう断言できんのよ?」

 アモスのそっけない質問。

 その表情には、不信感が露わになっていた。


「短時間しか一緒にいなかったが、そういう感じの人ではないと思えるよ、うん」

 あやふやな、そう答えるしかないようなバークの回答は、自分自身を納得させるようだった。

「あんたがそう信用する根拠が、ほんと弱いのよ」

 バークの言葉を、当然のごとくアモスは一蹴する。

 そんな、言葉に詰まったバークを見て不憫に思ったリアンが、バークの言葉を後押しする。

「島のどこかにいるかもしれないって、口裏でも合わせてくれたらありがたいですよね。そうすれば、僕らが島を出たってことも、発覚が遅れるんですけどね。あのふたりいい人そうだったから、案外期待してもいいかもですね」

 リアンの援護も、しょせん希望的観測の域を出ないのだが、アモスはリアンには深く突っ込まない。


 そして、バークがこんなことをいってしまう。

「あのふたりが、仮に俺たちが逃げたことを話したとしても。まさか、この街にやってきてるとは、誰も想像できないだろうしな」

 その瞬間、アモスがガバリと立ち上がり、バークににらみを利かせる。

「そのことを~! あたしは港から、ずっと! いってたんですけど!」

 ドスの効いた声でアモスが迫り、バークはついに己の言葉で、自分の今までの行動が間違っていたと、肯定せざるを得なかった。

「お、おまえが全面的に正しいな……」


 港からエンドール兵に怯え、身を隠すように移動していたバークたちの行動には、なんの意味もなかったのだ。

 アモスにいわれ、ようやくバークも自覚して赤面するのだ。

「とりあえず、真相はハッキリしないけど。これだけは、いえるでしょっ!」

 アモスが椅子に座り直し、腕を組みバークとアートンをにらみつける。

「あたしら人影に怯えるゴキブリみたく、コソコソカサカサする必要なんてないのっ! 男のくせに、みっともないのよっ! それとも港で見せつけてくれたあのスニーキングが、女にモテるとでも思ってるわけ?」

 バカにしたように椅子にふんぞり返り、アモスはタバコの煙を吐きだす。


「あたしら堂々と、旅してる人間の振りしてればいいのよ! それでもまだ、何か問題でもあるのかしら?」

 そこまでいって、アモスがアートンとバークの反応をうかがう。

「あるなら是非とも聞かせてよ、有能そうなイケメンさん?」

 アモスは隣のアートンに、挑発するように訊く。

「い、いや、何もないよ……」

 バーク同様、アートンも自分の今までのみっともない行動を思いだして、気恥ずかしい思いでいっぱいだったのだ。

 アモスのいったことは、何ひとつ間違っている感じではなかった。

 あと自分が、本当は囚人であることを、バーク以外には黙っていることも負い目となって、必要以上にアートンはエンドール兵を恐れていたのだ。

 そんなアートンに、アモスが冷たい視線を投げかけていってくる。

「もし何だったら、あんただけでも帰ってもいいわよ。本来、逃げてくる必要ないんでしょ? なりゆきで、引っ張ってきたようなもんなんだし。嫌なら、とっとと消えてよね!」


 そういうアモスを、バークは黙って見ていた。

 バークだけは、アートンが本当はジャルダンの囚人であることを知っている。

 このことは、この仲間内では黙ってやろうとバークは思っていた。

 ズネミンやスイトを交えて話した際に、バークも確実に感じたのだ。

 アートンは囚人とはいえ、凶悪な人間ではないということに。


「淫獣っぽいこの男が、旅先でいつか本性を表しそうで、そっちのが不安よ!」

 アモスの言葉に、アートンは思わずむせ返りそうになる。

「淫獣なアートンさんは、島に帰らなくても大丈夫なのですか~」

「職場放棄で、後々大変なことになりませんか?」と、リアンも不安そうに尋ねてくる。

 ヨーベルの余計な一言はさておき、ふたりのいうことはもっともだった。

 ジャルダン刑務所から無断で脱走してきた看守とならば、帰ったほうがいいかもしれないと考えるのは普通だろう。

 ましてや、アートンは真面目な人間なので、仕事を途中で放りだすようなタイプにも見えなかったのだ。

 ところが、当然ながらアートンは考え込む。

「ん~、否定すべきところは否定しておきたいが……。まあ、せっかくだしなぁ……」

 すごく軽い理由を、いい放つアートン。


 そんなアートンの反応を、アモスが見逃さない。

「せっかくだぁ? おまえ、なんか、妖しいわね? 帰りたくない理由でもあるわけ? それとも、本気で下心持ってるんじゃねぇだろうな?」

 アモスがアートンの軽薄な決断が気になり、邪推してしまう。

 アモスでさえも、アートンは真面目一辺倒な人間で、責任感がある人物だと感じていたのだ。

 いくら状況が状況でも、そこまで軽く職場放棄を選択する行為に、不信感を抱いても不思議はなかった。

 このパーティー内では、アモス、リアン、ヨーベルの三人は、アートンのことをジャルダン刑務所の看守と今でも思っている。

 そんなに簡単に決めていいのか? という、不自然さが生まれても自然なことだった。


 そんなアモスの詰問を、バークがなだめる。

「まあまあ、こういう話しはもう少し落ちついてからにしようや。身の上話しは、お互い詮索しあわずってのがルールだろ。アートンも、あんな息の詰まる島にずっといたんだ。外に出られたんなら、会いたい人や戻りたい場所があっても普通じゃないか。そういうことよりも、今は、これからの展開を考えてみないか?」

 バークはやや焦り気味に、アートンのフォローをする。

「こっちは、貞操の危機もあんだよ!」

 バークとアートンを、アモスが怪訝な目で眺める。

「ところであんたも、普通に港の職員でしょ? 簡単に抜けでてきたのは、島の暮らしにでも飽きたっての?」

 アモスが、もうひとりの脱走者バークにいう。


「いや、俺は脱出の際に、あの大女の仲間を騙して、ヨーベルのところに来たんだっていったじゃん。あそこに残ったら、大女の仲間からどんな目に合わされたかわかんないだろ。あのヤバそうな大女の仲間だぞ、その仲間がどんな怪しげな連中か、得体も知れない」

 バークが、ヨーベル救出の際に、港にいた大女の仲間らしき船長姿の男を欺いたことを話す。

 そして、同時に港で見た異様な光景も思いだす。

 たくさんの看守が集まっていたが、ほとんどが、脱水症状に近い状態になって苦しんでいたのだ。

 あの不遜な態度の船長らしき男がニカ研の人間としたら、大女同様人外の力を持っていても、なんら不思議はないのだ。

 船でやってきた一行のリーダーらしき大女が殺されたとあれば、その責任を追求される可能性は高い。


「へへへ、それにさ……。俺も島の暮らしに、飽きていたってのも正直あるよ。アートン同様、“ せっかくだし ”という気分も、実は俺の中にあるんだよ。そこは隠さないよ、ハハハ。あと、旅は道連れっていうだろ……」

「いい歳したオッサンが媚びるような笑顔、気持ち悪いわよ!」

 バークの釈明に、アモスが不快感を露わにして一蹴する。

 しかし、腕を組んでバークを見ながら考える。

「変なこと考えていたら、あんただろうと容赦しないからね……。港からの一連の行動で、あんたへの期待値、相当下がったんだからね。せいぜい、これからの旅のリーダーとしての資質、見極めさせてもらうとするわ」

 バークに不敵に笑うと、アモスはニヤリとしてタバコを一服するのだった。


「信用回復は、ちゃんと示してみせるよ……。俺も、いろいろありすぎてテンパっちゃってたんだよ。あんたはその冷静な判断で、おかしいと思った場合は矯正してくれていいから、もう一度チャンスをくれるとありがたいよ」

 バークが申し訳なさそうにいい、アモスだけでなく、リアンやヨーベルにも視線を向ける。

「君たちも、俺らが迷走はじめたと思ったら、遠慮なく口出ししてくれるとありがたいよ。どうもテンパると、判断力が鈍ってしまうみたいだから……」

「あらぁ、殊勝なこって、頼もしいわね~」

 アモスは、小馬鹿にしつつバークにいう。

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