3話 「帰路検証」 前編
アモスにいわれるがまま、慌ててバークたちは目についた、一件のレストランにやってきた。
入店すると、リアンたちは窓際の席を通される。
表の通りを路面列車が通過するのを偶然見たヨーベルが、窓に子供のように張りついてはしゃぐ。
店員の制服が、やけにヒラヒラしたメイド服だったので、ヨーベルが興味深そうにその制服を見つめていた。
店員の接客態度には問題がなく、店内もいたって衛生的だった。
店は昼時を過ぎていたため、それほど混んでいない。
数人の客と、カウンターにいるマスターが好奇の目で、子供のようにはしゃいでるヨーベルの姿を見ていた。
適当に食事を注文し、店員が持ってきた水を全員が一斉に空にする。
各々が料理を堪能したあと、アモスがタバコを取りだす。
ヨーベルが火を点けようと立ち上がろうとするが、アモスがそれを制する。
座席的に、いちいちヨーベルを待ってるのが面倒だったアモスが、さっさと自分でタバコに火を点ける。
「とりあえず、一息つけた感じだな? 悪いな、港からここまで、みなを引きつれまわした感じになっちゃって」
バークがアモスの視線を気にしながら、全員に謝罪する。
「いえいえその件は、僕は大丈夫ですよ」
「それと、ごちそうさまでした~」
リアンとヨーベルが無邪気な視線でいってくれたので、バークは思わず微笑んでしまう。
「どういたしまして。じゃあ、さっそくだが……。今後の具体的な方針を決めていくか」
バークが表情を少し硬くして、決断したようにそう宣言する。
「ハ~~イッ! コソコソすんの反対で~す!」
すると、いきなりアモスがくわえタバコのまま、挙手してそう先制してきた。
「なんだよ、いきなり」
運悪くアモスの隣の座席になってしまったアートンが、思わずアモスにいってしまう。
「なんだじゃねぇよ! あんたらのせいで、余計に怪しいんだよ!」
アートンに煙と怒気を吐きだしながら、アモスがそうまくし立てる。
「し、慎重に行動するに、越したことないだろ……」
アモスの剣幕に眉をしかめ、アートンが言い訳するようなトーンでいう。
「慎重だぁ? いったい、なんのためにだよ?」
アモスがアートンにさらに食い下がり、次いでバークに視線を移す。
「なんのためって、そりゃあ……」
アートンとバークが異口同音で言葉を発するが、そのつづきが出てこない。
エンドールに見つかるわけにはいかないと思い、ふたりは港から隠密行動をしていたが、冷静に考ええたら、その理由が上手く説明できなかった。
そんな逡巡するアートンとバークに対して、アモスがハッキリという。
「だいたい、誰があたしらのこと知ってんだよ! どんな自意識過剰よ!」
アモスが、いたって普通の正論をいった。
「バカじゃないの? ああ、真性のバカなのかしら?」
指で頭をクルクル回しながら、アモスは余計な追撃をしてくる。
「い、一応ジャルダンから、訳有りで逃げてきた身なんだぜ、俺たち全員」
バークが、苦し紛れでアモスに釈明する。
「ふ~ん」と、小馬鹿にしたような表情でアモスがいう。
「で……? 誰が、追いかけてくるってのかしら?」
アモスの言葉で、その場に沈黙が訪れる。
バークもアートンも答えられない。
バークの隣の席のヨーベルが、「誰です?」とこっそりと耳打ちしてきたが、やはりバークは答えられない。
「そりゃあ、ジャルダンとかエンドールの……」
「あと、ニカ研と思われる、例の謎の武装勢力とか」
アートンとバークがかろうじて発言するが、すぐにアモスににらまれて黙る。
「あんたらそれ、本気でいってるの?」
アートンにタバコの煙を吐きかけて、侮蔑を込めた表情でアモスがいう。
「仮にジャルダンの連中が、外洋に出たあたしらの船の行き先を、探してたとしてよぉ。あたしら逃亡者が、サイギンにいるに違いないって、ピンポイントに決め打ちしてくる根拠は何よ? だいたい島からこの街まで、どれだけ離れてるのよ! 超能力者でも、追手にいるってのか?」
アモスの今のセリフに、ヨーベルが何故かうれしそうな顔になる。
「あいつらはきっと、サイギンに向かったはずだぁ! ってよぉ。どんな探索能力だよ! 冷静に考えて、あり得ないだろ!」
アモスがそう怒鳴り、店内に声が響き渡る。
店内の人間が、一斉にアモスたち一団に注目する。
その注目に対して、バークが無言で立ち上がり謝意を表す。
しかし、アモスはここでハッとする。
ジャルダンを脱出する際に、ぶち殺してきた大女。
怪しげな術を使っていたし、アモスの「見えなくなる能力」も効かなかったバケモノだ。
ズネミン号での航海中に、バークの話しによると、ニカ研の特殊部隊のリーダーかもしれないと聞いた。
(ニカ研か……、こいつらも異能の力を持っていても、おかしくないのよね。まさか、あたしらの行き先を、把握してるとは思えないけど……)
アモスは無言で、タバコのフィルターを噛みながら考え込んだ。
「ん? どうしたんだよ……」
急に黙ったアモスを、アートンが怪訝な顔でのぞき込む。
「なんでもねぇよっ! とりあえずだ! あんたらこの街が、エンドールに占拠されていたのが予想外だからって、ビビりすぎなのよっ!」
アモスが大声を出すと同時に、ドンとテーブルをたたく。
その音で、再度店内の人々が注目してくる。
メイド姿のウェイトレスが、怖い者を見るような視線でアモスを見てくる。
「トースロンとかフリッツのほうが、ジャルダンからなら近いですね~。怖い追っ手さんなら、きっとそっち方面探し回ってるはずです! マヌケなクソ野郎どもなんです!」
何故かアモスに感化されたのか、ヨーベルまで汚い言葉でそんなことをいう。
しかし、ヨーベルのいってるのはもっともだった。
ジャルダン島からエンドール方面に向かうとしたら、距離的にトースロンか、当初の目的地フリッツしか考えられないのだ。
誰が、遥か西方のフォール王国領の港町サイギンを、目指すとか考えるだろうか。
しかもズネミン号での航海で、例の大暴動からけっこう時間も経過しているのだ。
「ヨーベル、口が悪いわよ。でも、臆病な男どもよりも、きちんと状況理解してるじゃない」
アモスがタバコを揉み消し、ヨーベルを賞賛する。
「えへへ、褒められました」
ヨーベルがうれしそうにいい、リアンが軽く拍手で応える。
「仮に追手を手配するとしたなら、フリッツ、トースロン。他にどこか候補地ある?」
アモスが、アートンとバークを見比べ訊いてくる。
そう問われ、アートンとバークは言葉に詰まる。
「この街にも、来るかしらね~?」
困り顔のアートンとバークのふたりを見て、アモスが馬鹿にしたようにいう。
「そもそもよ! あたしらの存在を認識してるヤツが、ジャルダンにいると思ってるわけぇ? “ あの馬鹿騒ぎ ”でどれだけの被害が出たと思ってるの? あの混乱の中から、行方不明者を把握するだけでも、すごい労力よ。追手がかかってるのかどうかも、怪しいじゃない」
アモスが、アートンとバークをハッとさせるようなことをいう。
炎上、崩壊する巨大刑務所。
まるで戦争でも起きたような、血みどろの銃撃戦で発生した、おびただしい死傷者。
海の孤島の刑務所は、アモスのいう通り大混乱のはずだった。
そんな中で、ピンポイントで島を逃げだした人間を、すぐに把握できるとは思えない。
まして、その逃亡者がサイギンという、島から遥か西方にある都市に来ることを予見するなど、不可能に近いだろう。
「……た、確かにな。ヨーベルの存在が消えたことに、大騒ぎしてるかもしれないだろうが……。島を出たと思うヤツ……、なんかいないよな?」
バークが、隣の席のヨーベルをチラリと見る。
「理解すんの遅すぎ! やっとかよっ!!」
ここでまたアモスが大声を出して、店内の人々を驚かせる。
「バーク! あんた案外、頭悪いんじゃないの? 当たり前みたいに、リーダー面してるけどさぁ! あんたのこと、信用していいわけ?」
アモスがバークを指差し、嫌疑の目を見てくる。
その鋭い視線に狼狽するバークが、「うむむ」とうなる。
「そういやあの時、あんた以外に別のヤツらがいなかった?」
アモスが急に思いだしたのは、あの日客人として島に来ていた、バックマーとテンザという人物だった。
アモスも、今の今まで存在を忘れていたようだった。
「あの黒服ふたり、いったい誰なのよ? 絶対、島の職員じゃないわよねっ!」
アモスが、バークを詰問するように訊いてくる。
「そ、それなんだが……。正体は、俺もよくわからないんだよ」
バークは正直に話す。
あまりにも緊急事態だったので、あのふたりの素性や名前まで、聞いていなかったのだ。
ふたりの名前が、バークにはまったく思いだせない。
「はぁ? あの大女どもの仲間じゃ……」
「いや、大丈夫だよ」
アモスの疑惑に、そこはすぐにバークが解答する。
「あの武装集団の同行者だったのは、確かなようなんだが……。ふたりは、どうも連中とは無関係な感じだったよ」
バークがそういうと、ヨーベルも思いだしたようにいう。
「わたし、なんとかさんと一緒だった、もうひとりの方からコート借りました! あのコート、ズネミンさんの船に置いてきちゃいました。やってしまいました~」
実はヨーベルは、バックマーから名前を聞いていたのだが、すっかりその名前を忘れていた。
さらにいえば、この時ヨーベルがきちんと彼の存在を覚えていれば、今後の展開も大きく変化していたのだった……。
「今はそんなのどうでもいいの、あんたは黙ってな!」
実はすごく重要な情報を引きだせたかもしれないヨーベルを、アモスは一蹴して黙らせる。
「はいっ!」と素直に、ヨーベルは今日覚えたエンドール式の敬礼で応える。
「バーク! あんたのいってるそれって、勝手な願望なだけでしょ! ふたりも、あの連中と同じ船でやってきたんでしょ? あいつらもニカ研の人間じゃないの? どういう根拠で、あんたは無関係だっていってんのよ?」
アモスが核心に迫る部分を、かなりキツ目に訊いてくる。
「それは、なんていうのかな……」
思い起こしてみれば、アモスのいう通りで、今の今まであのふたりの素性に、バークはなんの疑問も持っていなかった。
教会へヨーベルを救出しに行くという、正義感で行動していたようであったので、なんとなく味方サイドだと思い込んでいたのだ。
どういう人間で、何が目的で島に来たとか、今まで考えもしていなかったのだ。
ただ、敵じゃないという一点でのみ、存在を認識していたのだ。
バークという人間の、意外と杜撰な情報処理能力が露呈してしまう。
「そもそも彼ら、リアンくんも手当てしてくれたんだろ? そんな人たちが、こちらに敵対してくるとは、考えられないだろ」
バークはヨーベルの向こう側に座っているリアンに、確認するように訊いてくる。
その口調はまるでいい訳しているかのようで、バークは若干自己嫌悪してしまう。
ところが、リアンはしばらく考え込み、こんなことを口にする。
「そういえば……。そのおふたりが、僕のこと助けてくれたんですよね?」
リアンが不安そうにいう。
実はリアンは、あの時の記憶がほとんどないのだ。
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