7話 「教会での一夜」 其の一

 やっと到達したオールズ教会は、古い石造りの質素な建物だった。

 よく見かける装飾過多な様式のオールズ教会を、予想していたリアンにとっては意外すぎる建物だった。

「かなり、古い教会みたいですね……」

「古くさい」という言葉を封印して、リアンは教会を見てつぶやく。

「ガッカリした? もっと綺麗なの、想像してたでしょ? わたしも最初そうだったんだよ、きちゃない建物だなぁって~。リアンくんの気持ち、すっごくわかります!」

 まるで、勝ち誇ったような感じでローフェ神官がいう。

 それを、困った表情でエニルは眺める。

 リアンは、ローフェ神官の言葉には驚かされっぱなしだった。


「隣のお屋敷は?」

 リアンが教会の隣にある、教会とは比べ物にならないぐらい綺麗な屋敷を指差す。

「こっちの綺麗なお屋敷は、わたしたちが暮らす、おうちなのですよ! ばっちい教会とは違って、快適な暮らしを約束しますよ!」

 左手で敬礼をするローフェ神官は、笑顔でリアンに語りかけてくる。

 古い石造りのオールズ教会の隣には、木造建築の白い綺麗な洋館が建っていた。

 明らかに教会とは違い、丁寧に作られたその建物は、ローフェ神官ひとりで暮らすにしては大きすぎる建物に思えた。

 脱走囚の件があったからか、屋敷の周囲には無骨で物々しい、突貫で作られたバリケードがあったりする。

 窓にも板が打ちつけられていたりして、一階部分はほぼ封鎖されている。

 詰所の人は大丈夫だとはいっていたが、実際にこういう光景を目にすると、リアンは不安になってくる。

 しかし反面、二階部分にはベランダがあり、そこには普通に洗濯物が干されていたりした。

 二階の窓には、板も打ちつけられておらず、全開になってカーテンが風で揺らめいている。

 一階部分の、警備の物騒さと比べ物にならないぐらい、平和で普通な印象だった。


 なんともいえない複雑な気持ちになるリアンだが、けっこうな武装をして、親切に対応してくれた詰所のエニルに対して、警備のことでとやかくいうのは失礼かと思ったので黙っていることにした。

 粗探しを指摘するようなことをして、不興を買うようなことはしたくなかったのだ。

 そしてリアンは、さっき実はすごく失礼なことをローフェ神官がいっていたのに気づいたのが、教会へのドアを開けてもらった時だった。


(そういえば、この人さっき、汚い教会って……)


 いまさらながら、リアンは思ってしまった。

 そんなリアンの気持ちも知らずか、ローフェ神官はうれしそうにしている。

 それを見つめるリアン。

 やはり綺麗な顔立ちをしている女性だなぁと、リアンはぼんやりと思ってしまう。

 ステンドグラスから指す鈍色の光が、薄暗い礼拝堂の荘厳さを演出していた。

 建物の外見は質素だったが、内装はかなり手がくわえられていて、かなり立派な作りになっていた。

 広さの割りに礼拝堂の椅子が少なく、無駄なスペースがやけに多いのもリアンは気になる。

 二階部分には、渡り廊下も存在しているのが見える。

 教会の奥は聖堂になっており、信仰の対象であるオールズ神の彫刻が祀られていた。

 石造りの教会に反して、オールズ神の彫刻は木造だった。

 何か理由でもあるのだろうかと、リアンは疑問に思ったりする。


「それでは、わたしはセザンと、荷物のほうを片づけていますよ。ローフェ神官は、リアンくんに教会の案内でもしてあげてください」

 そういってエニルが、ロバのセザンを連れて教会の裏手に向かう。

 ローフェ神官が、裏手にはロバのセザンの厩舎や井戸、地下氷室があると教えてくれた。

「あとで、そっちも案内してあげるね」

 ローフェ神官が楽しそうに、リアンに約束してくれる。


 教会内部には、二十人ぐらいが座れる長椅子があり、礼拝堂の広さの割りには、はやり収容人数が少ないように思えた。

 反面、長椅子の周囲には、かなり開けたスペースが多くあり、何か調度品でも設置する予定なのかなとリアンは思った。

 渡り廊下のある二階部分をリアンは眺める。

 天井には古いシャンデリアがあり、すでに調度品として使用されているだけで、灯りとしての役目を果たしていないようだった。

 礼拝堂の灯りは、ステンドグラスから差すカラフルな鈍い光と、燭台の炎がメインといった感じだった。

 なんだか、妙な内部構造の礼拝堂だなぁとリアンは思う。

 それほど教会に通ったことがないリアンだが、故郷の村にあった教会は小さなものとはいえ、普通に誰が見ても教会らしい教会だったのだ。

 この建物も、教会であることには間違いないが、どこかいろいろ変なのだ。


(間違い探しを、してるようだなぁ……)


 そんなことを思いながらも、リアンは礼拝堂の奥にある立派なオールズ神の彫刻に近づく。

 木製の彫刻は、長い年月の間に乾燥して黒ずんでいるが、それでも独特の趣があって尊さを感じさせた。

 燭台の光を浴びて、後ろにある黒いカーテンに影が差し揺らめいている。

 オルガンもあるが、遠目からわかるほど放置されているようで、ほこりが積もっていた。

 書架には、オールズ教の経典である、「ダイアリ」がギッチリと収納されている。

 ローフェ神官も教壇に上がってきて、ニコニコとリアンの教会観察を楽しげに眺めている。

 リアンは優しく腕を広げ、信者を受け入れるようなポーズを取る、オールズ像の前までやってきた。

 みすぼらしい僧衣を着用しているが、優しげな表情で信者を受け入れようとする、慈愛に満ちた包容力を感じる彫刻。


 よく他宗教の人からは、「薄汚い髭面の禿頭の爺」と揶揄されることが多いオールズ像。

 しかし、このエンドール王国では、唯一神として信仰の対象とまで上り詰めた実在の偉人なのだ。

 リアンはオールズ神については、お伽話程度しか逸話は知らないが、それを聞く限りは相当苦難の道を歩まれて、エンドール王国の国教になるまで、自らの教えを地道に広めたと聞いていた。

 元々はエンドール王国からも迫害されていたようなのだが、いつからか国教とされ、その死後神格化されたという。

 この辺りのオールズ教の歴史は、リアンには正直興味がなくて、あまり勉強してこなかったのだ。

 だから知らないことが多く、これをきっかけに、何か歴史でも知って帰れたらいいなと思ってローフェ神官を見る。

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