6話 「教会までの道のり」 後編
詰所から教会までの道のりは、結構長かった。
ロバを使って毎回運搬をするのだが、本当は車を使ったほうがいいとエニルは思っているらしい。
しかし……。
「ロバのセザンの、貴重な活躍の場を、奪うわけにはいかないのです~」
何故かローフェ神官がそんな理由で、セザンでの運搬を継続させているのだという。
長く島にいて、運搬作業を従事していたロバのためを思っての発言らしいが、かなり高齢ぽいセザンの息は上がっていて、リアンは少し可哀想な気がする。
「歩き疲れました」といって、荷車の上であぐらをかいているローフェ神官を見て、リアンは実に複雑な気持ちになるが、エニルの訴えかけるような視線を感じて、そっとしておくことにした。
出会ってわずかな時間だが、ローフェ神官がどういう人なのかを、リアンは理解しだしてきていた。
道中、エニルが話してくれた話題には、こんなものもあった。
このジャルダン島には、今はローフェ神官しか女性がいないというのだ。
残りの囚人や刑務所関係者は、全員男ばかりだというのだ。
それを聞き、リアンの中で合点がいく。
キャラヘン副所長や他の看守、そして先ほどの詰所の職員から、アイドルのような接し方をされていた理由がそこにあったのだろうと。
そんな「島のアイドル」であるローフェ神官だから、とにかく大事にされているようだった。
凶悪な囚人も多くいるこの島で、もしもの時を想定して、エニルたち詰所の職員も存在しているとのことだった。
本来は、ローフェ神官専門の護衛が任務ではないのだが、今はそれ専属になってしまったみたいなことを、エニルは若干複雑そうな表情で話してくれた。
聖職の身でありながら、アイドルの親衛隊のような仕事をやっていることへの、自虐めいた感情がリアンは感じられたのだ。
「大事な神官さまを、お守りするお仕事ですから、とってもやり甲斐もありそうですね」
リアンは妙に空気が読める少年だったので、エニルの仕事への戸惑いを察して、フォローするような言葉をかける。
エニルは、リアンの利発な心配りに感銘を受けたのか、うれしそうに感謝の言葉を返してくれた。
教会まであと少しという場所で、とんでもない話題が出てきて、リアンが驚いて立ち止まる。
「だ、脱走した人が……?」
リアンは最初、聞き間違いかと思ったほど、さらりとローフェ神官が突然話題に出してきたのだ。
エニルの顔を見るリアンだが、彼の困惑した顔を見て本当のことらしいと悟る。
「脱走囚ですか……」
リアンが、鬱蒼と広がる森を眺めて、ポツリとつぶやく。
「うむ、怖がらせて申し訳ないね……。どこでこの話題を出そうかと、結構タイミングを、見計らっていたのだけど」
エニルが困ったように、薄い頭髪をなでる。
「ウフフ……。黙っていては、リアンくんに逆に失礼なのです~。ここで正直に、お話ししたほうがいいのですよ~。いつお話しするのか待っていたのですが、なかなか話題に出なかったので、わたしからぶっこんでみたのです!」
してやったり! みたいな表情で、荷車の上であぐらをかいているローフェ神官がいってくる。
ローフェ神官の言葉と表情に、エニルは困ったような顔をする。
ローフェ神官には、もちろん悪意などないのだろうが、今みたいに時折彼女の言動で困らされることも多いんだろうなと、リアンはエニルの対応を見て思った。
「大丈夫、私たちが四六時中、教会の周りを警護しているから」
不安そうにしているリアンに向けて、エニルが安心させるようにいってくれる。
「こんな騒ぎがあるのは、実は二回目なんだよ~」
ローフェ神官がさらに、そんなことをいう。
エニルが、再び困ったような顔をする。
できれば、過去の話しは黙っていたかったのだが、ローフェ神官の無邪気な発言でリアンに知られてしまう。
「う~む……。情けない話しだが……。確かに、以前も脱走騒ぎがあってね、今回で二回目だよ」
「に、二回目なんですか……」
エニルの気持ちをなるべく察し、リアンはあまり不安な表情はしないようにしていたが、声に現れてしまう。
「……わたしが見る限り。刑務所の警備に、隙はないように思えるんだがな……。いったい、囚人がどうやって抜けだすのか、まったくわからないのだよ。不安を煽るようなことをいって、本当に申し訳ないが……」
エニルは刑務所の職員たちを、いちおう擁護しつついう。
「ここは海の孤島、刑務所から出たところで、逃げ場などないんだがな……。それでも抜けでたい、よっぽどの理由ってのが、あるんだろうな……」
エニルはそんなことをいって、森の中を見る。
ローフェ神官を、意図的に見ないようにしているかのようだった。
一方ローフェ神官は、荷車に積み込んだ荷物を、ガサガサとチェックしていたりする。
いきなり不安にさせるようなことをいって、自分はもう違うことをはじめている。
荷物の中から、ローフェ神官が目新しい調味料を見つけたようで、それをうれしそうに眺めている。
(ほんと、自由な人なんだなぁ……)
ローフェ神官の行動を見ながら、リアンは心の中で思う。
「ところで、一回目の脱走騒ぎは、解決したんですか?」
心配そうに、リアンがエニルに尋ねる。
「そっちはすぐに解決したよ、いちおうね……」
何か含んだようないい方をエニルはする。
「島には、危険な場所はたくさんあるし、看守たちも我々も警備は万全だよ。きっと今回も、すぐ解決するはずさ……」
具体的な対応策を示さずエニルがそういうが、リアンはなるべく不安は、表情に出さないように努めた。
本心を悟られずにスルーする技術に、リアンという少年は長けていたのだ。
「今回は、いつぐらいから脱走してるんですか?」
「二日前に逃げだしたんだよ」
リアンの問いに、エニルが答える。
「そうだ! 最初にいっておかないとな。この森だけど……」
何かを思いだしたエニルが、今まで眺めていた左手側に広がる森林を指差す。
「ここの森がけっこう危険でな、絶対に入らないようにしてほしいんだ」
「危険な野生動物とか、いる感じですか?」
「毒蛇がいるな、あとは、厄介な毒虫も多いよ。血清の類は完備しているが、毒虫に噛まれるなんて経験、したくないだろう?」
エニルが、若干怖がらせるようなトーンでリアンにいう。
リアンは無言で、うんうんと首を縦に振る。
「でもそれ以上に、怖いのがあってね……。この森には、無数に竪穴が存在しているんだよ」
エニルがそういい、リアンに向き直る。
「竪穴というと、落とし穴、みたいな感じですか?」
「おそらく、この島の内部には、巨大な洞窟があるんだろうね。そこに落下する、底なしの竪穴が無数にあるんだよ」
エニルがそう説明してくれる。
「落ちたら、まず助からないと思っていいよ。怖がらせるようなことばかりいって悪いが、実際危険だからね」
エニルがリアンに忠告する。
「だからリアンくん、入っちゃダメだよ~。ひゅ~……、ポチャン! そして死! 入らないって、ヨーベルお姉さんと、約束の契り!」
そういって、首からかけた懐中時計を前に突きだしてくるが、どう返していいのか反応に困ってリアンは固まる。
ローフェ神官は、それ以上何かをリアンに求めるでなく、クスクス笑うだけだった。
壊れた懐中時計を何かある度に利用してくるのは、なんなんだろうかと、リアンはローフェ神官の思惑が理解できない。
「ひょっとしたら、脱走した囚人は、そこで死んでいる可能性もあるかもしれないが……。おっと、脱走囚とはいえ、彼らの死を願うのは失言でしたね。失礼しました……」
エニルが、教会関係者にあるまじき失言をすかさず謝罪する。
「いえいえ~。落ちて実はもう死んでました~! ってなら、一番楽な展開ですよ~。ざまぁエンドのひとつとして、いい笑い話しのネタになります」
とても聖職者とは、思えない発言をしてローフェ神官は笑う。
思わずリアンは耳を疑った。
「アハハ、そ、そうですね……」
代わりに、リアンはかなり無理に笑顔を作って、いちおうローフェ神官に同意してみる。
「あと、ひょっとしたら……。いや、これはいいか……」
エニルが、何かをいいかけて止める。
リアンはそれが気になったが、あえて聞かないようにした。
ローフェ神官には聞こえないぐらいの小声だったので、これ以上この話題を引っ張るのはよくないかもと、彼なりに考えたのだ。
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