7話 「教会での一夜」 其の二
「ウフフ……。ここのオールズさまも、きったない格好してるでしょ? ボロボロの僧衣ですよ、これじゃただの、物乞いのお爺さんみたいですね~。どうして他の教会みたいに、綺麗な格好の、お爺さんにしておかなかったんでしょうね?」
ローフェ神官の信じがたい言葉を耳にし、オールズ神のことは彼女からは聞かずに、自分で調べてみようとリアンは思った。
さいわい時間なら一週間もあるし、詰所の人は教会関係者ともいうから、何かしら教えてくれるかもしれない。
彫刻の後ろの黒いカーテンの向こうに、何かスペースがあるのを感じたが、今日はいいやとリアンは思った。
ここの掃除を手伝うことになったので、その時にでも確認してみようと思ったのだ。
ひとりで教会や居住区を掃除して大変かと思ったが、どうやら詰所の職員や港の事務員も手伝って、掃除してくれるとのことだった。
礼拝堂の奥に、居住区に通じるドアがあった。
そこから入った居住区は、一気に明るく綺麗な作りの一般的なお屋敷だった。
教会とはいえ、やはりさっきの礼拝堂は雰囲気が変だったというリアンの第一印象は、間違っていなかったような気がする。
だが、リアンには判断できる基準となる、その他の教会をまったく知らなかった。
エニルとローフェ神官とで、リアンは居住区の案内をしばらくしてもらうことになった。
途中、詰所の職員が合流、改めて挨拶しにきてくれた。
相変わらず彼らは物騒な装備だったので、若干引きつりながら会話をするリアン。
妙な印象の、ロバからツバを浴びた若い職員は今回は来てないらしく、今は詰所で食事の担当とのことだった。
ちなみに詰所の職員への食事は、朝食に限っては、ローフェ神官が作ってくれることになっているという。
ひと通りの挨拶と案内が終わり、外も暗くなりだしたので詰所の職員が帰ろうということに。
脱走囚がいるんだから、泊まり込みで警備をすればいいかともリアンは思ったが、教会周辺で簡易的な詰所を三軒用意して、そこを巡回するように、夜通し警備してくれることらしかった。
やはり、ローフェ神官が若い女性ということもあり、いろいろ遠慮しているのだろう。
帰り際、エニルがリアンを安心させるように、玄関にあった島の地図を見ながら教えてくれる。
この教会には、港から詰所を経由しないと、到達できないとのことだった。
中央の森林地帯は、先述したように危険地帯で、踏み込めば命の保証がないという。
北の墓地方面を抜けた先も結局森林地帯に繋がり、海岸線上をたどったとしても、断崖絶壁が行く手を塞ぐという。
つまりこの教会周辺は、島では孤立した立地にあり、脱走囚がとてもじゃないが立ちよれるような場所ではないとのことだった。
さらにいうと、刑務所近辺はさらに厳重な警備が敷かれ、抜けだした脱走囚が、教会にたどり着くのをさらに不可能にしているという。
実際、前回の脱走騒ぎはたった二日、刑務所周辺で解決したという。
そして、今回の脱走騒ぎも今夜で二日目。
うまくいけば、夜には解決している可能性もあったのだ。
「今回も、きっと問題はないはずだよ」
エニルと他の詰所の職員が、リアンとローフェ神官を安心させるようにいってきてくれる。
その言葉を、リアンも信じてみようと思った。
すでに実際、脱走囚のことなんて、リアンはもうあまり不安視していなかった。
むしろ……。
やたらよくしゃべりかけてくる、この若い女性神官の、かしましさのほうが不安になってきたのだ。
この人とこれから一週間、一緒にいないといけない……。
話す話題が尽きることがまるでなく、いきなりなんの脈絡のない話題に飛んだりして、その話しを聞かされつづけるリアンは、すでに疲れだしてきていた。
ふとリアンは、疑問に思ってしまう。
(ほんとに、この方、神官さまなのかな?)
だが、この質問だけは絶対禁句だと思い、封印することにしたリアン。
ローフェ神官は、お風呂にまで一緒に入ろうとしてきたが、さすがにリアンはそれを断る。
「え~! どうしてですか~! 普通なら、よろこぶべきシーンですよ~。きっと、リアンくんは敵を増やしました! 人気凋落は、避けられない勢いです!」
訳のわからない不満をいうローフェ神官を、脱衣場からやや強引に出ていってもらった。
ローフェ神官から解放されて、リアンは脱衣所で、ようやくひとりの時間を持てた。
まさかローフェ神官が、あんなにも面倒な女性だったとは思ってもいなくて、いろいろ驚かされた。
深いため息をつくと、ゆっくりと衣装を脱ぎだす。
そういえば、お風呂に入りたくて入りたくて仕方ないことすら、ローフェ神官のおしゃべりに付き合っていると、忘れていたほどだった。
浴室に入り、リアンはいったんローフェ神官のことを忘れて、考えてみる。
湯船の中で、自分がどうしてこんな状況になったのか、思いだそうとする。
しかし、何度考えてみても、やはり理由がわからないのだ……。
何故かいきなり拉致されて、留置所に送られる。
その後、有無をいわさずジャルダン刑務所に強制移送。
そして、現在にいたる。
さらに、原因を考えようとすると、頭の中に靄のようなものがかかるのだ。
「この状況にいたった原因と理由、教えてくれる人がいたら教えて欲しい。でも、今は考えても仕方ないか……。一週間後には、いろいろ判明するだろうし……。だけどなぁ……。なんだか、そのあとも面倒なことに、なりそうなんだよなぁ」
憂鬱な気分のまま、リアンは湯船で考える。
港でキャラヘン副所長も憤慨していたが、無関係の子供を刑務所に送るなんて失態、確実に大事になるのは目に見えている。
ひょっとしたらその後の対応で、リアンは今以上に面倒な事態に巻き込まれる可能性があるのだ。
キャラヘン副所長やバーク事務員さんのお話しでは、過去間違いに気づいた時点で、送還されることもあったそうだ。
なのに、今回はあきらかにリアンを放置するような感じで、船は出港していった。
そのことも、キャラヘン副所長たちにははじめての経験で、憤慨していたのだ。
そう考えると、どうして自分だけ何かと特別な存在だったんだろうか、という思いがリアンの中に湧いてくる。
ひと目で分かる子供、移送先間違いでもない事実。
そして、やけに自分を監視していた「例の刺青男」。
考えだすとキリがない。
そして、そっと頭を触ってみるリアン。
まだそこには、痛みとコブのような隆起が存在していた。
頭の中に、凶悪な目つきをした、「あの刺青男」の表情が浮かび上がる。
「あの人、港まで僕を、送り届けたみたいな感じなんだよな……。どういう理由、だったんだろう……」
港で囚人と一緒に整列させられている時に、自分の後ろに確かに立っていたであろう、「あの刺青男」のことをリアンは思いだす。
麻袋を被せられて姿は見えなかったが、「あの刺青男」の発する、邪悪なオーラを確実にリアンは感じていた。
それらを思いだした途端、温かい湯船に入っているはずなのに、ゾクリと悪寒が走る。
「今はあいつはもういないんだ、忘れてしまおう……」
そうつぶやくと頭全体を湯船の中に浸し、嫌な記憶を忘れられるわけでもないが、リアンは息を止めてみる。
それでも、「あの刺青男」の悪意の塊のような顔は消えず、リアンの脳裏に焼きついていた。
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