7話 「教会での一夜」 其の三
風呂から上がっても、ローフェ神官はひたすらしゃべりつづけてきた。
風呂に入って夕食を食べたことで、さらにパワーアップしたかのような勢いだった。
それなりに美味しい夕食を、振る舞われていたはずだが、ローフェ神官のしゃべりと質問に圧倒されて、愛想笑いで顔が疲れたという印象しかリアンには残らなかった。
キャラヘン副所長が、ポツリとつぶやいた、「羨ましい」という言葉をリアンは思いだす。
(羨ましいだなんて、とんでもない……。今からでも詰所に移って、そっちで過ごしたいですよ……)
ローフェ神官は、悪い人ではないのだろうが、とにかくしゃべりがうるさいのだ。
リアンのような、おとなしいタイプの少年にしたら、どう対応していいのか苦慮しかしない人なのだ。
いくらローフェ神官が若くて美人で、湯上がりで可愛らしい寝間着を着ていたとしても、今のリアンにとってはこの時間は苦痛そのものだったのだ。
ようやく、寝る時間になったようだ。
時計は午後の九時を回っていた。
(やっと、開放される……)
安堵の表情で、リアンはローフェ神官の案内で二階の寝室へ案内されることに。
階段を登っている時に、ローフェ神官が「そうだ!」と、思いだしたように手を打つ。
この「そうだ!」をきっかけにして、新しい話題がはじまるので、リアンは思わず身構えてしまう。
「あの礼服はひょっとしたら、無理に洗わないほうがいいかもです。臭いが少し気になりますが、生地を駄目にするよりかは、いいと思うのです!」
ローフェ神官が、リアンが着ていた燕尾服のことをいってきた。
「あの服は、とっても高価な感じがするので、専門の業者さんに任せるべきです~。きっと、そうすべきだと思うのですが~。リアンくんは、それでもわたしに、洗ってもらいたいというのですか!」
ローフェ神官が、はじめて見せるパターンの口調で訊いてきた。
「え~と……」
ふざけたローフェ神官の詰問口調だったが、リアンは真剣に考える。
ローフェ神官のいう通り、あの燕尾服は借り物で、素人のリアンからしても高価なモノだというのがわかった。
素人が下手に手を出して、傷物にしては悪い気がしたのだ。
「そうですね、借り物ですし……。やっぱり専門の業者さんに、お任せしたほうがいいのかな?」
「了解です! じゃあ、刑務所の洗濯係さんに、やってもらいましょう!」
左手で敬礼をして、リアンのほっぺたをまた引っ張ってくるローフェ神官。
「その人たちは、専門職なんですか?」
ほっぺたを引っ張られたまま、リアンが訊く。
「まさか違いますよ、ド素人なのです~。全員囚人ですよ~。あそこには、職業悪人さんしか、いるわけないのです! ウフフ……」
ローフェ神官の言葉には、笑っておけばいいのだろうか? 出会ってから頻繁に飛びだす、奇抜な発言のローフェ神官。
その中でも、時折出てくる不穏な発言には、どう反応していいのかまだリアンには答えが出せないでいた。
「え?」
寝室に通されてリアンは驚く。
二階にある寝室には、ベッドがひとつ。
リアンは見落としがないか、部屋をじっくり眺める。
女性の部屋とは思えない、やけに渋い調度品の数々が並ぶ部屋だった。
難解そうな本が書架には並んでいたり、酒瓶が置かれたバーキャビネットがあったりする。
すぐ側には、革製のソファーと黒檀のテーブルが置かれ、やたらゴツい真鍮製の灰皿が中央にあった。
調度品から推測すると、元は別の神官が使っていた寝室なのだろう。
ローフェ神官には、不釣り合いな部屋だという印象だった。
そして、やはりどう見ても、部屋にはベッドはひとつだけだった。
リアンは、部屋を隅々まで眺め回したあと、ローフェ神官の顔を見て訊く。
「僕のお部屋は?」
「ここですよ~!」
真顔で即答するローフェ神官。
「え、え~と……。じゃあ、僕は床で寝ればいいのかな? あ、ソファー……」
「枕はもう一個あるので、大丈夫ですよ!」
いつの間にか、枕を持っていたローフェ神官がリアンにいう。
「えっと、いや、その……。そういう問題では」
「では、どういう問題、なのでしょうか?」
リアンの肩をつかみ、ローフェ神官が真剣に聞いてくる。
どこまで彼女が本気なのか冗談なのか、判断に苦しみリアンは困惑する。
しばらく、不毛な押し問答があったものの、結局諦めてリアンは同じベッドに入る。
かなり大きなベッドだったので、なるべくローフェ神官とは距離を離してリアンは寝る。
ベッドの棚には、寝るまで気がつかなかったが、可愛らしい小物が並んでいた。
どうやら囚人や、看守からプレゼントしてもらった手作りの小物だったりするという。
「今はもう、プレゼントの受け渡しが、禁止されちゃったんです、残念です~。まったく、ケチくさいことなのです」
ベッドの中からローフェ神官が、クスクス笑いながら悪態をついてくる。
どうして笑ってるのかは分からないが、何故かうれしそうなローフェ神官の声を聞き、リアンはキャラヘン副所長の別れ際の声を思いだす。
ずっとひとりだったから、寂しかったんだろう……。
確か、そんなことをいっていた。
そう考えたら、一週間ぐらいなら話し相手になってあげるのもいいかな、とリアンは思うようになってきた。
「そうだっ! リアンくんは、妖精さんを見たことありますか? 実はこの教会には、イタズラ好きな妖精さんがいるんですよ。もらったプレゼント、時々盗まれて困っちゃいます。あの悪い癖だけなければ、可愛い子なんでしょうけどね!」
でも、時々飛びだしてくる、こういった突拍子もないセリフには、どう対応していいのか慣れるまでにはもう少し時間を要しそうだった。
「ひょっとしたら、幽霊さんかもですね~。ジャルダンで処刑された、罪人さんたちの怨念が、悪さを仕掛けてくるのですよ。良い人そうなリアンくんは、邪悪な悪霊さんたちからしたら、涎モノの極上品かもです。生贄に捧げたら、すごいご褒美が貰えそうです」
「僕は、いったい誰に捧げられるんですか……」
リアンはなるべく、ローフェ神官がガッカリしないような、受け答えを考えて話してあげることにした。
「ウフフ、それはまだ、知られてはいけないのです」
怖がらせたいのか、よろこばせたいのかわからないが、なんかそういう類の話しも好きな女性らしい。
目をつむって、なるべく眠ろうとするが、容赦なく繰りだされるローフェ神官からのくだらない話題は、まだまだ尽きる様子はなさそうだった。
「オバケといえば、リアンくんはどんなモンスターが、お気に入りですか? わたしは狼男とか、変身系が一番好みです! リアンくんが何かに変身するなら、何のバケモノがいいですか? どんな異能の力を、生贄に捧げて、いただきたいですか?」
ローフェ神官の、矢継ぎ早の妙な質問。
ベッドから上体を起こし、興奮気味に真剣にローフェ神官は質問してくる。
ここでリアンは、ふと気になっていた質問を、することにした。
「え? 港を出た先にある、あのバケモノの彫刻ですか?」
リアンは、港の岩山に彫刻された、おぞましいバケモノについて訊いてみることにしたのだ。
「ええ、あれってなんなんですか?」
リアンの質問に、目を輝かせるローフェ神官。
その表情を見た時に、しまった藪蛇だったかとリアンは後悔した。
どうやら、「処刑島」としての、暗い史実が残るこの島をイメージして作られた彫刻らしかった。
「イッツナンダル?」
リアンが不思議そうに訊き返す。
「はい! 伝説の処刑人とされる、古代の偉人さまです! あまりにも、処刑した人数が多すぎて、神格化までしてしまった人なのですよ! 極悪人も、いきつくとこまでいけば、神格化するという風潮、嫌がる人が多いですが、わたしはむしろ賛成です」
何気にさらりと、怖いことをいうローフェ神官。
「わたしはですね、リアンくん!」
ベッドの上にすっかり座り込んで、横になっているリアンを、上から見つめるようにローフェ神官は話してくる。
「かつて起こったハーネロ戦役……。知っていますよね、今から七十九年前に起きた一大騒動のことですよ! その血にまみれた歴史に、わたしは……おっと! この話しは、もう少し先のほうがいいかもです! 誰が聞いているか、わからないですからね……」
また妙なことを、いいだすローフェ神官。
ハーネロ戦役とは、今から約八十年ほど前に実際に起きた、人とバケモノとの歴史的な抗争事件のことだったりする。
意味ありげに、話題を自分から止めたローフェ神官だが……。
単にまだ、自分の中で設定が固まっていないのかもしれないので、完成を待つことにした。
島から帰るまでに、完成が間に合うかどうかわからないが、別に興味ないのでとりあえずリアンは期待はしないことにした。
そこからしばらく、嬉々として怪奇譚のお話しをしていたが、そのうちローフェ神官は寝てしまっていた。
「さすがに、明日からは、寝室は別にしてもらおう……」
しゃべり疲れて、眠ってしまったローフェ神官を見て、リアンはそう思う。
部屋が静かになった瞬間、極度の疲労度からリアンも強烈な睡魔に襲われる。
──────────────────────────────────────
ハーネロ戦役は覚えておいてもらえるとありがたいワードになります。
ただ、まだまだそこには触れる時期ではないので、名称を覚えてもらえたらありがたい、ってだけのワード。
それだけで大丈夫です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます