7話 「裕福な寒村」 後編

 ゲンブたちが通された部屋は、リアンたちとはかなり離れた部屋だった。一階の端にある、客室らしき大きな部屋だった。そのままホテルの一室として使えそうな広さとデザイン。調度品も立派な部屋だった。

 ゲンブはその部屋で、エンブルと話し合っていた。

「あいつが修理できなかったら、その時はそん時だよ。お前は、いちいちうるせ~よ」

 ゲンブがベッドで横になりながら、うんざりしたようにエンブルにいう。

「そんなに、早く出発したいならよぉ。明日、あの車を直す男に頼んで、アシスタントにでもしてもらえよ。ふたりで協力すれば、直るのも早いだろ。それに、“ 友達 ”にもなれるかもしれないぜ」

 ゲンブが、クククと笑う。

 エンブルが、友達作りなんかできないことを知っていて、ゲンブは口にしたのだ。

 悔しそうに拳を握るエンブルが、怒りで震える。


「俺たちの任務は、どうするんだよ! こんなことなら、おとなしく海岸線沿いを進めば良かったんだよ」

「だろうな~」と、ゲンブがベッドで横になりながら、ぶっきらぼうにいう。

 その態度にまた、エンブルがイライラする。

「ああすりゃ良かったとか、こうしとくべきだったとか、いちいち女々しいんだよ。愚痴る暇がありゃ、臨機応変に対応策考えるか、いっそのこと黙っていてくれよ。おまえのその細かい性格、ほんとウザくてたまらないぜ。まったく、ライ・ローの旦那は、よくおまえみたいな口うるさいのと、一緒にいられるよな」

 ゲンブが「疲れた!」といって、そのまま横になって眠ってしまう。


 ひとり部屋に取り残されたエンブルが、イライラしながら部屋を歩き回る。

 ケリーは、気になることがあるといって、部屋の窓から出ていったきり、まだ帰ってこない。

 ヤツが帰ってくるとうるさいだろうと思い、エンブルもベッドに潜り込もうとする。

「いっそのこと、あの女に手を出して、殺されてくればいいんだよ」

 ケリーへの呪詛めいた言葉をつぶやいて、エンブルは靴を脱ぐ。

 ベッドに腰掛けたエンブルだが、ふと荷物からチェス盤を取りだす。

 そして、おもむろに棋譜を見ながらコマを並べていく。

 ライ・ローと先月戦った際の局面を再現し、どうして負けたのかをエンブルが再考する。


 普段はライ・ローと、行動をともにすることが多かったエンブル。

 チェス仲間として、ライ・ローとは接点があった。

 人付き合いが苦手なエンブルだが、唯一、チェスという共通点からライ・ローとは仲良くできた。

 サルガの中では、細かいところに目が届くという点で、自然とライ・ローの参謀役として収まっていたのだ。

 エンブルは本来なら、ライ・ローから帰ってこい、といわれていた。

 しかし、サイギンでの不向きな任務をさせられたことで、エンブルは拗ねてしまった。

 ライ・ローの申し出を断り、絶対に仲良くなれそうもない、ゲンブとケリーのような男と行動を共にしている。

 チェスをひとりで打ちながら、エンブルは後悔に包まれていた。

「くそっ……、素直に帰ってりゃ良かったぜ……」

 泣き言のように、口から本心が漏れ出してしまうエンブルだった。


 すると、ガラリと窓が開く音がする。

 見るとケリーが、村への探索を終えて帰ってきたようだった。

 軽薄な男だが、不審点への嗅覚には敏感だったのだ。

 実は密かにエンブルも村の違和感を、肌で感じ取ってはいたのだ。

「どうだったんだ?」

 エンブルが、窓から帰ってきたケリーを見もせずに尋ねる。

「へへへ、切り落とされるのは勘弁だからな。あのねえさん、結構マジでやってきそうだからな」

 ケリーがそういって、股間を押さえる。

「そうじゃない! 村の異変とやらを調べてたんだろ!」

 エンブルが、チェスのコマを投げつけてきそうな勢いで怒鳴る。


「おまえ、冗談、本当に通用しないんだな。またチェスで独りお勉強会かよ、おまえも進歩のない男だな。頭でっかちになる前に、行動起こしてチャレンジすりゃいいだろうって、もう手遅れか」

 ケリーがヤレヤレといった感じで、エンブルにいう。

「あのねえさんのいった通り、来世に期待って感じだな、もうおまえは」

「うるさいっ! 村に若い人間がいたのか? それとも、本当に年配の人間しかいなかったのか?」

「どっちなんだ!」といって、ベッドをたたく。

「若い人間なんて、ひっとりもいねぇな。ガキの姿すらないぜ、この村は。学校らしき建物も存在してないしな。俺の股間も無反応、この村、完全に枯れ果ててるな」

 ケリーが、用意されていたお茶を飲みながらいう。


「なのに、村は不自然なまでに裕福か……。どの民家も豪華な豪邸だったな。若い連中は、どこにいったんだ」

 エンブルが考えると、ケリーが笑ってくる。

「何がおかしいんだよ!」

「また、しょうもないこと、気に病みだしたからだよ。笑って当然だろ、へへへ!」

 ケリーが指を差して笑ってきたので、エンブルのただでさえ不細工な顔がさらに醜悪に歪む。

「林業で稼いでいる村だぜ。若い連中は、都市部あたりで暮らしてるんだろ。残った年寄りが、ひっそりと村に残ってる、それだけだろ。この村に若い人間がいなくても、別段不思議はないだろ」

 ケリーがそういい、自分が感じた違和感を実際に解決してきた。

 ケリーの、この辺りの行動力と身の軽さは、サルガでも突出していたのだ。


 リアンたちがいっていた通り、この連中は個々の能力が特化していた。

 リアンに指摘されていた通り、彼らはチームプレーというものが苦手で、まるで機能していないのだ。

 本来ならサルガは、適材適所が徹底して機能していた組織なのだが、今回ばかりは、ライ・ローも判断ミスをした。

 このことは、後日ライ・ローも、大いに後悔してしまうことになるのだった。

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