7話 「裕福な寒村」 前編

 結局、車は明日の朝に修理することになった。

 もし修理できない場合は、サイギンから村にやってくる、材木運搬車を使わせてもらうことになった。

 しかし、それが村に帰ってくるのは三日後になるという。

 つまり車の修理ができない場合は、強制的に村に三日滞在することになったのだ。

 村にある車を借り受ける交渉もしたのだが、驚いたことに立派な屋敷を構える村人たちは、誰ひとりとして車を所有していなかったのだ。

 農作業用のトラクターがあったが、さすがにこれでは遅すぎると却下になった。


 リアンたちは、故障したガッパー車を村の入口に放置して、全員で村の奥にある村長の屋敷に通されていた。

 大きな屋敷には、村長のリューケンを含めて、四人しか住んでいないようだった。

 村長以外の住人は、リューケンと一緒になって現れた、三人の男だった。

 村長を背負っていたガタイのいい男はヤナンといい、古くから屋敷に住む雑用係のような身分の男だった。

 七十代ぐらいの、最初バークが村長と思っていた男は、リューケンの長男だったらしかった。

 そしてその甥が、残りの男だった。

 あのあと、村長が率先してリアンたちを屋敷に招いてくれたのだが、どこか不満そうにしている村人たちがいたのが気になっていた。

「余所者を快く思わない人がいるんだなぁ……」と、リアンは心の中で思う。


 リアンたちは、三つの部屋に別けられて、宿泊させてもらえることになった。

 リアン、アートン、バークが通された部屋は、二階の端にあった客室だった。

 荷物を置くと、雑用係のヤナンが、簡単な夕食を持ってきてくれた。

 ヤナンに礼をいい、食事を平らげたリアンたち。

 ちなみに、ヨーベル、アモスは隣の部屋に通され、ゲンブたち三人組はバークが提案したわけでもなく、一階の端の部屋に通されていた。

 リアンたちと隔離されたように、一番距離が離れた位置だった。


「村長さんは、僕らのこと歓迎してくれてるようですけど。一部の村人さんたちからは、明らかに歓迎されていませんよね……」

 リアンが食べ終えた食器をまとめながら、不安そうに口にする。

「車がトラブってから、確かに村人の様子が変だったな。それは、俺も感じていたよ。明らかに長居されるのを、迷惑だと感じている様子だったな」

 バークがソファーに座って、リアンにいう。


「俺がなんとか明日、朝の内に直すよ。そんな心配するなって。村人は嫌がってるかもしれないが、村長さんは、いい人みたいじゃないか」

 アートンが荷物を一箇所に集めながら、能天気そうにいう。

 彼だけは、村の不穏な空気をあまり感じなかったようだ。

 すると、ドカドカと廊下が騒がしくなる。

 バタンとドアが開くと、アモスとヨーベルが現れる。

「とても、いいお風呂でしたよ! ヒノキ風呂の匂いがほら!すんごいです!」

 ヨーベルが自分の匂いを、無邪気に嗅がせてくる。

 リアンたちは、たちまち困惑してしまう。


「あの三人組は、大丈夫だったか?」

 バークが、アモスに聞いてくる。

「のぞこうものなら、その場で切り落とすって脅しといたわよ」

 アモスは、例の凶悪なナイフを取りだしていう。

 それを見て、バークとアートンがため息をつく。

 リアンも引きつった表情で、そのナイフを見つめてしまう。

 アモスはベッドに腰掛けると、そのまま潜り込もうとする。

「おい、寝るなら自分の部屋にしてくれって」

 バークが、部屋のベッドで眠ろうとするアモスに慌てていう。

「細かいこというな、本当はうれしいくせに。でだ、話し変わるけどよ」

 バークの言葉を一蹴して、アモスはベッドの中から話題を振ってくる。


「例の三人組だけどさぁ。警察関係者とかいってたじゃん。ほんとにそう思う?」

 アモスが、ゲンブたち厄介な同乗者のことを訊いてきた。

 その言葉に、バークとアートンが考え込む。

「探偵さん、ではないのですか?」

「それは、あんたが勝手にそう思ってるだけでしょ」

 ヨーベルに冷たくいい放つアモス。

「俺の主観では、正直、そんな有能そうな連中に見えないんだよなぁ。調査対象が、実際にテロ未遂企てたりさ……。それに対して、反省している風にも見えないしな」

 バークが来る途中で読んだ、昨日の騒動の記事を思いだしていう。

「警察関係者というのも、正直疑わしいよなぁ。でも、ヒロトちゃんを監視していたというのは、どうも本当ぽいのがなぁ」

 アートンが首をかしげ、いつものように、人差し指を軽く噛みながら考える。


「そこに関しては、真実なんでしょうよ。でも、ありゃ無能な連中で間違いなしよ! 寄せ集めの凸凹パーティーね」

 枕に覆いかぶさりながら、アモスがいう。

「チームプレイが、なんか苦手な感じを、受けますね……。ほら、個人個人の能力は、高い感じはするんですよ、三人とも。でも、その能力をチームで上手く活かせてないような、気がするんですよね。だから僕も、寄せ集めの凸凹パーティーって言葉、しっくりきます」

 リアンが、地図を改めて確認しながら部屋を歩く。

「あのゲンブってのは、銃器の扱いに長けてるな。昼食時、銃の整備してる姿を見たが、あれは完全にプロだと思うよ」

「銃は整備できても、車の整備はできないのね」

 アートンの言葉に、アモスがバカにしたように被せてくる。

「山に入る前に、一旦整備すべきだったよ……。その点は、俺も完全に見落としていたよ。明日の朝の内に、修理できるレベルの、故障だったらいいんだけどな……」

 アートンが申し訳なさそうにいい、その点は反省する。


「あの不細工さんは、どういう人なんでしょうかね~」

 ヨーベルがおそらくというか、確実にエンブルのことをいう。

「人を最悪な気分にさせる、能力の持ち主よ。あそこまで、他人に対して不快レベルを上げられるなんて、相当なヤツだわ。羨ましくもない才能だけどね」

「でも、それならアモスちゃんも、けっこうレベル高いかもですよ~」

 そういったヨーベルの顔面に、枕が投げつけられる。

「でも、あいつは切れ者っぽいぞ」

「そういう雰囲気、出してるだけでしょ」

 バークの言葉にアモスがすぐ反論する。

「あの三人組のリーダーってわけでもなさそうだし、むしろ、いじられまくってるじゃん。参謀役でもないのに、辛気臭い顔で考え事してやがるしさ。ケリーってのは、認めたくないけど、一番行動力のありそうなヤツではあるわね。ヨーベルのいう、探偵って言葉も、なんか癪だけど一番しっくりくるわね。それに、あいつが実際、ザルだけど調査内偵してたのは事実らしいしね」

 アモスがベッドから起き上がり、その上であぐらをかく。


「ヒロトちゃん、調べてたみたいですね~。あと、アモスちゃん、下着見えちゃいますよ」

 ヨーベルが、アモスの股間を指差して指摘する。

 それと同時に、アモスから視線を一斉に逸らす男性陣。

「あんたらって、ほんと純情なのね……」

 リアンならまだしも、いい年をしたアートンとバークの、ウブな行為にアモスは呆れる。

「例の三人組なら、よろこんでガン見してたわよ。まあ、あんなのに、どう見られようが、あたしはかまわないけどね。あの連中は、しょせん三流なんでしょう。警察関係者というのが事実だとしても、組織の中では名前も設定されない、モブキャラ程度なのよ」

 ヨーベルが、アモスの元に歩いて、投げつけてきた枕を彼女に返してあげる。


「そうですね~、もっと有能そうな雰囲気を、出してもらいたいですね~。わたしの考える、警察組織ってのは、もっとこう……」

ヨーベルがつづきをいおうとしたら、アモスが枕でぶん殴る。

「そういう妄言は、自分の手帳にでも書いておきな。いちいち、披露しなくていいから!」

「でも、そういう妄想を膨らませていくの、楽しいですよ」

 ヨーベルが、アモスの頬をツンツン突つく。

「そう思うなら、なおさらメモでもして、いつか物語にでもしなさいよ。妄想の段階で聞かされても、ウンザリなのよ。形にして物語にする! これぐらいやってみなさい。どうせ時間なら、たっぷりあるんだから!」

 アモスが、頬を突つくヨーベルの手を払う。


「……あの材木は、この村で採られたのかな?」

 いきなりリアンが、窓の外に見える材木の山を指差して、話題を変えてくる。

「だろうな、きっとこの村は、林業で食っているんだろうなぁ」

 バークが、リアンの隣に来ていう。

「村の周り、立派な木がいっぱいですものね……」

 ぼんやりと視線を、真っ暗な森に移しながら、リアンはポツリとつぶやく。

「……ねえ、バークさん?」

「どうした?」とバークが訊き返す。

 しかしリアンは、しばらく考え込む。

「う~ん……。やっぱりいいや、気のせいかな?」

 リアンは苦笑いをして、バークに謝る。


「あ、そうだ。こっちの東の海岸線に、ヒュルツの村ってのがあるんですね」

 リアンが、バークに手にした地図を見せる。

「本当だな、どういった村だろうな。漁村なのかな?」

 地図にある、海岸線上にある村を見て、バークがつぶやく。

「海辺の村っていったら、ビーチと水着でバカンスでしょ! そんな村があるっての? 男どもを釘づけにする、あたしのプロポーションを見せる時か!」

 アモスが食いついてきて、リアンとバークが互いに変な表情をしてしまう。

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