6話 「交渉」
「あんたらか……。サイギンから、来られたっていうのは……。あんな大きな街から、こんな辺鄙な場所に、わざわざくるとは物好きだねぇ」
しわがれた声が聞こえてきた。
新しく合流してきた、新顔の三人の誰かが話したのだろうが、バークには誰が話したのかわからない。
しかし、声のトーンに敵意がないと判断したバークが、交渉をしようとする。
「一団の責任者のバークと申します、お初にお目にかかります。夜分このような突然の訪問、本当に申し訳ありません。お話しした通り、キタカイに向かうため、この山を越えようと思ったんですが。思いの外距離があったみたいで、この村で一泊だけでも、休ませて貰おうと思ったんですよ」
バークはうやうやしく、現れた集団に頭を下げてから話しかける。
「もちろん、長居する予定もありません。朝になったら出発しますので、一泊だけさせてくれると、恩にきります。ご覧のように、子供と女性もいますので……」
バークが、またリアンとヨーベルをダシに使って交渉をする。
「この山を、一晩で抜けられると、考えておられたのですかな? 最初から、村での宿泊を当てにしておられたのでは、ありませんか? この村の、悪い噂を知らぬとも思えんしなぁ。興味本位で村に来たとしたら、追い返したいところですが……」
くぐもった声が、どこか不穏な空気を発する。
こちらの考えが、どことなく見透かされていて、バークは内心焦ってしまう。
ゲンブが考えた旅のプランの穴を、バークが取り繕うしかない。
「いやぁ、見抜かれましたか、面目ないです。おっしゃる通り、最初から、この村での一泊を当てにしていました。でも、それは興味本位とかそういうのではなく、キタカイに向かうための、休息地として考えていたことなんです。お礼は、ささやかですがしますので、一泊だけ泊めて頂けませんか?」
バークは謝罪を込めつつお願いをしていたが、三人の誰と自分は会話をしているのか、まだわかっていなかった。
いちおう勘で、一番年長そうな人物が、村の長だろうとは思っていたが。
「お礼などいりませんよ。お困りの旅人を、追い返すほど、我らも外道ではありません。いいでしょう、わたしの屋敷に空き部屋があるので、そこで一泊なさるがよかろう」
交渉は成功したようで、話しを聞いたゲンブたちが、後ろでよろこんでいる。
しかしバークは、今話したのが、自分が長だと思っていた老人ではないことに、戸惑いを覚えていた。
予想していた老人が、少しも口を動かさなかったのに声がしたから、バークは混乱していた。
いったい、誰が話したというのか。
「では、旅の御仁たち、ついてきなさい。その立派な車は、屋敷の敷地に停めなさい」
そういう声がしてから、バークはドキリとする。
声の主は、一番ガタイのいい男の背中に背負われていた、相当年配の小柄な老人だったのだ。
暗さから、老人が背におんぶされていたのが、バークには見えていなかった。
バークは狼狽を見せないようにして、背中の老人に深く頭を下げる。
「ハハハ、足腰が弱くてね、こうしないと表には、出歩きにくいのですよ。驚かせて、すまなかったね。あと、いろいろ話し合っていたので、時間がかかったのも悪うございましたな」
どうやら、バークが背中におぶさっていた自分に、気づいてなかったということも、見抜いていた長らしき老人。
「わたしはリューケン、この村の長をやっておりますよ」
リューケンと名乗った、かなり小柄な老人が杖を片手に持ちつつ、男の背中に背負われながらいう。
「改めまして、わたしはバークといいます。旅の劇団でして、これから王都エングラスに向かうところだったんですよ」
バークがうやうやしく、そう自己紹介をする。
「ほう、旅の劇団に、エングラスとな?」
村の長の、細い目が少し開く。
「悪いな、村長さん。ほら、これからカイ内海で、海戦が起きるかもしれないだろ? その前に、渡ってしまおうって考えなのさ」
ゲンブが、いきなり会話に参加してきたので、バークが少し焦る。
無礼なゲンブたちとの会話で、話しがご破産になるのをバークは危惧した。
「そうそう、今逃したら、今度エングラスに渡れるの、いつになるかわからねぇだろ? 早くエングラスに着いて、まだ見ぬ女とも知り合いたいわけよ」
最悪なことに、ケリーまで参加してくる。
「ふむ、劇団というだけあって、妙なのが揃っておりますな?」
リューケンが、バークに苦笑いをしながらいう。
バークは恐縮するしかない。
でもリューケンは、特に不快な感じになっているようでもなかった。
ゲンブとケリーもいちおう旅の仲間として、若干色眼鏡で見られつつも、村長から受け入れられたようだった。
「こんな見かけだけど、悪いヤツらじゃないので……。ご不興を、与えなければいいのですが……」
バークが引きつりながら、ゲンブとケリーを紹介する。
「で、村長さん、この村には、女が買えるような宿はないの?」
ケリーの言葉に、バークは頭を抱えたくなる。
「残念だが、そういった施設はないよ。お仲間のどちらかが、伴侶ではないのか?」
長のリューケンを背負った男が、ケリーに訊いてくる。
「いやぁ、ふたりともガードが硬くてねぇ。なかなか強敵なのさ。俺は本当は好きじゃないんだけど、この際、金で股開く女でもいいかなって」
「おい、もう、いいだろ……」
ケリーがペラペラと話しだしたのを、バークが慌てて止める。
そしてバークが、リューケンに謝罪をする。
「ところで、本当に一晩だけなんだな?」
バークが最初、村の長と間違っていた老人が聞いてくる。
「ええ、こっちも急ぎでして。なるべくなら早く、出発したくって」
バークがそう答える。
「だが、どうもトラブルのようだぞ……」
老人が、いきなりそんな言葉をポツリとつぶやく。
そしてバークたちが乗ってきた、立派なガッパー車を指差す。
運転席のアートンが、車を発進させようとしていたのだが、何故か動かないようなのだ。
アモスが何やらアートンに、ゴチャゴチャいっているのが聞こえる。
それをなだめるリアンの姿が見え、ヨーベルが車の周りを、くんくんと鼻を鳴らしながら見回している。
「おい、どうしたっていうんだ?」
ゲンブが不安そうな顔をする。
「おいおい、あのイケメン。まさか車、ぶっ壊したのか?」
エンジンルームを開くと、白煙が立ち込めていた。
「うわぁ……」と、アートンが声を上げる。
「あんた、この車、ちゃんと整備してた?」
アートンがゲンブに尋ねる。
「俺は譲ってもらっただけだからな、そこまで確認してなかったぜ。って、まさか初期整備不良だったのかよ」
ゲンブが忌々しそうにいう。
「あのボコボコの山道を走ったから、どこかがイカれたのかもな。いくらいい車でも、あんな道走ればなぁ……」
アートンが、エンジンルームの中で一番重要な、ニカイドシステムを探す。
メイン動力であるニカイドシステムが壊れていては、もう直すのは不可能だった。
しかし、ニカイドシステムの頑丈さは有名なので、ここの故障はまずあり得ないとアートンは考えている。
「きっと、悪路を走ったことで、どこかの部品が、どうにかなったんだろう。その原因さえ特定できれば、なんとかなるかもしれないよ。ニカイドシステムが原因での故障ではないはずだから、そこは安心だよ。だけど、原因特定から修理まで、直すまでの時間、まったく予想がつかないよ。それに、原因箇所が完全にぶっ壊れていたとしたら、それを取り寄せなきゃいけない、可能性もあるからなぁ……」
アートンが、困ったように腕組みする。
バークが、アートンの話しを困ったように聞いていると、ふと気になる。
村人たちが離れた場所に集まって、村長のリューケンを中心になにやらこちらも、真剣に話し合っているようなのだ。
こちらの車を指差し、不安そうに話す村人が見える。
リューケンは背負われていた男の背から降り、小さな身体を杖で支え、眠っているかのように微動たりもせず考え込んでいる。
「なんだか、村人たちの様子がおかしいですね……」
リアンが不安そうに、バークに話しかけてくる。
「どうなんだろうな……」と、バークが答える。
「一泊だけの予定で、仕方なく、泊めてやる予定だったんだろう。それが、このトラブルだ」
エンブルがやってきて、エンジンルームを開いたままのガッパー車を指差す。
「俺たちの滞在期間が、増えるかもしれないことに対して、不満があるんだろう」
「あんたみたいな気持ち悪いのが、村に長く居着かれたら、そりゃ不満よね」
アモスがエンブルに、ニヤニヤしながら話しかける。
エンブルは舌打ちすると、アモスからさっさと離れていく。
リアンは不安そうに、エンブルが立ち去っていく後ろ姿を眺める。
「アモス、あの人に対して、ちょっと言葉が過ぎますよ……。短い間だけど、旅する仲間なんだし、もうちょっと穏便にいこうよ」
リアンがアモスに懇願するようにいう。
「愛嬌がない人間なんて、どこいっても同じような扱い受けて、当然なのよ。あたしにそういわれるような、雰囲気出してる時点で、あいつが悪いのよ。自分から変化をしようとしないから、いつまでたっても童貞なのよ、あいつは」
アモスの言葉に、リアンは何もいい返せなかった。
リアンは次に村人たちを眺める。
必死に話し合っているような、村人たちの行動を見ると不安になる。
何故村人たちまで、急にあんな話し合いを、しだしたのだろう?
リアンは、そこであることに気がつく。
話し合っている村人たちのほとんどが、かなり年配の男女ばかりなのだ。
どこにも、若い人がいないのだった。
子供は夜中なのでいなくて当然かもしれないが、二十代三十代の若い人もいっさい見当たらないのだ。
リアンには話し合う人々の多くが、五十代以上の人しか確認できない。
最年長の村長を囲んで、真剣に話し合ってい老人たち。
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