10話 「施設の謎」 前編

「あれを!」

 リアンがヘッドライトに照らされた、それを見つける。

 前方に見える川辺に、赤黒い血溜まりがあったのだ。

 さらにその場には、銃が一丁落ちていた。

「血っ! まさか誰か人死にでもあったのか?」

 前方の血溜まりを見て、バークが不安そうにする。

 車から出てきたリアンたちが、川辺の血溜まりをのぞき込む。

 相当の出血量で、確実に人が死んでいるように思えた。

 地面には引きずったような、血の跡が川に続いていた。

 すぐ側には、金属製のゲージがひとつ転がっていた。

 ゲージの中にも、血が飛び散っていた。


 ここで人を殺害して、川に死体を流したのだろうか。

 川の流れる先には、ゴウゴウと音を立てている滝があった。

 けっこうな高低差のある滝だった。

 リアンたちは、それぞれ最悪の予想を頭に浮かべながら、流れ落ちる滝をしばらく見つめていた。

 バークは人死にの可能性に直面し、追いかけていたふたりの神官見習いの安否を心配する。

 最悪の事態だけは、なんとしても回避したいと思ったリアンが、つい無意識のうちにオールズに祈る仕草をする。


「この血の主が、パローンとネーティブではないことを祈ろう」

 バークが重々しく口を開く。

「リアンは危険かもしれないな、車に戻っているほうがいいかもしれない」

 アートンがリアンを心配して、向こうに停めた車に返させようとする。

 アートンにいわれ、リアンも無言でうなずき車に向かう。

 アモスが足下にあった、血溜まりの中の銃を拾い上げ弾倉を確認する。

 弾倉には、まだ一発分弾が装填されていた。

 そしてアモスは懐からタバコを出し、それをくわえると銃を地面に落とす。

「そこにある建物が、観察所ってやつね。大学の施設って聞いてるのに、なんでこんな物騒な流血騒ぎがあるのかしらね?」

 アモスが指差したのは、一軒のロッジのような建物だった。


 その建物の側には、以前乗せてもらった、パローンとネーティブが運転していたバンが駐車されていた。

「あの車、見覚えあるな」アートンが、車を見てつぶやく。

 ふたりの神官見習いの車以外にも、荷台のついた小型のトラックが停めてあった。

「荷台から獣臭さが漂うな……」

 停められているトラックの荷台から、臭ってくる獣臭にアートンは鼻をつまむ。


 建物には、「フォール大学野生生物観察所」という看板が立てかけられていた。

 大学の研究施設と聞いていたのに、どうして流血があるのか。

「なんにせよ、この建物で何か物騒なことがあったのは確実ね。ほら、中確認するわよ」

 アモスがタバコに火を自分で点けながら、目の前にある建物に向かう。

「き、危険じゃないか?」

 アートンが、ひとりで建物に向かうアモスに声をかける。

「危険は承知よ。ここまで来たら最後まで捜査しないと逆に気持ち悪いじゃない。怖いんなら、あんたもリアンくんと一緒に車で待ってなさいよね」

 ニヤニヤした表情でアモスが、アートンを小馬鹿にしたようにいう。

 それを見てアートンが、不満そうにアモスのあとを追う。


 アモスはバークとアートンを従えて、建物の入り口ドアまでやってくる。

 入り口のドアには、カギもかかっていなかった。

 気配をうかがいながら、アモスはドアを開けると建物内部に侵入する。

「人の気配が、奥からするわ。まだ人が、ここにいるわね」

 アモスが建物の奥にある、人の気配を察知してバークにいう。

 その言葉を聞いて、バークとアートンが身構える。


「相手は銃を持ってるようなヤツよ。危ない連中かもしれないわね」

 ここまでいって、アモスがニヤリと顔を歪める。

「あたしならひとりで大丈夫だけど、着いてきてくれるのかしら?」

「エスコートは必要だろ。俺がついていくよ。アートン、おまえはこっち側を探索してみてくれないか?」

 バークが左手側の部屋を指差して、アートンに探索を依頼する。

「危ないと思ったら、すぐ引き返すんだぞ」

 バークの言葉にうなずいて、アートンはドアを開ける。

 ドアの向こうは廊下になっており、いくつもの小部屋が存在しているようだ。

 アートンは廊下に侵入すると、慎重に手前の部屋から調査をしていく。


 ひとつ目の部屋は書斎のようだった。

 人の気配がしなかったが、荷物が乱雑に投げ散らかされていた。

 それを確認すると、アートンは次の部屋に向かう。

「なんだか急な展開に、慌ててるって感じだな……」

 アートンがポツリとつぶやく。


 一方バークとアモスは、奥のドアにやってくると、部屋の様子をうかがう。

 奥の部屋から、明らかに人の気配がするのだ。

 ドアをゆっくり開けると、その部屋は広いリビングのようだった。

 ワイシャツにベストを着たひとりの男が、アモスに背を向けて一心不乱に、暖炉に紙を放り込んでいた。

 男は、何かをひたすらわめいている。

「あいつ何してるんだ? 何かを燃やしているのか?」

 バークが男の様子を見て、不思議に思う。

「まるで証拠隠滅作業中みたいね。表の血溜まりといい、何か良からぬ事態が起きたんでしょうね」


「やはりこんな場所で、活動するべきじゃなかったんだ! 警察に知られてしまったじゃないか! ここでの活動が、全部知られちまう! くそぅ! ターズスさまは、もう完全に狂っておられるんだ! あんな人、さっさと見切りをつけるべきだった! こんな事態になったのも、猿共の命をもてあそんだ天罰なんだ……。ああ、時間を元に戻せたら……。何も知らずにいた、あの時間に戻れれば……」

 アモスがタバコをくわえながら、暖炉で書類を燃やす男を眺める。

 何をわめいているのか全容はよくわからないが、ひどく後悔しているようなことを口にしている。


「野生動物の観察を行っていた施設だろ。隠滅するような書類があるとは思えないが、何故なんだろうな……」

「隠滅しなきゃいけない、何かがあるってことでしょ。野生動物観察所っていうのが、そもそもこの建物の正体じゃないってことでしょうよ。さてさて、いったいこの建物の正体は何なのかしらね」

 アモスが一歩、証拠隠滅している男の背後に近よる。

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