9話 「ヨーベルとストプトン」 後編

「あとは、バークさんが団長さんになってもらっています」

「その方は、どういった方なのでしょう?」

「団長さんをやってくれている人で、わたしたちのリーダーさんみたいな人ですよ」

 ここでヨーベルが急に、警戒したような顔つきになる。

「そういえば~……。あんまり自分たちのこと、話しちゃダメでした。隠密行動が大事なんです」

「今話したことは忘れてください~」と、ヨーベルがニコニコとした表情でいう。


「お使いクエストとのことですが、どういったものを探しにきたのですか?」

 ストプトンが、ヨーベルに滞在理由を尋ねるが、ヨーベルは懐中時計をいじくりだし、あまり回答してくれなくなる。

「それがですね~。わたしたち自分たちのこと人に、あんまり話しちゃいけなかったので……」

 そういって急に、ヨーベルは口ごもる。

 さすがのヨーベルでも、自分たちは逃亡者という自覚があるようだった。

 急にだんまりを決め込むようになったヨーベルを、ストプトンは困惑したように眺める。


(どうする? この女、俺に気づいていないのか。しかし……、悪意などがどこにも見当たらないこの感じ、いったいなんなんだ? よし、思い切って核心を……)


「ところで、ヨーベルさん、いや、ミシャリさんとお呼びすればいいかな?」

 ストプトンは、以前ネーブ主教のもとで聞いた、ヨーベルのもうひとつの名前をここで出してみる。

「ミシャリ? あれ? どうしてその名前を? わたしのことはヨーベルでいいですよ」

 突然の呼びかけに、ヨーベルは驚いたような表情をする。

「ミシャリという名前は、ダメなのですか?」

「その名前は恥ずかしいです……。過去の、ちょっとしたトラウマが……」

 胸にある懐中時計をくるくる振り回しながら、ヨーベルは照れたようにいう。


「恥ずかしい?」

 ストプトンが怪訝そうな表情をする。

「って、どうしてその名前を知っているんですか?」

 ヨーベルが驚いたようにストプトンに尋ねてくる。

「その質問にお答えする前に、こちらからひとつ質問よろしいですか?」

「は、はい……」

 ヨーベルは、神妙な顔でストプトンの言葉を待つ。

 暇つぶしのつもりで話していたのだが、ヨーベルはなんだか男の雰囲気に胡散臭いものを感じだした。

 警戒するように、胸の海中時計をさらにいじる。


「ネーブ主教をご存知ですよね?」

「えっ? ネーブさんですか?」

 いきなりネーブの名前を出されて、ヨーベルは狼狽する。

 ネーブがらみで自分たちが窮地に陥ってるのは、さすがのヨーベルでも理解できることだった。

「はい」と、ヨーベルはか細い声で返事をする。

「え~と……、その人の名前は……、ちょっといろいろありましたので……」

 ネーブの名前を聞き、ヨーベルは明らかに返答に困りだした。


「実は、わたしはあの夜、あなたとお会いした神官なのですよ。覚えておられませんか?」

 ここでストプトンが、コートをはだけさせる。

 黒いコートの下には、白い僧衣が着こまれている。

「えっ? あなた神官さま?」

 ヨーベルの目が丸くなる。

「はい、サイギンの市庁舎のホテルのロビーで応対した……」

「あ~。思いだしました! あなたですか~!」

 ヨーベルが合点がいったように、ポンと手を打って何度もうなずく。


 そして、しげしげとストプトンの顔を、ヨーベルは眺める。

 確かに、目の前の男はあの時会って話した神官だった。

「それは良かった。お久しぶりです。またこうして、お会いできて光栄です」

 ストプトンが、コートをまた着直す。

「ミシャリとは、そこであなたが名乗ったお名前ですよ」

「え~と……。あの?」

 ヨーベルは視線をあちこちに移しながら、弱々しくストプトンに尋ねる。

「はい?」

「こ、この状況って、ひょっとして、わたしすっごくピンチってことですか?」

 さすがのヨーベルも、事の重大さに気づき焦りだしていた。


「お待ちください、大丈夫ですよ。わたしはあなたを追っているわけではありません。だから落ち着いて。誤解を解くために、もう少しお話しよろしいでしょうか?」

「……わ、わかりました」

 ストプトンに諭されるようにいわれ、ヨーベルは伏し目がちになりながらも応える。

「そうですね……。どういえば、警戒心を解いてくれますでしょうかね。わたしは、あなたがたの力になれる可能性があります。まずそこをわかってもらえると、話しもスムーズに進むかもしれませんね」

「え? 追っ手さんじゃないのですか?」

 驚いてストプトンの顔を、ヨーベルはのぞき込む。


「少なくとも、わたしは違いますよ。あなたが、知っていることをすべて教えてさえくれたら、協力できるかもしれません」

「知っていることですか……。やっぱり、ネーブさんのことですか?」

 ヨーベルが、か細い声で尋ねる。

「そのあたりは、お仲間に訊いたほうがいいですか?」

「え~と……、お仲間って誰でしょう?」

 急にとぼけるヨーベルに、思わず笑ってしまった鉄仮面ストプトン。


「おっと失礼。警戒するのも、無理もないでしょう……。でも、この件は逃げるより、きちんと向き合って、解決を目指したほうが絶対賢明です。お仲間さんも、ヨーベルさん、あなたにとってもです。疑惑を放置したまま逃げ回っていると、かえって良くない結果になると思われます」

 ストプトンがヨーベルの肩に手をポンと乗せて、安心させるように話しかけてくる。

「わたしを、信じていただけませんか?」

 ストプトンは、ヨーベルに真剣な表情でそう語りかける。

「どうしても、訊きたいことが一点あります。これはあなた方が、ネーブ主教を害していないという前提あってのことですが。よろしいでしょうか?」

 神妙な表情で訊いてくるストプトンの言葉に、ヨーベルがうなずく。


「あなたはネーブ主教の元から、どうやって脱出したのですか? 仲間がいるとのことですが、その仲間が救出してくれた感じなのですか?」

 ストプトンの質問に、ヨーベルは考え込む。

 しばしの沈黙が起きる。

 すると、急に村が騒がしくなる。

 いきなり村中に、大音量のサイレンが鳴り響きだしたのだ。

「えっ? 何事でしょう?」

 ヨーベルも急な展開に、ビックリする。


「くそ……、もう気づかれたか」

 ストプトンが、悔しそうに吐き捨てる。

「あれ~? あなたも、追われてるんですかぁ?」

 何故かヨーベルが、うれしそうにストプトンに指を差していう。

「あなたもいちおう、追われている自覚はあるのですね。とにかく、わたしを信じて欲しい! これを!」

 焦り気味のストプトンが、ヨーベルに何かを渡してくる。


「これはわたしが滞在している、キタカイにある宿です」

 ストプトンはライターを取りだして、ヨーベルの手に渡す。

「これが、わたしの名前です!」

 さらにストプトンは、メモ帳にさらりと自分の名前を書き、それを破ってヨーベルに渡す。

 もらったライターには「勝利の白黒うさぎ亭」という屋号が書いてあった。

「わたしはここのカジノで、しばらく潜伏しています。お仲間が帰ってきたら、是非ここにわたしを訪ねてきてください。きっとあなたがたの力に、なることを約束しましょう!」

 ストプトンがバンに乗り込み、ヨーベルに叫ぶ。

「いいですね、頼みましたよ!」

 そういってストプトンは、バンを急発進させる。


「逃げたぞっ! あれだっ!」

 追っ手の神官たちは殺気立っている。

 十人は超える僧兵たちが、手にメイスを握りストプトンに迫ってくる。

 その追っ手の剣幕に驚いて、ヨーベルは慌てて宿の陰に隠れる。

 追っ手の僧兵は手に物騒な武器を持ち、バンを追いかけようとしている。

「ストプトン! 貴様逃げるつもりかっ! せっかく目をかけてやったのに、恩を仇で返すか!」

 追っ手の中にいた、ダノンがやってきて怒鳴っている。

「貴様、二度とオールズ教会にいられなくなると思え!」

 そう怒鳴るダノンを無視して、ストプトンの運転するバンは猛スピードで村から逃避する。

「追いますか? 司祭?」

 部下の僧兵がダノンに訊く。

「くそっ! いや、逃げたところでヤツに行き先などあるまい」

 ダノンは、ストプトンが元サルガということを知らないようだった。


 ヨーベルは木陰から、追っ手の神官たちが殺気立っている様子を伺っていた。

「ストプトン? あの人のお名前でしょうか?」

 そしてヨーベルは、彼からもらった紙切れとライターを見る。

「あれ? ここって……」

 ライターに書いてある、バニー姿の女性のイラストに気づく。

「勝利の白黒うさぎ亭」という屋号が書かれていた。

 そしてヨーベルは、ポケットをまさぐる。

 出した手にはライターがひとつあった。


 ストプトンが、さっき渡してきたライターとお揃いだった。

「あらら、おんなじのが、ふたつになっちゃいました。ここって、わたしたちが泊まっていた宿ですね……」

 ふたつある同じライターを見て、ヨーベルはそうつぶやく。

「あの人、わたしたちの力になるとおっしゃってましたけど、本当でしょうか……」

 ヨーベルは不安そうにつぶやく。

 また無意識のうちに、胸の懐中時計をもてあそんでいた。

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