9話 「追跡者との接点」

「あんなくだらない内容の本に、何を没頭してるんだか……。俺もやきが回ったもんだな」

 ゴスパンがブツブツと後悔の念をつぶやきながら、チルの宿泊するアパートにやってきた。

「エレベーターがあるのか、ボロいアパートなのに用意がいいな」

 ゴスパンが、エレベーターのボタンを押して箱を呼びよせる。

 ちょうど八階から降下してくるところだった。

「たしかチル中尉も、八階だったな……」


 エレベーターがやってきて、ドアが開くと同時に中から人が躍りでてくる。

「おっと、失礼」ゴスパンが出てきた人に謝る。

 箱から降りてきた人物は、女性のようだった。

 しかし顔を隠し手袋までして、伏し目がちなその女性は、ゴスパンに何もいわずに箱から逃げるように出ていく。

 女性の香水の匂いが、昇降箱の中に充満していた。

 ゴスパンは女性など気に留めることなく、エレベーターに乗り込んで八階のボタンを押す。


 八階にエレベーターが到着する。

 箱から降りたゴスパンは、一直線に一番奥のチルの部屋にまで歩いていく。

 人が住んでいるのかわからないほど、静まりかえっている廊下をゴスパンは進む。

 チルの部屋の前に着き、呼び鈴を鳴らして届けるために持ってきた銃を用意する。

 銃のことをどう注意してやろうかと考えながら、家主の反応を待つ。

 しかし、いっこうにドアが開く気配がしない。

 そもそも、中に人がいるとは思えないぐらい静まりかえっている。

 呼び鈴を鳴らしても反応がないので、ゴスパンはドアを直接ノックする。

「チル中尉、わたしです、ゴスパンです」

 中に聞こえるように声を上げるが、無反応。


 考え込むゴスパン。

 チル中尉が、外出したような感じはしなかった。

 特に用事もなかったはずだ。

 部屋にいるのは間違いないと、ゴスパンは思う。

 ゴスパンは試しにドアノブに手をかける。

 軽くドアノブを回すと、ドアが開く。

 カギがかかっていない。

 チル中尉のことだから、ゴスパンはカギのかけ忘れも考えた。


 ドアを思い切って開けてみて、中に向かって「チル中尉!」と呼んでみる。

「中尉、失礼しますよ!」

 ゴスパンが部屋の中に入っていく。

 本能的な危機感を感じ、ゴスパンは銃を取りだして、警戒することを忘れない。

 部屋をクリアリングしながら、ゴスパンが奥に向かっていく。

 自然と心拍数が上がり、息が荒くなる。


 奥のリビングにまで到着したゴスパンが、周囲を見渡す。

 人の気配は一切しなかった。

「チル中尉……」

 ゴスパンがリビングで、ひとり椅子に座っているチルの後ろ姿を見つける。

 ゴスパンはチルに慎重に近づく。

「チル中尉、どうされました?」

 ゴスパンが銃をチルの周囲に向けながら、彼の横にやってくる。


「大丈夫ですか?」

 不安そうに、そう声をかけるゴスパン。

 それでも一切動かないチル。

 無反応。


 ゴスパンは、おそるおそるチルの顔をのぞき込んでみる。

 そして、口と鼻から一筋の血を流しているのを見つける。

「チル中尉!」

 ここでゴスパンは、チルの肩をつかんで揺さぶる。

 しかしチルはその拍子で、座っていた椅子からずり落ちて地面に倒れる。

 ドサリという音がしたと同時に、チル中尉の口に溜まっていた血が床に広がる。

「なんてこった! 死んでいる……」

 ゴスパンが青くなって、チルの動かなくなった身体を眺める。

 いったいいつの間に殺されたのか、そもそも殺される意味がわからない。

 ゴスパンが、倒れたチル中尉の身体を調べて外傷を探す。


 しかし、どこにも刺し傷や切り傷が見つけられなかった。

「これはいったいどういうことだ? 毒殺されたのか?」

 外傷のないチルの死体を目の当たりにして、ゴスパンは薬物による殺害も考えてみた。

 そんな時、ゴスパンはリビングのテーブルに、一枚の紙切れがあるのを見つける。

 ゴスパンはそれを手に取ってみる。

 紙には「ハールアム参上! 遺跡を汚す不届き者に死を!」という文言が書いてあった。

「ハ、ハールアムだと!」

 ゴスパンが絶句する。

 ハールアムといえば、ハーネロ神国の構成員を指す名称だった。

 この時代、軽々しく口にしていい言葉ではなかった。

 さっきまで下で読み込んでいた、ハーネロ関連の本の内容がゴスパンの中に去来する。


 アパートから飛びだしてくるゴスパン。

 あまりの慌てぶりに、メンバイルと部下たちが何事かと尋ねる。

 ゴスパンが今見てきたことを、興奮気味に話す。



「あいつらどうしたんだろうな? チルの部下たちだよな?」

 バーから出てきたアートンが、アパートの前で話し込んでいるチルの部下たちに気がつく。

 そこに、ちょうど勘定を済ませたバークがやってくる。

「どうしたんだ?」と、バークがアートンに尋ねてくる。

「なんかエンドールの兵士が揉めてるのかな? なんか騒いでるんだよ」

 アートンが、チルのアパートの前でたむろしているエンドール兵たちを指差す。

「本当だな。あれはチルの部下たちだったっけ?」

「あのごつい二人組は、確かそうだったよな」

 アートンは、集団の中心にいる頭一つ飛び抜けた、巨体の兵士ふたりを指差す。


「なんか慌ただしいが、何があったんだろうな?」

 バークが不安そうにいってくる。

「急な予定でも、あったんだろうかな?」

「クレッグが来なかった理由とも、関係するのかな?」

 アートンとバークが考え込む。

「どうする? クレッグにもう一回会いに行くか?」

 アートンがバークに尋ねる。

「いや、もし揉め事だとしたら巻き込まれたら面倒だぞ、ここはさっさと退散しよう」

 バークがアートンの肩をたたいて、指差すのを止めさせる。


 すると、大柄なゴスパンとメンバイルが同時に、アートンとバークのいる方向を見る。

 両者がしばし、お見合い状態になる。

「あいつらは……」

 ゴスパンとメンバイルが、アートンとバークに気づく。

 何度かチルと会っていた連中だった。さっきも会っていたという話しだ。


「こっち見てるな、なんかやばくないか?」

 アートンが目に見えて挙動不審になる。

「おい、ここでキョドるなって。かえって怪しまれるから……」

 狼狽するアートンを、バークが慌てて落ち着かせる。

「おい! あんたら!」

 ここで、ゴスパンとメンバイルが声をかけてくる。

「ヤバい、どうする?」

 アートンがうろたえて脂汗を流す。

「どうするって……」

 バークもつられて困惑する。


「おい! あんたらだよ!」

 ゴスパンの言葉がさらに強くなる。

「バーク、行こう!」

 ここでアートンがきびすを返して、その場から逃走を開始する。

 慌てたバークも、つられて逃げるしかなかった。

 一緒になって走り去るという行為をしてすぐ後悔するバークだが、もういまさら手遅れだった。

「待て! おまえら!」

「どうして逃げる!」

 ゴスパンとメンバイルたちエンドール兵が、アートンとバークを追跡する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る