8話 「バークの勧誘」

 ゴスパンとメンバイルが酒場の前で話している間に、アートンとバークが酒場で酒を注文していた。

 今夜はアートンも珍しく酒を注文して、バークに付き合ってくれるようだった。

「こうしてゆっくり、昼間からふたりで飲むなんて初めてだな」

 バークがうれしそうに酒を一杯飲む。

「そうだよな、いつもリアンやヨーベルがいるしな」

 アートンもバークにつづいて、苦手な酒を一気にあおる。

「あと、アモスに対して突っ込み入れたりで、落ち着いたためしがないものな」

 バークが自嘲気味にいう。

「……あいつ、いないよな?」

 アートンがキョロキョロと店内を見渡す。

 営業開始したばかりのバーは、まだそれほど客がきていなかった。


「あいつ、なんかいつも、突然現れるからな」

 バークもその辺り、アートンと同じように感じていた。

 アモスの「見えなくなる」という能力を知らないふたりにしたら、アモスは神出鬼没のヤバい女という認識だった。

「リアンと前話したんだがな……」

 バークが酒に口をつけながら、やや考え込むようにしてポツリとつぶやく。

「……アモスって、そもそも何者なんだろうな?」

「刑務所の職員じゃないのか?」

 アートンがいう。


「それが違うんだよ」バークがもう一口酒を飲む。

「え? じゃあ、何者なんだよ。STAFFジャンパーなんかを着てたじゃないか」

 アートンが首をかしげて、ジャルダンでアモスの着ていた服を思いだす。

 アートンはどうやら、アモスの着ていたSTAFFジャンパーは、ジャルダン刑務所のものと思っているようだった。

「それが、わからないから不安なんだよ」

「ヨーベルのこと知ってた感じだし、教会にいたんじゃないのか?」

 アートンが空になったグラスをもてあそびながら、バークに訊く。

「あれが、教会関係者なもんか」

「ま、まあな……」

 そりゃそうだといわんばかりにいうバークに、アートンが苦笑いをする。


「そもそも、あの島にはヨーベルと、以前いたヘーザー神官しか女性はいないはずだったんだよ」

 バークが島での暮らしを思いだしながらいう。

「ヘーザー神官か、名前だけ知っているな。ヨーベルが話題になるまでは、その神官さんが島の連中のアイドルだったからな。綺麗な女性だったっていう噂だったな。けっこう歳はいってるんだっけ?」

 アートンが、自分の知っているへーザー神官のことを口にする。

「四十超えてたらしいが、見た目は二十後半に見えてたな。別に若作りをしてたって訳じゃない、天然の美女って感じのお人だったな」

 バークがへーザー神官のことをそう語る。

「なんかツグングが、おかしくなりだしてから、島を出たとか噂になっていたが……」

 アートンが噂話を思いだす。

「それなんだがなぁ……」


「ん? ツグングか?」

「いやヘーザー司祭だよ。島から出たとかいわれていたが、彼女が出港したのを確認していないんだよな……」

「そうなのか?」と、アートンが不思議そうに訊いてくる。

「いちおう港の業務は、全部確実にやってたからな。島から出る人間の管理はしてたさ。そこにヘーザー神官は、いなかったんだよなぁ……」

 困惑の表情で語るバーク。

「確か、もうひとつ港があったんだろ? そっちから出たんじゃないのか?」

「あっちはニカ研専用だからな……。使ったとは思えないんだよなぁ……」

 バークが再び考え込む。


「でも船の出入りがあったんだろ? そっちから帰ったんだろうよ」

「そうなのかな……」と、バークは納得いかないような感じだった。

「そういうことに、しておけばいいじゃないか。いまさら考え込んだって仕方ない話題じゃないか」

 アートンがそう笑って、バークの肩をたたく。

「思えば、ツグングといい、おかしなことがつづいたよな。あの島」

 バークが残りの酒を、一気にあおりながらいう。

「そういや話しが変わるが、あんたバークっていうんだよな」

 アートンのいまさらな言葉を聞き、バークは不思議そうな顔をする。

「それがどうしたっていうんだ?」

「いやな、前々から思っていたんだが、知ってる名前のヤツがいてな。いつもその顔が、ちらついていたんだよ」

「なんだ、そういうことかよ」バークがつぶやく。


「偶然出会った仲とはいえ、今じゃ運命共同体だもんな……」

 アートンが遠くを見つめるようにいう。

「改めていうまでもないだろ。よろしく頼むぜ、アートン受刑者さん!」

 バークの言葉にアートンが苦笑いする。

「そういえばお前は、教会での騒動見てなかったんだよな?」

「教会?」アートンが確認する。

「ああ、あの時のか……。何かいろいろあったんだってな? リアンに訊いたが、あまり答えたくないようでな。それ以来、俺も話題にしないようにしているよ」


「あの武装していた連中って、結局何だったんだろうな?」

 グラスを傾けて考え込むバークがいうのは、突如島に現れた武装集団のことについてだった。

「おそらくだが、ニカ研の連中だとは思うんだが……」

「まあ、いまさら考えたってしかたないって。今は情報がないんだしさ。こんな話しアモスに聞かれたら、また軍師さまごっことか煽られるぜ」

 アートンの言葉に「それもそうだな……」とバークはつぶやく。


「でだ! 今のところだが。クレッグに任せていたら、けっこう安全に帰れそうだよな」

「だな、心強い限りだ!」

「あいつと再会できたのは、本当についていた」

 アートンがうれしそうにいう。

「また話し変わるが、リアンたちをエンドールに届けたら、おまえどうする気だ?」

「ずいぶん、気が早い話しだな」

「いや、ちょっと気にはなっていてな」

「う~ん、そうだなぁ」と、アートンが腕を組んで考え込む。


「目的を達成したら、ジャルダンに戻るっていってたが。あれは今でも変わらないのか?」

 バークにいわれ、アートンは熟考する。

「俺としても、その辺りまだ考えがまとまらなくてな……」

 沈黙するふたり。

 酒場のマスターが、空になったグラスを指差して、おかわりがないかを訊いてくる。

 それに対して、バークだけがおかわりを要求した。


「もしなんだったら、俺のところに来るか?」

 いきなりバークが、こんなことをいってくる。

「俺のところって、何だよ?」

 突然のバークの勧誘に、アートンがすぐさま訊き返す。

「いや、俺の所属している組織なんだがな……」

「おまえは、いちおう教会関係者じゃないのか?」

 アートンがバークに確認する。

「まあ、そうなんだが、ちょっと訳ありな組織なんだよ」

「なんだ、そうだったのか……」

 アートンがバークの話題に、いまいち乗っかれずに困惑する。


「でさ? 何するわけ? あんたも俺と同じで、ジャルダンから勝手に抜けでてきた身だろ? そもそも島や、所属している組織ってのに連絡してなくていいのか?」

 そういってから、アートンは少し考えてみる。

「いや、これ実は前から気にはなっていたんだが、話題にしていいのかどうか迷っていてな」

「別に気にしなくてもいいぞ。なんだ?」

 バークがアートンに尋ねる。

「そもそも、島から脱出したのは、トラブルに巻き込まれそうだったからって理由だっけ?」

「ああ、なりゆきでそうなったって感じさ」

「具体的に、何があったんだよ? 話せる範囲でいいから教えてくれるか?」

 アートンが、やや躊躇しつつもバークに尋ねる。


「ニカ研のあの武装集団を、騙した感じのことをしたからな。残っていたら、俺まで何されていたかわからなかったんだよ……」

「そうなんだな……」

 アートンも、赤い倉庫前で謎の男女二人組と、接触したことを思いだす。

「おまえは自分が訳ありの組織所属っていうけど、具体的にどんなのさ? たとえば、五主教のうちの誰かがリーダーとかさ」

 アートンが、バークに核心に近いことを訊く。

「そんな、大層なものでもないよ。……自分から口に出しておいてすまない、やっぱこの話しはなかったことにしてくれ。ダメだな、今夜は口が軽くていけないや。余計なこと、いってしまったよ」

 新しく注文した酒をまた一息であおりながら、バークは苦笑いする。


「俺たちは、まずはリアンたちを無事に、エンドールに連れ帰ることに全力で当たらないとな」

「そうだな、お互いのことはそれからでいいかもな」

 アートンがバークの言葉を肯定しつついう。

「時間なら腐るほどあるだろうし、俺も身の置き方よく考えておくよ」

 バークが苦笑いをしながらいう。



「ところでクレッグは、いつくるんだろうな? もう約束の一時間が経つな?」

 アートンが窓から外を眺める。

「ずいぶん遅れてるよな」

 バークも、店内にあった柱時計を見ながら不思議がる。

「これ以上ここにいたら、俺また余計な事、口にしそうだよ」

 バークが軽く笑いながら酒をあおる。

「あいつなら、遅れるようなことがあれば、それをわざわざ伝えにくるような性格だったんだがな」

 アートンが解せないといった感じだった。

「いったん出るか?」と、バークが提案する。

「それもそうだな」

「じゃあ、俺勘定してくるよ」

 バークが席を立ち、マスターのところに歩いていく。

「ああ、頼むよ」

 アートンがもう一度窓から外を見る。

 チルの部下たちが、アパートの前でまだたむろしているのが見えた。

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