94話 「一応贈る言葉」 後編
バッツの消えていった路地を見ながら、しばらくヒロトは、物思いにふけるような表情で立ち尽くす。
そんなヒロトの肩に、ポンと手が添えられる。
「家族の問題も、きっと時が経てば解決もするさ」
アートンが、ヒロトにそう語りかけてきた。
「だから今は、新しい環境に挑んでいくといいさ。結果を、出せるようになるまで、頑張ってな! あと、お母さんもいつかきっと、応援してくれるようになるさ」
アートンの激励が、ヒロトの心に突き刺さる。
「はい……」と、ヒロトが涙声でいう。
「じゃあ、さっそく稽古場に行こうか」
リコがそう宣言する。
「そちらは、キタカイ行きのバスの始発に、乗りたいんだっけ? これ以上の拘束は、悪いからね」
「そうね……。自己紹介とかは、稽古場で改めて、おこないましょう」
ヒエムスも時間をチェックしていう。
「あの、ちょっといいですか……」
するとヒロトが、リコたち劇団員にいう。
不思議そうな顔をする劇団員たち。
軽く劇団員たちに会釈したヒロトが、リアンのところに駆けよってくる。
いきなり走ってきた、ヒロトを前にしてリアンは驚く。
「あのさ……」
ヒロトが小さくいってから、大きく息を吸い込む。
「はい?」
リアンはなんだろう? といった表情で、キョトンとしてる。
「いろいろありがとう! あんたのおかげ……」
ヒロトが、そういってから少し目を逸らす。
「僕だけの力じゃないよ。いろんな人が、手を貸してくれたんだよ」
リアンが照れたようにいう。
「でも、良かったね! 演劇、頑張ってよね!」
リアンが珍しく、ハッキリした口調でそうヒロトを激励する。
「うん、頑張るよ! それとあんたには、やっぱり個人的に、すごく感謝してる」
ヒロトは、モジモジしながらリアンにいう。
「あたし……。あんたに、あんなひどい態度取ってたのに。見捨てずに、ここまでしてくれたんだもん」
ヒロトがいうのを、リアンが笑って「いいよ、いいよ」と軽くいう。
リアンは、どうもヒロトの気持ちを、上手く感じ取れていないような印象だった。
「僕よりも……。ほら、アモスのほうが直接、頑張ってくれたんだしさ」
そういってリアンは、アモスを指差してヒロトにいう。
「そ、そうだね……」
アモスの凶悪そうな笑顔と、目が合ってしまうヒロト。
「あ、あんたも演劇……。いや、旅か……。そっち頑張ってよね!」
ヒロトがリアンの顔を見て、ちょっと言葉を選びながらいう。
「うん、当然!」と、リアンは即答する。
「えっと……、そういえば……、あなたの名前、なんていうんだけ? リ、リアンだっけ?」
知っているのに、知らない振りをしたようなヒロトのセリフ。
「そういえば、全然、名乗ってなかったかもね。僕だけヒロトのこと、名前で勝手に呼んでたね」
リアンが照れ臭そうに笑う。
ヒロトがつられて笑顔になる。
「リアン・エイチェっていうんだ」
リアンがそう名乗り、軽く会釈する。
「リ、リアン・エイチェね……。ありがと、覚えとくよ!」
ヒロトは、うれしそうな顔になり、元気にいう。
「じゃあ、元気で!」
ヒロトがリアンにいい、次いでバークや他の全員に、深々と礼をする。
ヒロトをくわえた劇団員たちが、自分たちの稽古場に帰っていく。
ヒロトはさっそく、若い団員たちの質問攻めにあっているようだった。
劇団員たちの姿が見えなくなり、静かになる宿の前の道路。
「よしっ! これで、一段落ついた感じかな!」
バークがそう宣言し、地面に置いていた荷物を肩にかける。
「どうも、ありがとうございます!」
「本当に、みなさんのおかげですよ!」
「ヒロトお嬢さま、あんなに元気になっちゃって!」
「あなたたちが、この宿に来てくれたのも、きっと何かの運命なんでしょうね!」
ファニール亭の従業員たちが涙を流しつつ、バークやリアンたちに、深々と頭を下げて礼をいう。
「ヒロトちゃんを直接救ったのは、みなさんですよ。俺たちは、ちょっと力添えしただけですから」
アートンが謙遜したように、従業員たちにいう。
最後の別れとばかりにハグを求められ、困惑しつつも従業員たちとアートンは抱きあう。
そんなアートンを、ニヤニヤ笑って見てたアモスが声を上げる。
「おい、バカアートン!」
アモスの半笑い気味で呼ぶ声に、全員とのハグを済ませたアートンが、憮然として振り返る。
「な、なんだよ……」
ニヤついているアモスを、アートンは渋い顔で見る。
「今回ばかりは、あんたの手柄、ってことにしといてやるわ。ちょこっとだけ、信頼度アップよ。ちょこっとだけね……」
アモスは右手を使って、親指と人差指の間隔を少しだけ大きくさせる。
それを見て、アートンはうんざりしたような表情になる。
「それでも、まだまだ! あたしの中じゃあ、あんたの評価マイナスだけどね! 今後もこんな感じで貢献したら、評価もアップしていってやるよ!」
アモスが、そういうやタバコを一本取りだす。
すかさずリアンとヨーベルが、火を点けるために動いたが、リアンがヨーベルに役を譲る。
「な、なんだよ、その評価システムはよ……」
不満気なアートンがいい、吹きかけてくるアモスのタバコの煙を払う。
「あんたのための、救済システムに決まってるでしょ。こんな温情、他にあるかよ!」
「ほら、じゃあ」
バークが、アートンの袖を引っ張る。
「俺たちも、そろそろ出発しようか。なるべく早く、駅に向かいたい。昨夜の件も、あるからな……」
最後のセリフは、アートンにだけ聞こえるようにいうバーク。
アートンが神妙な表情でうなずく。
「じゃあ、出発だな!」
バークがいうと、ヨーベルがうれしそうにパチパチと手をたたく。
昨日の騒動のことなど、もう綺麗サッパリ忘れてしまっているかのような、よろこびようだった。
でもヨーベルは、こういう明るい感じがいいなとバークは思う。
「一件落着なのです!」というヨーベルの頭に、手刀をアモスがたたき落としておく。
「よし、行こうか!」
アートンが、一番大きい荷物を持ち歩みだす。
そんな旅立つリアンたちに、ファニール亭の従業員たちが深々と礼をする。
そして、それに手を振るリアンたち一行。
朝日を浴びて周囲が明るくなっていく。
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