38話 「この国の報道」 前編
リアンが部屋に戻ると、朝食の甘い香りとコーヒーの、香ばしい匂いに包まれていた。
ヨーベルがベッドの上で正座して、お預けをくらった犬のように、朝食を凝視してるせいで、リアンが帰ってきたことにも気づいていない。
昨夜のような体調の悪さは快方に向かっていて、いつものヨーベルらしい行動に、なんだかリアンは安心する。
でも、紹介してもらった病院には行くようにと、バークが念押ししてくる。
リアンはうなずいて、ヨーベルの体調管理を約束する。
「バークさんもお仕事、頑張ってくださいね」
「あ、そうだ……」といい、リアンは途端に口ごもる。
「ん、どうしたんだ?」
いいよどんだリアンにバークが尋ねる。
「え~と、その……。アモスがちょっと不満そうで……。せっかく、お金渡したのにって」
リアンがいいにくそうに、ふたりがまだ仕事に出掛けることに対して、不満そうだったアモスのことを話す。
「ハハハ……。あいつなら、いいかねないセリフだな。あたしがやった金、だったら返せ! とかいって、発狂してなかったか?」
「いや、さすがにそこまでは……」
でも、あれだけの大金になんの未練もないのは、どう考えてもリアンには不思議だった。
そんなことを思案していると、バークが話しだす。
「アートンが、職場で重要な仕事任されてな、工期をきちんとやり遂げてから、辞めたいらしいようでな。当初予定していた労働期間の、一週間っていう期間内で完成させられるみたいだし」
バークがそう教えてくれる。
「あいつの謎スキルだな、あの重機の扱いの上手さは」
バークが、熟練者のごとく重機を操るアートンを思いだして、何故か誇らしげだった。
「やたらと、いばり散らしてる現場主任らしい、ちっこいのがいるんだがな。そいつも、文句がつけようがないもんだから、所在なげにしてたのが面白かったな」
詰め所を出たり入ったりするだけで、自身は何も作業をしていなかったあの小男を、バークは思いだして笑う。
「給料面での差がデカいのも、そのせいさ。ハハ、面目ない。俺にできるのは、せいぜい土砂運びぐらいでな……」
バークがテーブルの上にある、金額が倍以上違う、給料明細をチラリと見て申し訳なさそうにいう。
「そ、そんな……。せっかく働いてくれているですから、そんなの気にしないでくださいよ」
「いやいや、リアンくん! 男子たるもの、給与明細の金額の差異には、神経質になるものさ」
バークの言葉に、まだ労働未経験のリアンは戸惑う。
「いつかリアンくんも、そういうのが、気になるような時期がくるよ。嫌でもね!」
そういってバークは、自分のカバンの中に、昨日貰った二人分の給料を入れようとする。
バークの小さめのカバンには、もうお金がギッシリ詰まっていた。
アートンの稼ぎでさえ、端金にしか見えないぐらいの札束が、カバンには入っていたのだ。
その様子を見ていたリアンが、気まずそうなバークと目が合ってしまう。
「あの女は……。どこからこれ、手に入れてきてるんだろうな……」
口には、出さないほうがいいのは理解しているが、ついついバークは本音を漏らしてしまう。
「深く考えるのは、止めときませんか……」
リアンが、若干ビクつきながらバークにいう。
アモスの謎行動はもちろん、一緒に同行する理由すら、訊くのが怖い感じがするリアン。
アモスのことについては、とにかく深入りしてはいけないというのが、このふたりにとっては、自然と暗黙のルールになっていたのだ。
「でも、これから先の旅にとって、有益な金なのは間違いないからな……。なるべく金の件は、触れないようにするが、あいつが妙なことしていないか……」
そこまでいって、バークは黙り込む。
バークがキョロキョロするので、リアンは不思議そうにする。
「いや、やっぱりそうだな……。余計な詮索は、しないほうがいいだろう、特にあいつのやることには……」
バークが、ヒソヒソとリアンに話しかける。
「リアンくんも、うっかりヤバいのを目撃しても、何もいわないでおいたほうがいいぞ。あいつの凶暴性は、ジャルダンでも見ただろう?」
バークはジャルダン逃亡の際に、ひとりの巨漢の女性を平然と惨殺した、あの光景を思いだしてリアンにいったのだ。
それはリアンも目撃していた出来事だったので、彼は無言でうなずく。
ニカ研の女性幹部だったらしいが、正体は未だ不明。
そして、その殺害犯人と一緒に、リアンたちは行動しているのだ。
冷静に考えたら、とても危険な感じしかしない。
「ア、アモスの行動は、僕がなんとか自制させるようにしますから、バークさんはあまりお気になさらずに! 言葉遣いとか、すごく怖くて、凶暴なこともいいますけど。どこか煽って楽しんでる感じだから、ムキにならずに心穏やかにしていましょう! 挑発に乗って、変に突っかからなければ、僕やヨーベルで対処可能ですので」
リアンが、存在がまったく謎のアモスという女の話題を、強引に打ち切る。
「おっ! ありがたいな。そうしてくれると、俺も助かるよ。アートンにも、あいつとは無理に関わるなって、強くいってあるしな」
バークがそういって、読んでいた本を再び手に取る。
「ところで……」
ここでリアンが赤面し、いいにくそうにモジモジしだす。
どうしたんだ? 急に? と思ったバークが、ハッとする。
リアンの視線が、テーブルや床に広げられた、雑誌に向けられていたのだ。
その視線に気がつき、バークも迂闊だったと後悔する。
情報収集のため、ここ数週間分の情報、記事を乱読していたのだが……。
フォールという国の大衆文化は、かなりオープンで、その紙面の内容が低俗、下品、下劣、ドエロ、で占められていることが多いのだ。
リアンが恥ずかしそうに見つけたのも、風俗情報の載った新聞で、女性器が丸々規制されることなく掲載されていた下品なものだったのだ。
今この部屋の周囲には、そういった肌色成分が多めの雑誌が山ほど、見せつけるかのように散らかっていたのだ。
女性陣とリアンは、別部屋なので油断しきっていたが、よく考えたらヨーベルだって今部屋にいたのだ。
しかし彼女は、昨日フロントから借りてきた雑誌に夢中で、あまり周囲を気にしていなかった。
リアンの視線でようやく、ヨーベルに対してとんでもないセクハラ行為をしていたことに気づいて、バークは猛省する。
「彼女、目が悪いんだっけ?」
バークが、ヒソヒソと尋ねてきたので、うなずくリアン。
「だったら彼女が気づく前に、ヤバそうなの片づけていくの手伝ってくれるかい? リアンくんにとっては、まだこういうのは不快なだけかな? だとしたら、俺ひとりで始末するよ」
バークは、リアンの年齢不詳の幼い外見を気にして、配慮の言葉をいってくる。
「いえ、も、問題ないです……」
赤面しながら、あまり目立った行動で、朝食のお預けをくらっているヨーベルの気を引かないように、ふたりは急いで雑誌を整理しだす。
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