38話 「この国の報道」 後編
黙々と作業をしながら、リアンは国営新聞らしい本来なら硬派な、正統派の新聞の紙面に視線が釘づけになってしまう。
見開きをデカデカと使ったその記事には、肉塊のような全裸のハゲ親父が、どこかのベランダでこれまた裸の美女数人と、いちゃついている写真が掲載されていたのだ。
「フォールの国営新聞の内容が、これなんですね……」
リアンが苦笑いを浮かべながら、肉塊のようなデブ親父の写った紙面をバークに見せる。
「でも、一応国営新聞ですね、修正部分が施してますね……」
性器や胸には黒いボカシが入っていて、さすが国営新聞といった感じだった。
ちなみに、紙面を飾るデブ親父というのは、ネーブ主教だった。
「す、すごい見開き記事ですね……」
苦笑いのリアンが、紙面をたたんでバークにいう。
「いやね、国営の新聞だから一面は、比較的マシなほうだろ? だからヨーベルに、さっきそれ渡したんだが、まさかの内容だよ。慌てて取り上げてね」
バークが苦笑しながらいう。
「なんか昨日から、彼女読んでますけど、あれは大丈夫なんですか?」
リアンが、ヨーベルの手元にある週刊誌を指差して、バークに訊く。
「一応チェックしたが、下品な記事は比較的少ない、むしろ陰謀論を展開するオカルト系だったよ。そういうのもどうかとも思うが、下品な記事よりかはマシと思ってな。そういや……。なんかネーブ主教のことが、気になるとかいってたな、彼女」
バークがそういい、床に散らばっていた雑誌をまとめてテーブルの上に置く。
「さっきの新聞も、ネーブ主教が一面だったから、読み込んでた感じだったし。なんか特別な、主教さんなのかな? 彼女にとって」
バークが、ヨーベルが妙にネーブ主教の存在を、気にしてることを不安がる。
「そういやネーブさん、ついにフォールにも乗り込んで、得意の土地売買を開始したんだよね」
バークが複雑そうな表情で、ネーブが土地や物件を買収したという記事を見つける。
その表情には、何故か不快感が込められている。
バークにとって、特に不都合でもあるようなことでもないのに、何故だろうとリアンは若干不思議がる。
「お金と女性が、大好きな主教さんなんですよね?」
リアンは別に他意もなく、生臭坊主のテンプレみたいに広く知られる、ネーブ主教の人物評をバークに尋ねる。
「まったく噂通りのお人だよ。このネーブさんだけどね……。元々は、教会の人物じゃなくてね」
「へぇ、そうなんですか?」
リアンが意外そうに、バークの話しに食いついてくる。
「あ、いや、こんな話ししても仕方ないな。ちょと調べたら、ワンサカ彼に関しての噂は出てくるだろうよ、いいモノから悪いモノまでね。それで気になることとかあったら、また改めて訊いてくれればいいよ、教えてあげるからさ」
バークが、ネーブ主教の話しを打ち切る。
「う~ん……。僕としては、あまり興味はないかもです……」
「ハハハ、だろうね。金関係で羽振りがいいって話しは有名だが、それきっかけで揉め事になる感じでは、なかったはずなんだがなぁ。生臭坊主だが、金持ちケンカせずを地で行くような性格の人物ってのは、唯一評価されてる点だからな」
バークは腕を組んで考え込む。
「その、なんだ……。リアンたちが昨日見たっていう、住民と教会の揉め事だが……。ひょっとしたら……」
そういってから、バークは険しい視線になる。
「まさかなぁ……」と、いったきり黙りこくるバークの表情が、リアンには少し怖かった。
リアンも昨日見かけた、中世の時代からやってきたような、いかつい僧兵集団を思いだした。
実戦帰りというのが判明できるほど、赤黒く血で汚れた衣類や武器を手にし、信仰心の強さゆえに、死をも恐れない狂気すら感じさせた。
アモスもあの連中は、本物の狂信者だと断言していたほどだった。
実際に身体中に包帯を巻き、そのまま病院に入院していても、おかしくないような怪我を負っていた僧兵も見かけた。
ひょっとして、ネーブ主教とは関係ない人たちなのかな、なんてことをリアンは思う。
オールズ教会には、五人の偉い主教がいるのは、なんとなくだがリアンでも知っていた。
「ん?」
すると、バークが先ほどの国営新聞で、気になる記事を見つける。
ネーブ主教絡みの定番記事だなと思って、スルーしていたものだった。
その記事には、ネーブ主教が倒産寸前の高級リゾート地を買って、再建計画をすると好意的に書かれていた。
ネーブ主教は、女好きの俗物と罵られることも多いのだが、こうやって大金が動くと、一転して救世主のように評価される人物なのだ。
どうやら、さきほど見開きでネーブ主教の痴態が撮影されたのも、さっそく買収したリゾート地らしかった。
一面で褒め、見開きでは醜態を報道する。
同じ新聞の記事の両極端さに、バークは失笑が漏れる。
褒めたいのか貶したいのかどっちなのかわからない、面白ければなんでも有りが成立する、フォールという国のマスコミに辟易してくる。
バークは、こんな低俗な記事をずっと読んで、今は情報を仕入れるしかないのだ。
頭の痛い作業だが、刻々と変化する情勢は常に知っておきたいのだ。
ちなみに、ジャルダン島という閉鎖された空間での暮らしの中、情報収集が難しかったという一点が、唯一バークにとってはストレスだったのだ。
ジャルダン時代の彼の楽しみは、一週間に一度届けられる、新聞や雑誌を読み漁ることだったのだ。
例の暴動の際に、ニカ研の連中を騙してしまったので、報復を恐れてバークは島から逃避した。
だが実は、自分の中では娑婆に戻れるなら戻りたいという、潜在的な願望も強かったのだ。
成り行きとはいえ、バーク本人の強い意思も、逃避行には存在していたのだ。
さらに、リアンを責任持ってエンドールに送り届けるという、重大な大仕事。
実はその重責も、バークにとっては心地よい刺激にもなっていたのだ。
他のメンバーの手前、絶対に口にはできないだろうが、この面倒な状況をどこか楽しんでいたりするバークだった。
グランティル地方を大横断するなんて大冒険、ジャルダンにいた時には考えもしなかった行為だ。
しかし奇遇なことに、アートンを除く他の四人もこの旅に、同じような楽しみを感じているのだった。
ヨーベルは、外界の目移りしまくる街の賑やかさに、自分の状況をいっさい悲観せず、全力で観光を楽しんでいるようだし。
アモスも、何故かリアンとヨーベルを気に入り、アートンをいびるのを愉しみ、リーダー役のバークに無茶振りをして楽しんでいるようだった。
迷子のリアンも、口には出していないがバーク同様、この特殊な状況下を人事のように楽しんでいるようなのだ。
唯一、アートンだけは生真面目に、この冒険を制覇してみせるという使命感に、真っ向から立ち向かっているようだった。
(でもそれって結局はアートンも、この状況に挑んで、楽しんでるってことと同じか? しかも冒険って……、俺までヨーベルに毒されてきたのかねぇ……)
まったく生まれも生きる世界も違った五人が、ひょんなことがきっかけで結束し、グランティル地方を大横断する冒険紀行。
改めて自分の置かれている立ち位置を再認識すると、バークは不思議と笑みが漏れてきた。
すると、「ぐ~~~っ!」という、強烈なお腹の鳴る音がする。
リアンとバークが驚いてそっちを見ると、顔を真っ赤にしたヨーベルと、まさに目が合ってしまった。
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