19話 「復活」

 オリヨルの怪獣の襲撃を奇跡的にしのいだズネミン号は、そのままサイギンに向かうことになった。

 途中に旧マイルトロン領の、マリーバレルという都市が近くにあったのだが、そこは航海禁止区域として国際的に指定されていた。

 うっかり入ったら、無断航海しているズネミン号など、海軍により問答無用で轟沈させられるだろうというのが、スイトの判断だった。


 ちなみに、ズネミンは先の事件がきっかけで寝込んでしまい、自室で療養を受けていた。

 スイトが船長代理として、満場一致で選出され運航を担当していた。

 ズネミンに対する過失を問う声も、さいわい船員からも噴出しなかった。

 オリヨルの危険海域を進行していたことを黙っていたことについて、糾弾する船員もいなかったのは、ひとえに今までのズネミンの信頼度の高さからだろう。

 それについては、アートンやバークも船員に対して、ズネミンの擁護をするために奔走したおかげでもあった。

 アモスが色気、ヨーベルが朗らかさで、航路を知らなかった船員の不満を先んじて消していたのも大きかった。

 ズネミン号はオリヨルの怪獣に弄ばれ、危機的状況になったが、なんとか航海可能な状態を保っていた。

 外装には多大な被害を損じたが、機関部は運航するうえでは特に異常もなく平気だったのだ。


 あの襲撃事件から、船内がまだ完全に癒えきっていない同日の夕方。

 ひっくり返ってメチャクチャになっていた、厨房の掃除と整頓がようやく終わり、リアンが一息つく。

「お疲れリアンくん。助かったよ、これで本格的に食事の用意ができるな」

「朝からみんな、ほとんどマトモな食事摂ってないだろうからな」

「頑張って俺たちにできる、最大限の貢献をしなきゃな」

 料理人たちがそういい、残った食材から作れるメニューを考えていた。

 料理人たちはあの騒ぎの間も、食材倉庫に避難していたため、軽い打ち身程度の軽症で済んでいたのだ。

 業務に支障をきたすほど重症の人間がいなかったのが、本当にさいわいだったとリアンは思っていた。


 そんな時、調理室にバークがやってくる。

「やあ、皆さんお疲れ様。昼食のパン、美味しかったよ」

 バークがまず、昼食用に出してくれた、素朴な小麦パンのことを感謝する。

「いいってことよ、むしろあんなのしか出せなくて、申し訳ない気分だ。これから夕食作るが、こっちは期待してていいぞと、みんなに伝えておいてくれるか?」

 料理人がバークにいう。

「おおっ! そりゃきっと、みんなもよろこぶな。ところでリアン、ちょっといいかい? アモスがどうしても、話しておきたいことがあるんだって」

「僕にですか……?」

 アモスから、自分だけ名指しで呼ばれているのを、リアンはつい警戒してしまう。


「安心しなきみひとりにだけ、用があるってわけじゃないみたいだよ。一応、船の幹部クラスは、全員参加必須だといってる。俺はいわれるがまま、現在絶賛使い走り中さ。……あいつ、いったい何話すつもりなんだろうな?」

 バークが不安そうに、アモスの話す内容を心配している。

「これからズネミン船長の容態を確認して、彼も大丈夫なようなら、来てもらおうかと思ってるよ。リアンは、先に操舵室に行っておいてくれないか? みんな、忙しいところ悪いが、リアンちょっと借りるから」

 バークは料理人たちにそう謝ると、急いで船長室に向かうためにドアを閉める。


 リアンは料理人たちに、途中退席を謝ったところで、あることに気がつく。

 ポーチに入った飴玉の存在と、ある人物の存在だった。

 退出時に、飴玉を料理人たちにリアンは渡しておいた。

 料理人たちは甘いモノにも飢えていたようで、よろこびリアンに礼をいう。

 調理室から退出してきたリアンは、スパスのことを考える。

「そういえば、あの人は結局どうなったんだろう? 無事だといいんだけど……」

 スパスの目的を知らないリアンは、純粋に彼の身の安全を心配する。


 当のスパスだが……。

 昼の清掃と整頓時に、船員がスパスの部屋に様子を見にいったが、返事がなくて部屋にも入れなかったのだ。

 スペアのカギがないと、騒ぐ船員たち。

 でも、リアンはスペアのカギを、アモスが拝借しているのを知っていた。

 そのことをわかっていてか、アモスは妙にリアンに対してニコニコと、意味有りげなアイコンタクトをしてきていたのだ。

 そのためリアンは、何も口にせずカギのことは黙ったままだった。

 結局、スパスは現在にいたるまで、まだ消息不明状態なのだ。


 リアンが船長室に向かう途中に、ウロウロとしているヨーベルと出会う。

 彼女もバークに呼ばれ、洗濯所から操舵室に向かっているところだった。

 しかし話しを聞くと、迷子になっていたようだった。

「いやぁ、リアンくんと出会って良かったですよ~。このままここを抜けだせずに、餓死しちゃってたかもです~。ずっと同じようなところ、グルグル回ってましたからね~、アハハ」

 ヨーベルは夜の出来事など、もはや何も覚えていないかのような脳天気さで笑うのだ。

 彼女の強さなのか、極度の健忘ぶりからくるものなのか、リアンは理解に苦しむ。

 でもヨーベルの明るさは、この船全体の活気と士気向上になっていたのは事実だった。

 リアンはヨーベルの手を引いて、操舵室まで先導する。


「そういえばリアンくん」

 いきなりヨーベルが話しかけてきた。

「あの怪獣さんを追い払った、謎の光ですが、アレなんだと思いますか?」

「謎の光……?」

 ヨーベルにいわれ、リアンはハッとする。

 確かに、あのまま怪獣に、船ごと丸呑みされていたかもしれない危機を救ってくれたのは、ヨーベルのいう謎の光だった。

 まるで閃光のように輝き、その場にいた全員の視界が一瞬真っ白になったのだ。

 ちょうど陽の出の時間と被っていたようなので、太陽が助けてくれたという船員たちの意見が大半だった。

 しかし、リアンには日の出の光とは思えなかった。


「やっぱり、リアンくんもそう思いますよね~。わたしは、実はこの船の守護霊様が、助けてくれたと思っています~」

「はい?」

 またヨーベルが妙なことをいってきたので、リアンは怪訝な顔をしてしまう。

「船には古くから航海の無事を祈るために、神様を祀るんです。この船は元々、マイルトロンの貴族さんの所有物だったそうじゃないですか。あの国では、土教信仰がまだ盛んだったりしますからね! きっと、持ち主が変わっても、その神様はこの船に留まっていてくださったんですよ。船を守る神様は、元々は船を沈めるための悪魔さんなんですよ! それが時代が流れていく内に、信仰の対象となって、神様にいつしかなったそうなんです!」

 ヨーベルは自分のオカルト薀蓄を、平然とリアンにペラペラとしゃべる。

 そろそろウンザリしてきたなぁと、リアンが思いだしてきた頃、ふたりは操舵室に到着した。


 操舵室に、リアンとヨーベルがノックして入室する。

 操舵室にはアモスを中心として、スイトやその他の部署の幹部クラスが五人ほど集まっていた。

 ヨーベルの姿を見つけ、歓声を上げる幹部船員たち。

 勇敢にもオリヨルの怪獣との戦いを、避難せずに最前線で見届けたという武勇伝が、船中に伝わっていたのだ。

 どこで尾ひれがついたのか、ヨーベルは戦闘の女神的な存在として、船員から感謝されまくっている。


「死に場所は特等席で!」

 そんな馬鹿みたいな理由で、最前線に向かったヨーベルなのだが、ここは誤解させておいたままでいいかなと思って、リアンは黙っていることにした。

 せっかくの盛り上がりに、水を差すような真相を突きつけても、船員たちをガッカリさせるだけだろう。

 あとアートンが、船員から指示を受けて、ズネミン号を操舵していた。

 アートンにとっては、中型のクルーズ船と同じような感じで、要領よくこの大型の貨物船も動かせる応用力があったのだ。

 とはいえ、ほぼ舵を取るような必要性など現状なかった。


 集まっている幹部たちも、襲撃直後の悲壮感からはもう解放されているようで、かなり元気を取り戻している。

 部下を多く失った者もいたが、今は悲しみに囚われている場合ではないのだろう。

 リアンは、この船の船員たちの強さを再確認したと同時に、顔ぶれを眺めていく。

 そして、気になる存在、クルツニーデのスパスの姿がここにはないことに気づく。

 あの人はどうなったんだろう? と、リアンはまた心配になる。

 すると、ドアが空いてバークがやってくる。

 と同時に、歓声が船員の間から起きる。

 ズネミンが堂々とした姿で現れたのだ。

「船長! もう平気なんですか!」

 スイトが、うれしそうにズネミンにいう。


 すると、ズネミンはまず深々と頭を下げる。

「今回のことは、本当に申し訳ねぇ! 欲に目が眩んで、やってはいけないことをしでかしてしまった!」

 頭を上げたズネミンが、若干涙声になりながら船員全員の姿をしっかり見据え、さらに謝罪を口にする。

「さらに、全員にきちんと説明責任を果たさず、運行を強行したことも俺の判断ミスだ。死んでいった仲間たちや、生き残ったおまえたちに、なんて詫ていいのかわからねぇ」

「船長、その件は、もう心配ありません」

「俺たちが部下にきちんと説得したし、仲間も誰も文句をいっていませんよ」

 幹部たちが口々にそういう。


「船長さん、そういうことよ。だから、責任取って船長を辞める! とかいわないようにね。それ口にしたら、みんなきっとガッカリするわよ」

 アモスがそう、ズネミンに先制攻撃をする。

 一瞬うろたえたズネミンだが、仲間たちの信頼する眼差しを前にして、彼は再度頭を下げる。

「ここで逃げちゃ、男が廃るってもんだ! 安心してくれ、この仕事をきっちり終わらせて、クソクルツニーデから約束の金をふんだくる! それまで、俺はおまえたちの大将だ!」

 ズネミンがそう宣言すると、幹部たちが歓声をまた上げる。


「クルツニーデには、絶対落とし前をつけてもらう! 死んだ仲間の慰労金や船体の修理費諸々、賠償金含め全額、過不足なく支払ってもらうつもりだ。スイト! その辺の計算、サイギンに着くまでにしっかりやっておけよ!」

 ズネミンがスイトにそう怒鳴る。

 すると、アモスが乾いた拍手をする。

「くさい展開だけど、しょぼくれられてるよりかはマシよね。とりあえずいい気概だわ、ズネミン船長さん。あの時の失態は、もう忘れてあげる、ウフフ」

「アモスのねえちゃん、そのことは勘弁してくれや……」

 ズネミンが、戦意喪失してへたり込んでいたことを蒸し返されて、渋い顔をしてアモスにいう。


「じゃあ、本題に入りましょうか!」

 アモスがそう宣言して、一発パンと手をたたく。

「これから話すことには、いろいろ突っ込みたいと思うことも多いかと思うけど、黙って最後まで聞くのよ! 質問も、最後まで受つないわ。疑問に思ったことは、これから実際に見にいけばいい話しだからね! ご了承してくださるかしら?」

 アモスは自分のペースで、自由に話す空気をまず作りだした。

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