79話 「倒錯の石棺」 前編

 その部屋は、まさに倒錯の部屋そのものだった。

 蝋燭の炎だけの薄暗い部屋には、石床が敷き詰められており、石壁で覆われたその部屋はまるで石棺の中のようだ。

 その石棺の中央に、揺り籠の脚を持った馬の形の奇妙な置物が置いてある。

 その馬の鞍の部分は鉄製でできており、鋭利に尖り赤茶けた、血なのか錆なのか分からない物質をこびりつかせている。

 天井には、奇っ怪な形に縛り上げられた人間を象った照明器具が数点あり、蝋燭の薄明かりを揺らめかせていた。


「あれってさぁ、いわゆる三角木馬ってヤツ?」

 アモスが、部屋の中央に置いてある物体を指差して、満面の笑みを浮かべている。

「なんでそんな、うれしそうなんだよ」

「はじめて、実物見るからに決まってるじゃない!」

 呆れたようなバークの声を無視して、アモスがよろこんで木馬に走る。

「うわっ! きもっ! 何よこいつっ!」

 アモスが、部屋の奥を向いていた木馬の顔の部分をのぞき込んで、率直な感想を吐きだす。

 木馬の顔は、苦悶に満ちた人間の顔をしていたのだ。

 バークもそれを見て、「うわぁ……」と引いてしまう。

「見てご覧なさいよ!」

 アモスが、興奮気味にバークの腕をバンバンたたく。

「いったいな!」

「なんだよ!」とバークが、アモスの攻撃が当たらない場所に離れる。


「あっちは磔台があって、いろんな鞭があるわ~。ほら、向こうには水車よ! こういう部屋にある水車っていったら、用途はひとつよね! あああああ~ん!」

 アモスが興奮から嬌声を張り上げ、拷問器具に駆け寄ると、うっとりと眺める。

 そして、部屋の隅に、アモスはまた興味深いモノを見つける。

「あそこの置物は、悪名高いアイアンメイデンじゃないの! あれも、見るのはじめてよ!」

 アモスは興奮冷めやらぬといった感じで、その場で飛び上がらんばかりによろこんでいる。

「バーク! 中に入ってみて!」

「入らないよ!」

「鞭鞭鞭!」と今度は近くの靭やかな鞭を手に持つと、ピシャリと石床を叩く。

「バーク! 尻出せ! 尻!」

「出さないよ!」

「じゃあこれぶっ込んで、開発してやるよ! ほら! 尻出せ尻!」

「……あのさぁ」

 今度は丸太のような太さの、男性器の淫具を取りだしてアモスは騒いでる。


 ひとしきり騒ぐと、アモスは珍しく肩で息をする。

「ハァハァハァ……、か、過呼吸になるわ……」

「で、落ち着いたか?」

 そんなアモスに、バークが冷静に声をかける。

「なぁ……」と、アモスがバークに語りかける。

「な、なんだよ……」

 バークは警戒する、何かを使って、ネーブをいたぶる計画でも立ててるんじゃないかと。

「ヨーベルつれ帰ったらさぁ……。それで、いいかと思ったけど。こんな面白そうなモノ、見せつけられちゃねぇ~……。なんか、気が変わったわぁ……」

 アモスが、部屋の中央にドンと設置されている、悪趣味な三角木馬を眺めながら悪そうな顔をする。

「バカ、何する気だよ!」

 なんとなくだが、バークの悪い予感は的中したようだ。

「目的は達成したんだ、早く帰るぞ……」

 バークがアモスの腕を引っ張り、三角木馬から引き剥がす。

 木馬の顔は、苦悶に満ちた中に悦びの感情も込められていて、なかなかの造形とも思えるが、とにかく趣味が悪い。


 バークはアモスを引っ張るが、ここで足を止めてしまう。

「ん? 何よ?」と、アモスがバークに怪訝な表情で尋ねる。

「いや、なんかこれ、誰かに似てるなって思って」

 三角木馬の、顔部分を眺めてバークは考え込む。

「あんたの知り合いに、こういう趣味の変態いるの?」

 アモスの問いかけを無視して、「気のせいかな……」といってバークは部屋を出ようとするが、アモスが手を振り払う。

 そしてツカツカと興味深そうに、部屋の端に陳列してある、不気味な拘束器具や拷問道具を眺める。

 アモスがこの部屋には場違いな、事務的なキャリアーに乗せられている、卑猥な形の器具をしげしげと眺める。

 男性器の形をした色とりどり、大小様々な淫具が並べられていた。

 ボタンを押すと卑猥な動きをするのを見て、「わぉっ!」とアモスは声を上げる。

「一個、もらって帰っていいか?」

「ダメだ!」バークが即答する。


「そんなの持ってたら……」

 バークが、アモスの手にある淫具を不快そうに眺める。

「ヨーベルが使って、手放さなくなるか?」

 刹那アモスが、ニヤニヤした表情でいってくる。

「現場からモノを取るな! 鉄則だろ、そういうのは」

 バークが呆れ気味にいう。

「ふぅん、鉄則ねぇ……。やっぱあんた、こういうシチュエーションに慣れてるんだね? 他には、どんなタブーとかあるの? 参考に、素人のあたしに教えてよ!」

「訳のわからないこといってないで、ほら、いくぞ! そんなの、早く置いていけって」

 バークのそっけない言葉に、アモスは舌打ちする。


 すると、ドアが開く音がする。

 驚いてそっちを見るバークと、期待に胸膨らんだような表情をするアモス。

 暗い部屋に、漏れてきた灯りが広がる。

 鼻歌が聞こえて、大きな影が部屋に映り込む。

 琥珀色の玉すだれの向こうから、下半身にバスタオルを巻いた肉塊のようなネーブが現れる。

 ネーブは、タオルで顔をゴシゴシ拭きながら部屋に入ってきたので、まだバークとアモスに気づいていない。

 しかし、タオルで顔を拭き終えると、視線を部屋に向けてくる。

「ん~? おっおっおっ?」

 ネーブが、バークとアモスに気がつき、驚いたように声を上げる。


「だ、誰じゃい、おぬ……」

 ネーブが指を差して驚いていると、その顔面に卑猥な男性器の淫具がぶち当たる。

 アモスがぶん投げた、男性器の淫具がネーブに直撃した。

 そのままネーブが片膝をつくと同時に、床に鼻血らしき血痕が滴り落ちる。

 その瞬間、バークが素早い動きでネーブの背後に飛びかかる。

 そして、うずくまっているネーブの首筋に手を回すと一気に締め上げる。

 体格差がすごく、首も確認できないほど肥えているネーブなので、バークはそのまま後ろに倒れこみ、ネーブを仰向けにして首を締め上げる。

 ネーブの体重の重みで窒息しそうになるが、バークは全力で首を締め上げる。

「わおっ!」

 アモスが、バークの一連の流れを見て驚く。

 あっという間に絞め落とされたネーブが、地面に伸びている。


「く、くそっ! や、やっちまった……」

 バークが素早く起き上がり、ネーブの脈を調べながら、後悔を込めた悪態をつく。

「殺した? 殺したぁ? ねぇ! 殺したぁぁっ!」

 アモスがまた、飛び上がらんばかりによろこんでいる。

「こ、殺してないよ!」

 バークがネーブの呼吸を確認して、半狂乱のようになっているアモスにいう。

「大丈夫だ……。咄嗟だったが、加減はちゃんとできてた……」

 バークが伸びているネーブを、片膝ついて見下ろしながらため息をつく。

「ウフフフフフフフ……」

 アモスの悪意に満ちた笑い声がして、バークはそっちをチラリと見る。

 案の定口元を歪め、怪しい光の瞳を輝かせる、アモスの表情がそこにはあった。

 バークは、そんなアモスを無視してゆっくり立ち上がる。


「フフフ、さっきの動き素敵よぉ。超カッコいいわぁ。やっぱあんた、頼りになりそうねぇ!」

 アモスが、隣を素通りしていくバークに語りかける。

「お褒めいただき光栄だが、もういいから早く帰るぞ……。可能な限り、すぐこの街から逃げださないと……」

 バークは悔しそうに、そうつぶやくともう一度、地面で仰向けに倒れているネーブを見る。

「顔も、確実に見られちゃったもんね~。特にヨーベルは、モロ目撃者だらけでしょうしねぇ~」

 何故か、うれしそうなアモスの言葉。

 しかし、アモスのいう通りだった。

 どういう結果であったとはいえ、ヨーベルは確実にネーブの関係者に、面が割れてしまっているのだ。

 これ以上、この街に留まっていられなくなったのは確実だった。

 すぐにでもサイギンを離れなければ、まとめて一斉検挙されることになるだろう。

 バークは、考えていた予定がことごとく崩れ去った憤りを、どうしていいかわからずにいた。


 バークは、まだ拷問器具を眺めているアモスの袖を、やや乱暴に引っ張ると、ヨーベルの寝ている部屋に向かう。

 珍しく素直に従うアモスだが、その表情には邪悪な笑顔が消えることがなかった。

 倒錯した拷問部屋のような悪趣味の極みの空間に、ネーブが引っくり返ったカエルのように仰向けで伸びていた。

 彼の股間からのぞくシロモノは、意外や意外、アモスを唸らせる逸品だった。

 鉄格子の付いた鉄製の重々しいドアが、きしみを上げて閉まる。

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