78話 「助力は控えて」 後編

「おいおい、勘弁してくれって。こんなとこに、いつまでもいられないんだから」

 バークは、ヨーベルの被った布団を引っぺがす。

 それでも指をくわえて、バークを見ずに大柄な身体を丸めて眠りつづける。

 ベッドのピンクのシーツが、ヨーベルのブーツの泥で汚れてしまっている。

「って、アモスは何してんの? ネーブには、ほんと何もするなよ!」

 部屋を歩きまわっているアモスに、心配そうにバークが声をかける。

「アハハ」と笑うアモス。

「あんたほんと、気苦労耐えないわね。頑張るオヤジってことで、案外人気出るかもね」

 周囲の状況に翻弄されっぱなしのバークを、アモスが面白そうに笑い飛ばす。


「アートン切れば、少しは楽になるかもよ。それとも、目の前の子切る?」

 アモスが、化粧台の上の高級そうな化粧品を手に取って眺める。

「あと、あたしも切る候補に入ってたりして?」

 目についた、立派な城の絵画を眺めるアモスが、ニヤリとしている。

 絵画には「エングラス城」とタイトルが記されていて、筆者の名前もあったが聞いたこともない人物だった。

 エングラス城は、確かフォールの王城だったわね、とアモスが思いだす。


「俺はメンバーを、誰も切ったりしないよ!」

 バークが力強く宣言するが、少し声が大きかったかと慌てて口をつむぐ。

「おいおい、部屋の物、そんなに触んなって!」

「残念だけどさぁ」と、バークの叱責にアモスがニヤニヤ笑う。

「あたしはこれでも、犯罪歴なしの真っ白な人間なの。意外かも知んないけどさぁ。警察のデータベースにはね、身元特定されるようなモノなんてないのよぅ」

 アモスの自慢するような戯れ言を無視して、バークがヨーベルを揺さぶってる。

 それを眺めながら、「おまえが真っ白なわけないだろ! とか突っ込めよ!」とアモスがいってくる。

「もう、そういうのいいから!」というバーク。

「アモス、いつもの手刀でもいいから。この娘、たたき起こしてくれよ……」

 バークが、万策尽きたといわんばかりのトーンで、アモスに依頼してくる。

「女に暴力を指示するなんて、やな男ねぇ」

 アモスは、バークの言葉を無視して嘲笑うと、キッチンに歩いていく。


 アモスの背中を眺め、諦め気味の表情になってバークはヨーベルを揺さぶる。

「おい、ヨーベルって! 帰ったら、いいもん食わせてやるから、起きようぜ。リアンが買ってきた、甘いアイスクリームもあるって話しだぜ。明日は特別に、ハーネロ期の遺跡見物に行ってやってもいいぞ!」

 バークは嘘をついてでも、ヨーベルを起こそうとする。

 そんななりふり構わないバークの様子を、キッチンからアモスが指を差しながら笑って見ていた。

「笑ってる暇あったら、起こすの手伝ってくれよ!」

 バークも、さすがに語気が強くなる。


「朝まで、このペンションは誰も来ないわよぅ。そんな必死に、なんなよなぁ。あんたが、無意味な必死さ見せるとさぁ。あたし、なんか邪魔したくなるのよねぇ」

 アモスがキッチンテーブルに肘をついて、ニヤニヤして話しかけてくる。

「サイギン港の無意味なスニーキング、あれ、忘れたとはいわさないわよ。あの時とまったく同じなのよ、今のあんたってさ」

 アモスに、蒸し返すようなことをいわれるが、今回はバークはそうは思わない。

 そして、アモスの挑発的な言動に乗ってしまわないように、バークは冷静になる。

 拘束した僧兵が、いつ目覚めるかもわからないし、本当に人が来ないかも確証がない。

 しかも何より、この建物内にはネーブが確実にいるのだ。

 鉢合わせしたりしたら、どういった結果になるかわからない。


 バークは、酔ってフニャフニャのヨーベルを強引にベッドに座らせながら、アモスに自分の心配事を話す。

 そんな必死なバークの頑張りを見て、アモスも大きくため息をつく。

「もう、わかったわよ……」

 ようやく観念したように、アモスがそういう。

「ありがたいよ!」

 バークはアモスを賞賛するようにいい、気分を乗せるように頼みこむ。

「じゃあ、ヨーベル背負うの、手伝ってくれないか? ひとりじゃ難しくって、おまえの力を貸してくれよ」

 バークが歩いてくるアモスに、助力を依頼する。

 しかし、アモスはバークの言葉を無視して、急に方向を変えて隣の部屋に向かおうとする。

「こっちの部屋に、浴室があるのかしらね?」

「おいっ! アモス、いい加減にしてくれよ……」

 バークが、また移り気を起こしたアモスに、落胆したようにいう。


「ちょっと、見学するだけよぉ あの肉塊は殺しはしないわよ、安心しなって。あたしでも、あんたがいったネーブがいなくなった場合の、混乱ぐらい理解したわよ」

 そういってアモスは、隣の部屋の格子付き窓の重々しい扉を開こうとする。

 扉の両サイドの壁には、鹿の首の剥製が二頭分飾られている。

 怪力のアモスでもかなり重い扉で、きしむ音がやけに部屋中に響いて、バークの精神をかき乱す。

「ところでさぁ! あの肉塊のポコチンって、どんぐらいの大きさだと思う? あたしはねぇ、唐辛子みたいな極小サイズだと、にらんでるわ!」

「そんなの興味ないよ!」

 アモスのくだらない予想に、バークが思わず怒鳴ってしまう。


 その瞬間、せっかく座らせた態勢を維持していたヨーベルが、コロンとまた横になってしまう。

 そして今気づいたが、ヨーベルは大事そうに片手で、例の懐中時計を握りしめていたようだった。

 それを見たバークが、気になり思いだす。


(ヨーベル、ずっとこの時計のままだったが、これってトリオ社製か……。そういえばへーザー神官がロズリグ用意するって話しは流れたんだろうな……)


 バークがいまさら、ヨーベルのずっと大事そうに首からかけていた懐中時計が、今は生産が中止された最高級品のトリオ社製だと気づく。

 リアンが、大事な人がくれたらしいといってたが、詮索は野暮だろうなとバークは思う。

「ねぇねぇっ! 下腹の肉の間から、意外とすんごいのが、飛びだしてきたりしてね! それならそれで、面白いわね! 確かネーブって、六十超えてんだわよね? それであの精力っていうんだから、案外ドデカイの持ってるのかもね!」

 アモスが、ヨーベルを必死にまた起こそうとしているバークの方向を向きながら、後ろ向きにお尻と背中を使って鉄のドアを開ける。

「どうするよぉ? 案外あんたや、アートンなんかよりも、上手だったりしたら? けっこう屈辱的なんじゃないの?」

「どっちでもいいよっ!」

 アモスの、つまらないシモネタに相手をするのもバークは疲れる。


「とにかくヨーベル! 頼むからさぁ、起きてくれ! いつまでも、こんなとこにいられないんだよ……」

「むにゃむにゃ……。朝まで、ここで寝ていたいのです~」

 そんな無茶なことをいうヨーベルだが、ゆっくりと上半身を起こしてくれる。

「わぁ、立派なお城です~」

 ヨーベルが寝ぼけ眼で、目の前にあった絵画に書いてあるエングラス城を指差す。

「明日は、あそこに観光に行きたいですね~」

「そうだな、観光行けたら行こう!」と、バークはそう適当に答える。

「だから、背中に乗れるかい?」

 バークが、ヨーベルに自分の背中を向けて、おぶってやることを伝える。


「わぁおっ!!!」

 するといきなり、アモスの絶叫が聞こえてきてバークがドキリとする。

「こ、今度はなんだよ!」

「バーク! ちょっとぉ! 来てご覧なさいよぅ! ヨーベルは後回しでいいから、こっち早く!」

 アモスが閉まりそうなドアを押さえて、バークをすごい勢いで手招きしている。

「後回しって……、ちっ、もう! そ、そんな大声、出さないでくれよ……」

「わかったよ、行くよ!」といって、諦めてアモスのところにバークは向かう。

 残されたヨーベルは、チョコンと座ったまんまの姿勢で、静かにぼうっと目の前の絵を見ている。

「……ブロブ・フォールの居城、エングラス城ですね~。ここにもいけるんだ、うれし~」

 ヨーベルは座ったまま、ニコニコとした笑顔で眠りに落ちる。


「バーク、こっち来て、この部屋見てみなって! マジ、驚くぞ!」

 手招きしっぱなしのアモスが、満面の笑みでバークを呼ぶ。

「な、なんなんだよ……」と、不満そうにバークがやってくる。

「来て良かったと、思えるような絶景よ!」

 アモスの言葉の意味がわからないが、とにかくバークも、鉄のドアの向こうをのぞいてみる。

 そして、薄明かりの灯るその部屋を見て、バークの顔が驚愕で引きつる。

「うわ……。なんだこりゃ……」

 バークは部屋を見て、そんな陳腐な言葉を漏らすしかできなかった。

 隣にいるアモスはニヤニヤ笑い、身体中が興奮してくる衝動を抑えきれないでいた。

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