78話 「助力は控えて」 前編

 バークがジャケットのポケットに忍ばせていたキーピックを使い、かがみこんで鍵を開けようとしていた。

 カチャカチャと金属音が鳴るが、多少の騒音に関しては、もう気にしないでいいのは気楽だった。

 しかし、アモスが興味深そうに眺めてくるその視線が、バークはやけに気になる。

「あんた……。そんなスキルまであるのねぇ? なるほど、そういう道具はジャケットに忍ばせてるのね? 七つ道具的な? 他に、どんなのあるのよう?」

 アモスが、キーピック作業をしているバークのジャケットの襟元を、手で探ってきたりする。

「い、今は、集中させてくれ……」

 バークは作業を中断させ、アモスに懇願する。

 だがアモスの興味は本物で、まさかバークに、ここまでのスキルが備わっていたことが意外過ぎたのだ。

 だからうれしくて、なんだか不思議と笑顔になって、ちょっかいを出してしまうのだ。

 真面目で実直なだけの面白味のないオッサンと思って、いちおうリーダー役を任せていたが、今夜の一件でその評価は大きく覆った。

 一気に頼れる謎多きオッサンに、アモスの中でバークの存在感がランクアップしたのだ。


「っていうか……。なんで、お前ここに? ヨーベルのことも知ってたが……」

 ここでバークが、キーピック作業を開始しようとした瞬間、アモスに疑問を尋ねる。

「今は集中したいんじゃないの?」と、ニヤつくアモスがいう。

「さっさと開けられるんなら、開けなさいよねぇ」

「わ、わかったよ……」

 アモスにいわれるがまま、促されたバークの言葉と同時に、カチリと鍵が開く音がする。


 ドアがゆっくり開き、目の前に広い室内が広がる。

 部屋にはひときわ目を引く、天蓋つきのピンクのベッドがあった。

 調度品も立派で、大きな書架には様々な豪華な装丁の、高尚な本が詰まっていた。

 美術品や絵画もまるで、博物館に並んでいてもおかしくないような、逸品が陳列されている。

「いい仕事するわね、素敵な事務員さん。褒めてやるわ!」

 アモスがバークの肩を、何故か強めにたたく。

「そ、そりゃどうも……」

「ほら、入るわよ!」

「おい、引っ張んなって!」

 アモスがバークの襟首を掴んで、裏口らしきドアから、ヨーベルの寝ている部屋に侵入する。

 バークが、有無をいわさず部屋に引きずられる。

「な、なんだよ! おまえ、その怪力!」

 たまらずバークが、声を上げてしまう。

 しかしそのせいで、ドアの鍵穴にキーピックが未回収のまま残ってしまう。

 パタンという音とともに、勝手口が閉まってしまう。


 アモスがクンクンと、まるでヨーベルのように部屋の臭いをかぐ。

「酒臭い臭いが充満しているけど、ザー◯ンの臭いはないわね」

 アモスのこういうセリフには、毎回バークは困惑してしまう。

 アモスとバークは、部屋を慎重に見回し、ネーブと出くわすのを注意しながら、ヨーベルの寝る天蓋つきベッドまで歩く。

 バークがアモスの後ろに立って歩いていたのは、アモスが、ネーブにいきなり襲いかかるのを警戒したためだ。

 でも、そんなバークの考えアモスにもわかっていて、あえて無言のまま放置して、彼の緊張感を楽しんでいたのだ。


 ヨーベルが指をくわえ、真っ赤な顔で丸まってベッドの上で寝ていた。

 ズズズ……という、鼻水を啜るような不快ないびきをするヨーベルに、少し気まずい気分のバーク。

 アモスが、そんなヨーベルの寝顔をのぞき込む。

 何かしでかすのかと警戒したバークだが、いくら大失態をしたヨーベル相手でも、いきなり殴りかかるようなことはなかった。

 ただひとこと「相当飲まされてるわね」と、やけに冷徹な声を出した。

「い、衣服に乱れはないな。まだ手は、つけられていない感じだ。運が良かったじゃないか、なっ?」

 アモスの、ネーブへの怒りを沈める目的でバークは話す。

 僧衣を着たままのヨーベルを見て、バークはかなり安心していた。

「フフフ……。あの坊主、命拾いしたわね……」

 アモスが、凶悪な顔をしてニヤつく。


「お、おい、さっきの約束は! 本気でネーブには、危害くわえるなよ! 繰り返すがなっ」

 バークは、アモスの不興を買うことをわかった上で、彼女を見据えてハッキリという。

「あの男は、俗物神官だが今後のエンドールにとって、影響力のある人間なんだ。ネーブがいなくなったら、オールズ教会だけじゃない。エンドールの、すべてのパワーバランスが崩れるんだ」

 アモスにまた、ネーブ主教の影響力についてバークが力説する。

 しつこ過ぎる自覚もあったが、アモスが喜々としてネーブを害した場合を考えたほうが、はるかに恐ろしい展開になりそうなのだ。

 それを思うと、バークもここまで執拗になってしまう。


「そんなこと聞くとさぁ。ますます、お仕置きしちゃいたくなるわぁ。どうしよぅ、あたし我慢でっきるかなぁ~」

 まるで語尾にハートマークをつけたようなセリフを、身体をくねらせてアモスはいう。

 そんなアモスだが、どうもこれは冗談でいっているのを感じたバークが、ひとまず安心する。

「っていうかさっ! さっきの疑問、答えてくれよ?」

 ここでバークは、話題を変えてみることにした。

「さっきのって何よ?」

 アモスが、室内を観察しながら訊き返す。

 高価そうな化粧品が、並んだ化粧台がアモスの目につく。


「ヨーベルの件を、どうして知ったのかってのと。ここに一直線で、やってこれた理由だよ」

 バークの言葉にアモスが考え込む。

 アモスは、ネーブへの加虐で頭の中がいっぱいだったため、すっかり経緯をド忘れてしまっていたようだ。

「なんでだっけかなぁ?」

 別にとぼけたわけでもなく、本気で忘れているアモスがいう。

「どうしてヨーベルが、ここに来てると知ったんだ? おまえほら……。宿に、レストランで待ってるみたいな伝言残してたし」

 バークが宿の従業員から見せられた、魚料理専門のレストランのカタログのことを話す。

 そのことを聞いたアモスが、「ああ~」と思いだしたように手をたたく。


「宿に帰って、その件報告した時は、ヨーベルも宿にいたんだろ?」

「偶然よ偶然!」とアモスがいう。

「説明したら、冗長するから割愛よ! そんな情報、今はどうでもいいでしょ! 誰も興味ないわよ!」

 アモスの言葉に、「うむむ」とバークは唸るしかない。

「あとアホのアートンがね! ヨーベルがいない~! って泣き叫んでたのよ。ほんっと! バカみたいに、うろたえてさぁ!」

 アモスの相変わらずの、アートンへの当たりのキツさにバークは辟易する。

「ア、アートンとも出会ったのか?」

 バークが、おそるおそるアモスに尋ねる。

 一瞬躊躇してしまったのは、アートンの話題になるとアモスの感情が昂ぶることが、多くなるのを思いだしたからだ。


「市庁舎前でね! 何もできずに、あいつ棒立ち状態よ! フニャチンのくせに棒立ち、なんの冗談だよ! アレ、ほんと無能の極み!」

 案の定、アートンのことをアモスはボロクソに貶しまくる。

「そ、そういってやんなよ……。市庁舎前の警備は厳重なんだし、どうすることもできないだろうよ。俺も偶然、ネーブがここに来るんじゃないかって、閃いただけだから」

 バークがそういって、アートンを可能な限り擁護する。

 今はまだ罵倒程度で済んでいるが、いつか本気で関係性が崩壊する事態をバークは恐れる。

 旅はまだまだ長いのだ、序盤でここまで確執や不信感が蔓延すると、最悪分裂も危惧されてしまう。


「その偶然の閃きとやらも、持ち合わせてないってことじゃない、あの無能は。男としてもフニャチン野郎で、つまんないし!」

 同じことを二回いったアモス、何故なのか少し気になるバークだが、今は深く考えないようにした。

「あいつさぁ~……」

 アモスは室内の様子を眺めながら、ひと呼吸して言葉を溜める。

「もう、切ってもいいんじゃない? 邪魔なだけよ、これからの旅にさぁ」

 アモスが、かなり真剣なトーンで吐き捨ててくる。

「そ、そういうのは、本気で口にするなよ……。あいつなりに、一生懸命やってるだろ? ただ、今は運悪く、空回りしてるだけだって……。あいつのポテンシャルが高いのは、ズネミン号でも確認しただろ?」

 バークは、アモスにそういって彼女をなだめる。

 そして心の中で、なにより元軍属だからいざという時に、一番頼りになるともバークは思っていた。


「そんなことより、ヨーベルだよ。おい、ヨーベル! 頼むから起きてくれないか!」

「う~ん……。もう少し寝かせて下さい~」

 バークの問いかけに、寝言で返すヨーベルが布団をガバリと被る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る