77話 「紳士な豚と賊」 後編

「ふふふん~……」

 鼻歌混じりで、アモスがうれしそうな声を上げる。

「まあ、あんたが、そういう設定でいきたいならさっ。別にあたしはいいわよ? 秘密にしておいてあげるわよ。お互いの詮索は、しないでおこうってルールだしね」

 うれしそうにアモスはいい、持っていた丸太を放り投げる。

 地面でやけに大きな音を立てる丸太にバークが驚くが、一応警備していた連中は全員黙らせたので、何もいわないことにした。

 あと、アモスをチラリと見ると、明らかに今の行動に、突っ込みを期待しているような感じがしたからでもあった。


「ところで、なんでおまえがここに?」

 露骨に話題を変えてバークが尋ねる。

 ニヤリと笑うアモスが、一枚の名刺を出してくる。

 どこかの雑貨屋で見かけた神官から、金を奪う際に入手したものだ、ということはアモスも覚えていた。

「あたしも実は、今夜ここに招待されてたのよ、フフフ……」

 名刺には、このペンションの住所が書かれていた。

 紹介状と書かれていた名刺には、誰だかわからない人間のサインが書かれている。

「だ、誰だよ、これ?」

「さぁね、どんなヤツだったかも覚えてないわよ。ただ、いい金づるだったのは確かよ」

 そういって、ポーチをたたいてアモスが笑う。


 その笑顔に嫌な予感がしたバークだが、とにかくこの女の挑発的な言動には、深く突っ込まないに限るのだ。

「で、ネーブ一味の、ヤリ部屋みたいね、ここ。なんかの記事で読んだけどさ。昼は接待用で、夜はネーブの性処理施設になってるらしいわね。ああ~、おぞましい! くっさい臭いが漂ってくるわね!」

 アモスが嫌悪感で身震いする。

 バークは、アモスがひとりでペラペラ話している間、最後に倒した僧兵を縛り上げる。

 他の僧兵と違い、この男だけやけに体格がいい。

 もしアモスの奇襲がなければ、最悪やられていたのは自分だったかも知れないと思い、バークは戦慄する。

 僧兵は、顔面から倒れた際に鼻を地面に打ちつけており、顔の下半分が鼻血まみれになっていた。


「そうそう、これも伝えとくか」

 アモスが、僧兵を縛っているバークのそばで、周囲を確認しながらいう。

「どんなことがあっても、ネーブ主教の邪魔は許されない。アポなしの訪問者は、誰であっても通せない。明日、また出直してこい!」

 いきなり話しだしたアモスの言葉を、バークは不思議そうな顔で聞く。

「要件は、次の日に執務室で聞く。だから帰れ~! ……っていうことよ」

「んん?」と、アモスに対しいうバーク。

「ど、どういうことだ?」

 バークが拘束した僧兵を、駐車している高級車のそばまで引きずる。

 詰所で見つけた、今夜のこのペンション警備担当は、リストを信じるなら計十人だった。

 なのでこの男が最後のひとりで、こいつで全員警備担当は始末したことになる。

 バークは、ガタイのいい最後の僧兵を茂みに隠し、安堵の溜息を漏らす。

 自分のシャツが汗でビッショリなのに、今になってバークが気がつく。


「さっきのは、入り口の詰所に来た下級役人にいってたセリフよ。どうよ? 役に立っただろ?」

 仕事を終えたバークに、アモスが笑いかける。

 アモスは渋滞で進行が遅かった市庁舎を出発したネーブの車と、ほぼ同じ速度で並走していたのだ。

 目的地がペンションというのもわかっていたので、車より先行して入り口にまできて、ネーブの到着を待っていたのだ。

 そしてそこで、今の会話を耳にしたのだ。


「で、中に入ったらビックリよ! しがない事務員さんと思ってた男が、いきなりスニーキングしながら無双はじめちゃうんだもの。そして現在にいたって、めでたしめでたしよ。時系列は、こんなもんかしらね」

 アモスが、やはり上機嫌でバークにいう。

 アモスの笑顔を見ながら、厄介なところを見られてしまったと、バークは内心思っていた。

 しかし、もう見られてしまった以上は、仕方ないと覚悟を決める。

「つまり、朝までここへは、人は来ないってことか……。それは確かに、おめでたい情報だよ。ありがたすぎて神に感謝しないとな」

 バークの顔が、微妙な引きつりを残しながらも明るくなる。


「フフフ、信用してくれるのね?」

 アモスは足元にあった、僧兵が落とした小型のメイスを拾い上げる。

「で、ヨーベルだが、この建物の中だよな」

 車から連れ込まれたヨーベルは確認できなかったバークが、大きなペンションを見上げる。

「ええ、ここの中よ 我らがマヌケな看板女優さま」

 アモスが、照明の漏れる窓の部屋を指差す。

 窓の隙間から覗くと、天蓋つきベッドにヨーベルが丸くなって寝ているのが見えた。

 しかし……。

「ネーブの姿が見えないな……」

 バークが室内にいるはずの、例の肉塊が確認できずに不安がる。

「みたいね~、フフフ」と、アモスは何故か笑う。


「う、うれしそうな顔してるな、おまえ」

 バークが、眉をひそめてアモスにいう。

「そりゃ、そうじゃない。こんな面白いイベントに、遭遇できるんだもん。自然と笑みも漏れるわよ。あと、あの肉塊に、どんなお仕置きしてやろうかって、考えるとさ」

「フフフ……」と笑いながら、さっき拾った小型のメイスを、怪しい目つきで眺めるアモス。

「お、おいっ! ネーブはエンドールの要人だ! 彼には手を出すなよ」

 バークが、慌てたようにアモスにいう。

「え~、まさか冗談でしょ。手ぶらで帰れっての?」

 わざと幼稚な反応をして、とぼけているようなアモスの言葉。


「考えてみろよ、ネーブの影響力はもう絶大だ。そんな人間が、いきなりいなくなってみろ。どんな事態になるか、すぐにも想像つくだろ……」

 バークが、不満そうに訊くアモスに、諭すようにいう。

 この女、本気でネーブをどうにかするつもりだったのか? と、バークは内心穏やかじゃない。

 ネーブがもしいなくなれば、サイギンの経済界は大混乱を起こすだろう。

 しかも旧マイルトロン領も、すでにネーブの影響力が強いのだ。

 ネーブひとりいなくなるだけで、どんな混乱が起きるか、わかったものじゃないのだ。

 今後予定されていた事業は廃案になるだろうし、すでに進行している計画も潰れることになりかねない。

 そして、ネーブがいなくなったことで宙に浮く、あらゆる利権を巡り、どんな抗争が起きるかわからない。

 しかしそんな事態も全部分かった上で、アモスという女は、混沌を巻き起こしてやりたいという邪気にあふれている。

 バークが、アモスの手にする小型メイスを見ながら、ゴクリと唾を飲み込むと、アモスがいってくる。


「実際さぁ……。あたしひとりでも、ヨーベルの救出はできたのよ。でもさぁ、あんたの姿見つけちゃってぇ。そしたら、意外なことに無双はじめちゃったりするわけよ。で、しばらく鑑賞させてもらってたわけじゃない」

 アモスが、窓の先に見えるベッドの上のヨーベルを見ながら、冷たい口調でいう。

 その凶悪な目つきが、窓に反射してうっすらとバークにも見える。

「お楽しみのお預けくらった、あたしの嗜虐心を抑えろって、残酷なこというのね!」

 アモスの言葉に恐怖を感じるが、ここでバークは折れるわけにはいかない。

 ネーブほどの要人を害するなど、この世界にとって、歴史が一変するほどの事件になりかねないのだ。

「とにかくだっ! 拘束ぐらいはいいけど、怪我はさせないって約束してくれ。お願いだから、そこは確約して欲しい! ネーブが今ここでいなくなると、グランティルの歴史に大混乱が起こる可能性があるんだ。頼む、ここは我慢してくれ!」

 バークはかなりしつこく、念を押すようにアモスにいう。

 そのバークを、いつものじっとりとした目つきでアモスが眺めてくる。


 そして、アモスは大きくため息をする。

「はぁ……。わかったわよ、脳みそぶちまけさせるのは中断ね」

 そういってアモスは、小型メイスを地面に捨てる。

 本気で殺す気だったのかよ! とアモスの言葉に、バークは驚愕してしまう。

「じゃあ、ネーブの生け捕りぐらいで我慢してあげる。侵入後は、あたしがネーブ、とっ捕まえるからね!」

「わ、わかったよ……」

 バークは、しぶしぶ不安そうにうなずく。

「だけど……」

「わかってるわよ、しつこいわよ! 殺すな、怪我させるな! ってことでしょ!」

「そうしてくれると、本当に助かるよ……」

 アモスの言葉に、懇願するようにバークがいう。

「じゃあ……。せっかくだしさ! ここから先も、あんたに任せるわ!」

 アモスが、こんなことをいってきたので、バークは首をかしげる。


「どうやって中に入って、あのバカ女、救出してみようか? 期待してるわよ! ほら、さっさと動きな!」

 アモスが、バークの尻を軽く膝蹴りしてくる。

「ていうか、ネーブは今どこにいるんだ?」

 バークが窓から、室内を確認する。

「あいつなら、風呂場じゃない? ほら……」

 アモスが、指差した部屋から水音が聞こえてくる。

 そこから、楽しげな鼻歌が漏れてきている。

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