88話 「現場検証」 其の四
「そうですね……。限りなく怪しい女でした。ストプトンと、その時に再会したのですが。ヤツも女を怪しんでいて、俺へ直々に調査を依頼してきたほどです」
「ほう、彼も怪しんでいたのですか……。じゃあ、彼からも女神官さんについては、尋ねておきたいですね。例の件で、いろいろ詰めていく際にでも……」
ライ・ローがキネにこっそりいう。
ストプトンから、実はサルガへの支援要請があったことを、ライ・ローは昨日キネから聞いたのだ。
この一件は、まだサルガ内でも共有情報ではないのだ。
「ですが……。あそこまでの凶行を、実行するような女には見えませんでした……」
「だなっ!」と、キネの言葉にツウィンが同意する。
「じゃあ、シロだと考える?」
ライ・ローが素早くキネに訊いてくる
「断言はできません」
「その根拠は?」と、ライ・ローがすかさずキネに訊き返す。
自分の読んでいた推理小説でよく見た展開を、自分もできてうれしそうなライ・ロー。
「ストプトンの話しによれば、あの女“ つれ ”がいるとのことでした」
「つれ、というと?」
ライ・ローが、興味深そうに訊き返す。
「仲間を助けて欲しい、そういってネーブに接触してきたそうです」
「じゃあ、そのつれってのが実行犯だな!」
ここでユーフが、また空気を読まずに口を挟んでくる。
「あの女は、ネーブに近づくための囮、だったんだろうよ。ネーブに接触するなら、女が有効! 誰でも考えつくだろ」
「違わね?」と、ユーフがドヤ顔している。
「そこのバカでも、考えつくような展開は、正直ゴメンだな。だが、その可能性も低くないのがな」
ツウィンが悔しそうに腕を組んで、昨日見た女神官を思いだす。
「あの女の行方をつかまないことには、話しにならん感じだな? 刑事さんたちよ~。例の女の捜査は、どうなってんだ?」
ユーフが、刑事たち全員に聞こえるような大声で尋ねる。
「君たちの協力がない以上、こちらも手の内をすべて見せるつもりはない。それと、そろそろ約束の時間なんだが、お帰りの準備してもらっていいかな?」
「あれま、ずいぶん好戦的な刑事さんだなぁ。俺たち嫌われてる?」
「邪魔だよ、正直ね」
ユーフの煽るような質問に、刑事が不快そうに即答する。
「おいおい、仲良くやってくれたまえ」
スワック中将が、慌てて間に入ってくる。
「間を取り持っている、こっちの身にもなってくれよ」
そういうスワック中将だが、特に迷惑を感じているようではなかった。
このスワック中将は、負傷して前線を離れた前司令官のマティージャン元帥の甥に当たる人物だった。
いわゆる世襲将軍の中では、有能なほうとして知られているが、性格はかなりいい加減でアバウトとしても有名だった。
参謀府に所属している人物なのに脳筋思考を持ち、クウィン要塞戦では考えなしの突撃を繰り返し、味方を多数死傷させた、負の面を持つ人物でもあった。
しかし、叔父のマティージャン元帥同様、先陣を切って戦う勇猛な人物であることから兵士たちからの人気が高く、気さくな性格から彼を恨む兵士はほぼいないのである。
今も、アイスをペチャペチャ食べて緊張感もなく、面白そうにライ・ローたちと刑事たちを会わせて、どこか楽しんでいるようでもあった。
考え方も読みにくく、実に不思議な雰囲気を持つ、曲者のような人物だった。
「なあ、俺は正直こういう展開は苦手だ。ユーフもそうだろう? 考えだしたら、キリがないからな。そっちに本職がいるんだしよ、この事件は、そいつらに任せればいいんじゃね? 俺ら邪魔者みたいだしよ」
ツウィンが眠くなってきたのか、あくびを我慢するような口調でいう。
「立ち止まって考えるぐらいなら、女の足取り追うなりしたほうが早いだろ」
つまらなそうにツウィンがいう。
「かもしれんな、あれだけ目立つ女だったんだしな」
キネが、部屋の様子をまた確認しながらいう。
「どうでもいいことだが、ベッドの下に女がいるとかはないよな」
「フフフ、キネ。今の発言は、おまえにとって、印象かなり悪くなったぞ」
ユーフが、面白そうにいってくる。
「こんな場所、見逃すわけないだろ。なんでも気になること口にすると、せっかくのインテリキャラも台なしだぜ。それとも、俺たちと脳筋同盟組むか?」
ユーフがキネに笑いながらいう。
「うるさいな、気になったから訊いてみたんだよ。調べて誰も、いなかったんだな!」
キネは、やや恥ずかしそうにメモを取る振りをする。
「いちおう教えておこう。女神官の目撃情報だが、けっこうある。市庁舎入り口付近で、見かけた人間は多い。そして、遺留物も確保している」
刑事の側から珍しく、情報を教えてくれた。
「遺留物?」と、ライ・ローも初耳だったらしく刑事に尋ね返す。
「上着だよ。女神官が、僧衣の上から着てたというね。見たいなら、鑑識本部にでも来てくれたまえ。……しかし、何者か知りませんが、そんなことあなた方が知って、何か意味あるのですか?」
刑事がライ・ローに対して皮肉っぽくいう。
制限時間が近づいてきたので、溜まっていた不満をいいだしてきたという印象だ。
「彼らの、知的好奇心が満たされるんだよ。あと、彼らは実に有能だからね。この事件について、何かしら解決に繋がるヒントを見つけると、わたしは本気で思っているよ」
ここでスワック中将が、助け舟を出してくれる。
「きみらには不満だろうが、しばらく彼らの相手もしてやってくれ。ライ・ローくん、いちおう用意した名刺を使いたまえ。あれで、だいたい話しが通じる。すでに警察上層部とも、話しはついている。そういうことだから、君らもあまり邪険にならずにな」
スワック中将が刑事たちにいう。
そこまでいわれると、刑事たちも納得するしかなかった。
「まあ、ライ・ローくん。一応、人選はきっちり、厳選したほうがいいな。そこの彼と彼は、現場受けも悪いようだし、これっきりがいいだろう」
スワック中将が、ユーフとツウィンを、アイスのスプーンで指し示して笑う。
「ネーブの死体が見れて、俺はとりあえず満足かな。ま、こんなことをいうヤツは、嫌われて当然だわな。自覚してますよ」
ユーフがそういい、つまらなさそうに大あくびをする。
ユーフの視線がエングラス城の絵画に向けられる。
そして、ユーフはしばらくその絵を眺める。
「さすがのライ・ローも、いよいよ煮詰まってきてる感じか? それじゃ、そろそろ帰ろうじゃないか。何か思いついたら、後日また聞かせてくれ。鑑識や捜査本部への立ち入りは、いちおうわたしを通しておくと、すんなり進行するだろうよ」
スワック中将はライ・ローを本当に信頼しているらしく、今回だけでなく、いろいろ懇意にしてくれていた。
「根回し、いろいろ感謝します」と、ライ・ローが胸に手を当てて、スワック中将に謝意を伝える。
「そうですね、では……」
ライ・ローたち「サルガ」の連中が帰ろうとすると、表から騒がしい叫び声が聞こえる。
何事だと思い、耳をすませるライ・ローたち。
「主教っ! いいから通せ! わたしは主教の部下だ!」
その声を聞き、キネたちは表で騒いでいる人物が、誰なのかすぐにわかった。
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