89話 「後ろ盾の消失」

「ネーブ主教!!!」

 半狂乱のストプトンが髪を振り乱し、転げるように入り口から入ってきた。

 警官の制止も振り切り、室内に入ってこようとするストプトンは狂人と見まがうほどだった。

「どけっ! 入れないか! そこを通せっ! わたしは主教の!」

 警官と押し問答しているストプトンの声を聞きながら、ライ・ローがスワック中将に耳打ちする。

 納得したようにスワック中将がうなずく。

「彼はいいよ、入ってもらってくれ」

 スワック中将が警官にいい、ストプトンを奥に通すよう命令する。

 放心状態のストプトンが入ってくる。

 寝起きで慌ててやってきたらしく、髪の毛がボサボサだった。


 ストプトンを招くように、ライ・ローが先導して、ネーブ主教の亡き骸の前につれてくる。

「そ、そんな……。主教……」

 ストプトンはネーブの無残な亡骸を見て絶句する。

「ストプトンくん、こんな形での再会残念だよ」

 ライ・ローが、ストプトンにオールズ式の挨拶をする。

 無言でライ・ローに挨拶をするストプトンだが、それに返答することもなく、彼の顔は呆然としたままネーブ主教の亡骸を見ていた。

「ストプトンくん、大丈夫かな?」

「はい、平気です……」


 刑事と鑑識がコソコソ話している。

「また何か、騒がしいのが来やがったな……」

「あいつはネーブの部下か?」

 不満そうな鑑識たち。

「表で騒いでいた連中がいたろ、同じ僧兵の」

「なんか連中が、あの男が怪しいとかいってたぞ」

 刑事がこっそりと、表で朝まで伸びてた僧兵たちが、必死に訴えていた内容を話す。

「そうなのか?」

「事務的な手続きを、すべてやっていたのが、あの男らしい。ネーブがいなくなって、何かと金の流れを、自由に操れる権限を引き継ぐらしいからな」

「なるほどな、実質ネーブの後釜みたいな感じか。じゃあ、これからどんな言動を取るか、チェックしておけ……」

 現場で一番、偉い立場にあるような刑事が全員に指示をする。

「それと、至急あのストプトンという男の、情報を集めてくるように」

 そういわれ、部下がこっそりと建物から出ていく。

 刑事が外に出ると、マスコミどもがエンドール兵たちから銃を突きつけられ、整列させされペンションの敷地から追いだされようとしていた。

「フフン! ざまぁないな!」

 その状況を見た刑事が、事件の度にマスコミには散々苦労をかけさせられていたので、いい気味だと溜飲を下げる。


「ストプトンくん、足元の紙は踏まないようにね」

 ストプトンは放心状態で、ネーブの死体を観察する。

 ライ・ローはそのストプトンの様子を見て、悲しみに打ち震えているのではなく、冷静に状況を観察しているのを確認する。

 さすが切れ者のストプトンくん、もう頭を切り替えましたねと、ライ・ローが内心褒める。

 エンブル同様、ストプトンも切れ者として「サルガ」では有能だったのだ。

「この事件の犯人だけどね、なんていうか……。すごく危険な感じがするよ、うん。警察、軍、教会と、情報を可能な限り共有して、早期解決を、図ったほうがいいと思うんだ。特に教会の協力は、必要不可欠だろうし」

 ライ・ローがストプトンにそう話す。


「スワック将軍も、できれば情報は、警察と緻密に取り合ってもらえますか?」

「うむ、そのほうがいいだろうなぁ」

 ライ・ローにいわれ、スワック中将がアイスを全部平らげていう。

「いちおうマッグス大佐が捜査主任となって、この件には当たることになっている。刑事さん、だからそっちも、捜査で得た情報は共有頼むよ」

 スワック中将にいわれ、刑事たちも渋々うなずく。

「ストプトンくん、もし君も……。何か、気になることがあるようなら、是非教えてくれないかい?」ライ・ローがストプトンに尋ねる。

「そ、そうですね……」

 ストプトンが、ネーブの後頭部に突き立てられた、ナイフのようなモノを凝視している。

 聖女クルルを象った柄が、やはりストプトンも気になるようだ。


「なあミルド、ひょっとしてそのナイフ、知ってるのか?」

「い、いや……、はじめて見るよ」

 キネの質問に、ストプトンが言葉を詰まらせて話す。

「すまんな……」

 ストプトンはそういって黙る。


「この殺しって、やっぱあれか? 教会内部の抗争が、関係してるとかあるのか? あいつら権力闘争にご執心だったじゃないか、これもその一環なのかよ」

 ツウィンが、腕組みしながらストプトンに聞いてくる。

「その下衆い口、黙らせてやりたいところだが……」

「やっぱりそう?」

 ストプトンの言葉に、ツウィンがうれしそうな反応をする。

「カマかけ当たったぐらいで、よろこんでんじゃね~よ」

 ユーフが、天蓋ベッドのある部屋から顔をのぞかせる。

「その程度、俺でも考えつくっての。でだっ! みなの衆よ。こっち来てみな、妙なの見つけたぜ」

 ユーフがまたニヤニヤしながらいっているのを見て、また良からぬことを思いついたなとキネは警戒する。

「……なんだってんだよ?」

「いいから来てみなって。何か、閃くんじゃね~のか? 賢~い、皆々様ならよぉ」

 挑発的なセリフをいうユーフ。

「なんだよ、いったい……。どうせ、つまんね~モノ見つけたんだろ。この部屋にあるのより、面白いのなんかあるのかよ?」

 ツウィンが、部屋にあるネーブの死体やその下の三角木馬、SM道具や拘束具の数々を見渡す。

 そして渋々だが、ユーフのいう部屋にツウィンが移動しようとする。

「そんなこといわれたら、気になりますね~。新しい証拠に、なるようなモノでも見つけましたか?」

 ライ・ローが、ワクワクしながらツウィンにつづく。


 一方ストプトンは、ネーブ主教の亡骸を眺めていた。

 しかしその視線は、ずっと聖女クルルの柄に向けられていた。

「ミルド……。俺が、それについて調べてみようか?」

 キネからいきなり声をかけられて、ストプトンは焦る。

「い、いや、これについては教会内部の人間で、知る人物もいるかもしれない。俺のほうで、調査しておくよ……」

「そうか……」と、残念そうにいうキネだが、露骨に狼狽するストプトンの姿が気になる。

 ストプトンはネーブ主教に別れの挨拶をすると、フラフラとした足取りで、隣の部屋に、ユーフの見つけたモノを見にいく。


(あの聖女クルルについて、あいつ絶対何か知っているな……)


 そしてキネは、最後にもう一度ネーブ主教の、屈辱的な亡骸を見る。

 死体がまたがる、趣味の悪い三角木馬。

「ネーブの趣味なんだろうが、いまさらその程度の性癖、知られたところで……。この国の人間は、もう何も思わないだろうな」

 キネは、隣にいた刑事に話しかける。

「むしろ、さすがネーブ主教だといって、ますます神格化されそうですな。そういうもの、なんでしょう? この国の、マスコミの下衆さを知ってる、あなた方からしたら」

 刑事はキネにそういわれ、少し戸惑う様子を見せ、チラリとネーブの亡骸を見る。

「……遺体の状況が、アレですからな。ここは一応、聖職者さまということで、公表は差し控えるかもしれないでしょう」

「ふうむ、そういう配慮はしてくれるのですね」

 キネが意外そうにいうが先ほど考えた通り、犯人サイドがこの犯行を、衆目に晒してくる可能性も高いだろう。

 誅殺という意味合いの強い殺しのようなので、ネーブを辱める目的で、おそらくいつか公表してくるだろうと……。


「我々とてマスコミと協力して、別に事件事故を市民に娯楽として、提供しているわけではないんだ。相手はよりによってオールズの高僧、それにあのような醜態まで広まれば、オールズ教会による意趣返しも恐ろしいからな」

 刑事がそういってきたので、キネはしばし考える。

 ネーブをあそこまで辱めて殺したとすると、教会の権威の失墜を狙った勢力による犯行なのか? それとも、ネーブ個人を貶めるために、やったものなのか?

 地面に散らばる、彼の不正を告発するかのように、バラ撒かれた金銭授受の証拠の数々も、それを後押しするかのようだ。

 教会内部は権謀術数渦巻く魔窟と、昨日ストプトンが形容していた。

 ネーブの影響力はオールズ教会随一で、もはや独走状態といってよかった。

 それを止めるために、教会内部がやはり何かをしたのではないのか……。

 キネは考えを集中する。


 ストプトンも、突き立った聖女クルルの柄をやけに注目していた。

 聖女クルルは、まるで何かを訴えるように、その意味を理解する者に見せつけるようでもあった。

 だとすると、教会内部での内ゲバのようなものが、今回の事件の真相なのではないか……。

 なるほど、ストプトンが俺たちサルガをスカウトするわけか、と合点がいったようなキネ。

 しかし、だとすると例の女神官も、共犯者だったということなのか? キネはメモを取りだし、メモに書かれたミシャリ・デスティラとヨーベル・ローフェの名前を見比べる。

「この女が突破口だろうな……。しかし、戦闘がはじまれば、調査活動などできなくなるな。くそっ、こんな面白そうな展開に、関われたってのによ……」

 熟考しているキネを、刑事が揺すってきたので我に帰る。

「あ、すまん!」

 いつもの、長考に入ると意識が飛んでしまう悪癖が出てしまったキネが、刑事に謝罪する。

 ドアを通り抜ける際、壁に拭きとった血痕が見えるキネ。距離的にネーブのモノとも思えない。

 だとすると、犯人どもか……。

 キネは、天蓋つきのベッドがあった部屋の窓が破られた際に、犯行グループのひとりが、ガラス片で怪我をした時にできた血痕を、見逃していなかった。

 床に砕けるガラス片には、かなりの量の血痕も残っていた。

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