88話 「現場検証」 其の三
「不正にまみれた変態主教に神罰を!」
「ほお、これは……。なるほど、わかりやすい告発と、誅殺とかいうヤツですか……」
キネが落書きを見て、ため息をつく。
「犯人の意図は、そう思わせるだけのブラフって可能性もあるけどね。何せ、ネーブ主教はいろいろ政敵も、多かったろうからね。安易に、誅殺と決めつけられないよね」
ライ・ローの言葉に、キネが強くうなずく。
「それもそうですね、ここまであからさまだと、逆に怪しいですからね。この落書きは口紅? ……で、書いてあるようですね」
壁に書かれた落書きを、キネは少し離れた場所から興味深く観察する。
同時に、その文言をメモに記す。
「ふむ、そのようだね。どの口紅で書いたのかは、まだ見つかってないけど、犯人に繋がるような手がかりも、見つからないだろうね。そもそも、持ち去られていたらお手上げだしね」
ライ・ローがそういい、キネが少し落書きに近づいてみる。
すると、ユーフの声がキネに向けられる。
「おいっ! フォールの刑事さんが、またオカンムリだぞ。足元の証拠品、蹴飛ばすなよ。この俺さまみたくな!」
ユーフが話しかけてきたので、キネが足元を見る。
キネの足元には、化粧水の瓶が転がっていて、危なく靴で蹴りそうになっていたのだ。
化粧水には、綺麗な金髪の美女が描かれたラベルが貼ってあった。
その瞬間、キネの中で衝撃が走る。
「そ、そうだっ! 完全に忘れていた! あの女! あの女は、どうなった?」
ここでキネは、昨夜ネーブと一緒にいた女神官を思いだす。
「昨日、一緒に馬鹿騒ぎしていた、女神官がいただろう? ネーブは、あの女を狙っていたよな? ここに、つれ込んだんじゃないのか?」
キネが、刑事や鑑識たちに話しかける。
キネの発言に、顔を見合わす刑事や鑑識たち。
「あれは、いい女だったなぁ。うらやましい限りだった……」
ツウィンが、腕を組んで思いだす。
「で、そいつは? 話しはできないのか?」
キネの言葉に部屋全体が無言になる。
「……まさか?」
キネは、考えられる最悪のケースを想像してしまう。
しかし、ライ・ローがキネの肩をたたく。
「大丈夫だよ。その女性の死体は、見つかっていないよ。だからといって、生きているとも限らないけどね」
ライ・ローが複雑な表情でキネにいう。
「……行方不明、ということですか?」
キネが困惑し、メモ帳をパラパラとめくる。
昨日見た、女の特徴や名前を記したページを見つける。
「その女性については、あとでわたしにも教えて欲しいな。今のところ、最重要人物だよ」
ライ・ローの言葉に、キネは静かにうなずく。
「密室殺人とかよぉ。そういった、旦那が悦びそうな展開はないのか?」
ユーフが、面白がっていってくる。
「あんな密室、あってたまるかよ。バカはあんましゃべるなって、恥かくだけだから」
ツウィンがユーフにいい、窓側を指差す。
ツウィンが指差した先には、ガラスが割れた窓があった。
床にもガラスが散らばっている。
外から割ったのは、室内に散らばるガラスの量ですぐわかった。
侵入経路? キネが不思議に思う。
さっき招き入れられた勝手口のドアに、証拠品としてキーピックがあったのをキネは思いだしたのだ。
しかし、残り時間があるとのことなので、後でまとめて訊くことにしておく案件として、メモしておいた。
「ん? 血か? あれはよぉ?」
ユーフが、ガラス片と一緒にある床の血痕に気づく。
しかし鑑識たちが無言でユーフの視界を塞ぎ、窓ガラスを見えなくさせる。
「んだよっ! 優しい鑑識さんたちだなぁ! 俺まで、ガラスで怪我しないようにってか?」
ユーフの声が大きくなったので、ライ・ローが鎮める。
その時ライ・ローが、鑑識たちの足元に口紅が落ちているのを見つける。
「おやっ?」と思うライ・ロー。
落書きに使った口紅は、まだ見つかっていない話しだったが、「ひょっとすると、あれが?」と思ったのだ。
落ちている口紅は、力を入れて何かが書かれたように、大きく擦り減っているのが目視できた。
新しい発見にライ・ローは、まるで本当の探偵になったような気分になって、ワクワクしてきていた。
目ざといキネは、窓の侵入経路を見た時点で、勝手口の件も気づいたようだし、ライ・ローも後回しできる案件は、後でまとめて話し合おうと決めていた。
「あの女、そういえば市庁舎の前の花屋で、花を貰ったといってたな……。まさか、昨日の親父さんへのテロ紛いですが……。陽動、だったのかもしれませんね。あれのせいで、聞き込み調査が結局できませんでした」
キネが悔やみながらいう。
「ふむふむ、その彼女については、あとでジックリ教えてもらうとして……」
ライ・ローが、新しい情報にまた心躍りながらいうと、ツウィンが横から口を挟んでくる。
「で、その花屋ってのは、結局どうなったんだよ」
ツウィンがキネに訊いてくる。
「騒動の際に逃げて、今捜索中だそうだよ」
キネが忌々しそうにいう。
「なぁ、勝手に悔しそうにしてるがよぉ。とっ捕まえた、あのヘタレモヤシ尋問すれば、陽動かどうかなんてすぐわかるだろ? なんでいちいち、回り道みたいなことして、難しく考えるんだ? 余計な推理して、冗長させるのが推理展開のテンプレなのか?」
ユーフが、キネに嘲笑うようにいってくる
「可能な限り、手の内晒しておかないと卑怯だからね」
「これは推理小説ではなく、実際の事件ですよ」
珍しく浮かれているライ・ローに対して、スワック中将がアイスを食べながら苦言をいってくる。
「ハハハ、そうですね、すみません。余計なことをいってしまいましたね。でもこれだけ、訊いておいていいですか?」
ライ・ローが、スワック中将に謝罪したあとキネに尋ねる。
「キネくん、さっきどうしても訊きたかったことなんだけどね。第一印象でいいんだけどさ。例の女神官について、どう思った?」
ライ・ローが、かなり真剣に尋ねてくる。
第一印象、確かに重要な情報だろう。
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