88話 「現場検証」 其の二
石畳の床に、石壁に囲まれた部屋。
その中央に置かれた、趣味の悪い木馬のような代物。
一般的に三角木馬と呼ばれている拷問道具だった。
そして、その三角木馬の上に乗せられて死んでいる、ネーブ主教の全裸の巨体。
彼の両足には鉄球つきの鎖が装着されて、両手は趣味の悪いゴテゴテした装飾の手錠で拘束されていた。
後ろ姿しか見えないが、うなだれた後頭部に、ナイフのようなモノが突き立っているのがわかる。
石床は血で汚れ、出血量から見て、こちらからは見えない喉を切り裂かれての、失血死のように思われた。
「どうよ、早起きの甲斐がある、いい光景だろ?」
ユーフが死者に対して、冒涜的なセリフを吐く。
「おまえが、上機嫌だったのも、そういうことかよ。しかし、なんだよ……。この悪趣味な部屋と、小道具はよ……」
キネはネーブの遺体を迂回して、周囲にある怪しげな拷問器具や性具を、引きつった顔をしながら眺める。
「そういうオモチャよりもよぉ、こっちを、気にしてやれよ。せっかく、死んでるんだしよぉ」
周囲の猥褻な器具に視線が映るキネに、ユーフが笑いながらネーブを指差す。
キネはこの部屋にも散らばっている、足元の紙切れを避けながら、ネーブに近づく。
そして、三角木馬の上でうなだれるように、大量の血を流して死んでいるネーブの遺体の前に立つ。
三角木馬の馬面の部分の人間の顔が、笑っているようでもあり、なんだかネーブの死体よりも気味が悪い。
しかもネーブの返り血を浴びて、それはさらに、おどろおどろしい見た目になっている。
「死亡推定時刻は、深夜0時前後ということらしいよ。血の凝結具合からね」
ライ・ローがキネにいう。
「喉を裂かれての、失血死でいいんでしょうね?」
キネが真っ赤に染まった、ネーブ主教の首筋を見ていう。
床の血だまりと、前方に吹き出した大量の血から見ても、間違いないように思えた。
「死因は、それで間違いないと思うけど……」
ライ・ローがそういい、キネをネーブの背後に連れていく。
「他に、こんなのもあるけど。君ならどう見る?」
ライ・ローがネーブの背後に回りこみ、キネにネーブの後頭部を見せる。
「う~む……」
キネが考え込む。
ネーブの垂れ下がった頭部の、ちょうど後頭部あたりに、何やらナイフのような正体不明なモノが、突き立てられていたのだ。
部屋に入って最初に目がいった、直接的な死因に関係する凶器かと思ったが、どうもそうではない感じがする。
しかもその棒というか、串なのかナイフの柄なのかわからないモノは、聖女クルルの姿をしていたのだ。
聖女クルルは、奇跡を起こし人々を癒やしたという、今から二百年も前の伝説の聖女だった。
しかしオールズ教会の異端審問にかけられ、無残な処刑方法で殺されたのだ。
近年、その名誉が回復し列聖された、比較的新しい聖人だった。
ネーブは、どういうわけだか喉を切り裂かれて殺され、さらに追い打ちをかけるように、聖女クルルを模した何かを後頭部に突き立てられていた。
ライ・ローが鑑識から聞いた話によると、生きているうちにこの三角木馬に乗せられていたらしい。
木馬に騎乗後、すぐに殺されたようだった。
「これは……、ナイフなのでしょうか?」
キネが、ネーブの後頭部に突き立てられた、聖女クルルを模した凶器を指差す。
「その可能性が高いよね、しかもやけに特徴的な柄だよね。聖女クルルを、わざわざ模すなんてね。本来は、どういった用途で、使うモノなんだろうね?」
ライ・ローが興奮気味に、突き立つ聖女クルルを眺める。
「出血が少ないところを見ると、死後突き立てた感じでしょうかねぇ」
ツウィンが腕組みしながらいう。
「でしょうね。この聖女クルルは、まるでトドメを刺した、というよりか……。見せしめ的な印象ですね……」
キネが、メモを速記しながらいう。
「これには、何者かに向けたメッセージ性がある! うん! 僕もまったく同じ印象を持ったよ」
ライ・ローがうれしそうに、キネの意見に同意する。
「いったい、誰に向けてのメッセージなんだろうね? いちおう、さっき聞いた話しだけどね。この聖女クルルの件は、マスコミには公表を控える方針みたいだよ」
ライ・ローがキネに静かにいう。
「なるほど、それは賢明かもしれませんね」
そういってキネは考える。
ここまでのことをして殺すような、異常な犯人だ。
ひょっとしたら、犯人サイドが情報を大体的に晒してくる可能性も捨てきれない。
異常犯罪者というのは、やけに自己顕示欲が強いからなと、キネは過去記者時代に調査した異常者たちのことを思いだしていた。
しかし、この話しはライ・ローの前ですると長くなりそうなので、キネはあえて口にしなかった。
「ずいぶん、妙な柄だがよぉ。やっぱわかるヤツが見たら、このナイフを使った意味も、理解できる感じなのかね?」
ツウィンが、聖女クルルの柄を見つめながら聞いてくる。
「その可能性は高いよね? ひょっとしたら、今は体内に埋まって、見えない刃の部分には、もっとわかりやすい、何かがあるのかもしれないよね。まあ、ナイフに関しては、検死結果を待つしかないかなぁ」
やや残念そうにライ・ローがいい、部屋にある、どこか悪趣味な壁時計で残り時間をチェックする。
ここでキネが、紙切れの一枚が表に向いてるのに気がつく。
ただの白紙の紙切れではないと思っていたが、何故わざわざ裏面を向けていたのかも、理解不能な事柄だった。
「この紙は、なんなんだ?」
キネは、表を向いた紙を屈んでのぞき込む。
「おいっ!」
「あんた拾わないでくれよっ!」
刑事たちの叱責の声が響く。
「……了解してますよ。見るだけです」
キネがふてくされたようにいう。
「領収書……。金銭絡みの書類? ひょっとして裏向いてるこれって、全部金絡みの書類か?」
キネが想像でそう訊いてみた。
「刑事さんがいうには、ほとんどきみのいう通りの書類だそうだな」
スワック中将が、アイスを食べながらいってきた。
「まさか……。不正を暴いての誅殺とか、なのか?」
キネがネーブの遺体を改めて見る。
「現場は、その可能性を物語っているね……」
ライ・ローがつぶやく。
「キネ、表の勝手口の前の荷物あったろ?」
ツウィンがキネにいってきた。
「ああ、なんだ?」
「あれは元々、この部屋を魔改造する前に、あった荷物らしい」
ツウィンが、薄暗い部屋の中で真っ黒になりながら、白い歯だけ浮かせてそういってくる。
「なるほどね、魔改造か……。いい得て妙だな」
キネがまた、部屋の状況を見まわしてつぶやく。
「じゃあ、向こうの部屋に戻ろうか。誅殺っていう可能性が、高い理由ってのがわかるよ」
ライ・ローがいい、ネーブ主教の亡骸に対して、胸に手を当て最敬礼をする。
キネもそれに倣うと、ネーブが殺害された部屋を移動して、元の天蓋つきのベッドのある部屋に戻る。
先程は天蓋部分が死角になって見えなかったが、その奥にはデカデカと、壁に落書きがされていたのをキネは発見する。
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