87話 「物々しい早朝」
翌、早朝。
ネーブが宿泊していた、ペンション前は騒然としていた。
記者たちが、敷地内に大量に押しよせてきている。
記者たちと警備の人間との押し問答、そんな喧騒の中をキネが進む。
キネは隠密行動が主な任務なため、記者たちに面が割れていないが、見知った顔の名物記者の姿をチラホラ見かける。
まだ夜は完全に明けきっておらず、真っ暗だというのに記者たちは元気だった。
記者たちの前には、エンドールの完全武装の兵士たちが立ちはだかる。
屈強そうな兵士たちを前にしても、記者たちは取材のために質問を止めない。
「現場は、どのような状況なのですか!」
「犯人の目星は!」
「昨夜のテロとは関係あるのですか!」
「司令官代理の記者会見は何時頃になりますか!」
キネが腕章を見せると、エンドール兵士が敬礼をして彼をペンション方面に通してくれる。
士官クラスの兵士たちで、サルガの腕章を知らない人間はいないのだ。
それを見た記者たちが色めき立ち、さらに騒がしくなる。
「今の人物は誰ですか!」
「どういった部署に所属するのですか!」
キネは、自分に向けられている質問を苦笑いしながら聞き、建物近くの高級車を見る。
いつもネーブ主教が使っていた、ガッパー社の高級リムジンだった。
そんなリムジンの側で、士官クラスの軍人がいて、誰かと何かを話している。
どうもフォールの刑事と、口論になっているようだった。
「今回の捜査は、まず我々がする。あなたがたは、そのあとだ」
メガネをかけた、まるで役人のような軍人が、冷たくそういい放つ。
階級は大佐で、かなりの大物のようだった。
「ふっざけるな!」
しかし刑事側も、相手がエンドール軍大佐であろうと、引くわけにはいかなかった。
「サイギンでの捜査権は、警察に全任するという約束だったではないか! しかも、わけのわからん連中まで入れるとは!」
「それとあの男は、誰なんだ!」
フォールの刑事たちが、キネを指差してきて怒鳴っている。
「中の連中ともども、素性ぐらい教えろ!」
刑事の言葉ですでにペンション内部に、サルガの何人かがきているのがわかったキネ。
「今回は、特別だ……。誰が、被害に遭われたのかを考えれば、いろいろ想像もつくものだろう? 君らには、知らなくていいことも、あるということだ。いちおう、中にはお目付け役もいるし、話しも上層部でついている。不満があるなら、まずきみらの上にかけ合ってみればいいだろう」
メガネの大佐の言葉に、歯軋りをする刑事たち。
「そして……。ついでなので、こちらも同じような言葉、返させてもらおうか」
「な、なんだ……」と、メガネの大佐の言葉のトーンに、少し狼狽する刑事たち。
「あの連中こそ、何者なんだ? 最優先で、この場から閉めだすべきであろう」
メガネの大佐が指差したのは、向こうでバカ騒ぎしている、記者たちに向けられた言葉だった。
「そ、それは……」
刑事たちが、何故かこの程度のことで口ごもる。
フォールという国の、異常ともいえるマスコミの特権意識は、本職の刑事ですら口出しできないタブーらしいのだ。
「あなたがたが、まずやるべきことは、あの記者どもを追い払うことであろう。本来糾弾される側は、そちらなのだぞ」
そういってくるメガネの大佐に、さっきまでの威勢が消えた刑事たち。
一方キネは、ペンションの裏口のドアに向かっていた。
荷物がゴチャゴチャとあり、何が入っているのかわからないダンボールが、ドア前にたくさんあった。
ドア前は厳重に兵士により警備されており、鑑識が捜査した形跡が数多く見受けられた。
キネはその状況を見て、賊の侵入経路はこの奥のドアかと考えた。すると、待ち構えていたかのようにドアが開く
「よう、やっときたか! 旦那が、話しを聞きたがってる。さっさと会ってやんな」
ドアを開けたのはツウィンだった。
やけに朝から上機嫌な印象を受けたキネ。
警備の兵士が胡散臭げに、ツウィンを眺めている。
低血圧気味のツウィンが、朝、しかもこんな早朝に元気なのは珍しい。
しかも朝起きて早いからか、ツウィンはいつもしているトレードマークの角の形のヘアセットをしていない。
あれがないと力が出ない、ご先祖の力が降りてこない、部族の長たる証等々の設定を口にしていたが、やはりどうでも良かったんだなと、キネは改めて思った。
キネはチラリと支給品の懐中時計を見る。
早朝の三時半を、少し回った時刻だった。
時間を見た途端、あくびをしたくなるキネだが我慢する。
「……昨日から一転して、この街、賑やかになったな」
ツウィンが荷物の隙間にできた、細い通路を通りながらいう。
「だな、サイギン駅での大暴動に、連続放火。親父暗殺未遂に、そして、ネーブ主教さんか……」
キネは、ツウィンの後を追いながら神妙な顔にでいう。
しかし、やはりどこかうれしそうなツウィンが気になる
「しっかし……。この国のマスコミどもの繁殖力、いったいどうなってるんだよ」
キネが騒ぎまくっている、マスコミの記者たちを見る。
「見ろ、チェス倶楽部なんて、腕章をつけたのまでいるぞ。この国でのマスコミの定義は、どうなってるんだよ……」
キネが目頭を押さえ、騒がしい記者たちを忌々しくにらむ。
「ゴミに群がる、ゴキブリみたいだろ? 特に、珍しいモノでもないだろ。マスコミなんてこんなもんだろ、おまえならわかるはずだろ」
ツウィンの言葉に、キネが気分を害する。
「あんなのと一緒にすんな」と、キネは一言つぶやく。
「ん……」
ここでキネが、さらに奥で騒いでいる別の人間を発見する。
対応しているのは、別のエンドールの士官のようだった。
「で、あっちにいる連中どもは?」
キネが、乱雑に置かれた荷物の隙間から見える、なにやら問答をしている連中を見てツウィンに訊く。
「ん? あの男どもは僧兵か?」
キネは問答をしているのが、オールズの僧兵連中だと気がつく。
「ああ、ここの警備を、任されていた連中だ。犯人、相当腕の立つヤツらしくってな。あそこの僧兵連中、ひとり残らず、絞め落とされていたってことだ」
ツウィンが狭い通路につっかえたように足を止めて、そう教えてくれた。
「ひとり残らず! 何人だよ?」
キネが驚いて尋ねる。
「全部で十人だ」
ツウィンの回答にキネが驚く。
犯人の手際が良かったのか、警備をしていた連中が無能なのかは、判断はまだつかない。
しかし、それだけの警備の人間を絞め落として回るなど、信じられない手練なのは確実だろう。
「だが、ひとりだけ、殴られて昏倒してたのもいた。そいつが、あの鼻を折った包帯の男だ」
ツウィンがそう教えてくれた男は、僧兵のリーダー格らしく、一番口うるさくエンドール士官に食ってかかっている。
その僧兵は、顔の真ん中に大きな絆創膏を貼りつけていた。
後頭部を殴られたらしく、首にはコルセットまで巻きついていた。
しかしエンドール士官は揉み手をして、軍人らしからぬヘラヘラとした笑顔で、のらりくらりと追求をかわしている。
「十人もの監視を、かい潜ったのか……。となると……。単独犯ではなく、やはり複数犯なのか?」
キネの質問に「おそらくな」と、何故かツウィンがニヤニヤ笑う。
「ちっ! その笑顔はなんだよ、さっきから! 朝っぱらから、気持ち悪いな……」
キネが、ツウィンに対して悪態をつく。
「そんなこというなよ、マイ・フレンド。ヤツらも、全員仲良く昏倒していたから、事件の発覚も、この時間になったとのことだ。拘束されてたひとりが、偶然目を覚ましたおかげで、比較的早い発覚になった。下手したら、ネーブの公務がはじまる午前十時まで、発覚が遅れていた可能性もあったほどだ」
ツウィンがキネに、事件発覚の経緯を教えてくれる。
「昨夜すぐ側で、テロまがいの事件があったろ。ネーブのところに警戒を促すとか、普通ならやらないか?」
キネが、いたって普通の疑問を呈する。
「夜のお楽しみ時間には、誰も手が出せなかったんだよ。まあそれでも、報告ぐらいはすべきだったろうな。だったら、犯行も防げた可能性がある」
ツウィンの、どこか投げやりな態度の口調を聞きながら、キネはもう一度、文句をいっている僧兵たちを見る。
「あの男、確かネーブの近衛僧兵のクルマダだったな。ストプトンの上司らしいが、まさかストプトンまで……」
キネが不安になる。
「ストプトンは雑務に追われて、警備は担当してないらしい。だからヤツは無事だよ、マイ・フレンド」
ツウィンの言葉に、キネは無性にイラッとする。
「あの連中が、無能とは思わないが……。ヤツらの失態のおかげで、俺も命拾いしたよ」
ツウィンがそんなことをいう。
「どういうことだよ?」とキネが尋ねる。
「あいつらが夜間は、ネーブの護衛を担当していたからな。俺も、夜間の護衛まで任務に入ってたら、今回の件、責任追求されかねなかったしな……」
ツウィンが苦々しげに、そんなことをいう。
「なるほどね……」とキネはつぶやく。
「おまえまで伸びてたら、すっげぇ笑えたんだがなぁ」
勝手口のドアが再度開くと、建物内からユーフの巨体が現れる。
「うっせえよ……」
ツウィンが不快そうにユーフにいい、ようやく妙な笑顔が消える。
しかし新たに現れたユーフが、強面の分際でこれまたニヤニヤしているのだ。
「来たかっ! 間抜け。聞いたぜ、キネ? おまえも、昨日やらかしたって~? らしくないな、おまえにしてはよぉ?」
ただでさえ、不愉快な笑顔を見せられたのに、逆撫でするようなセリフまでいってくるユーフに、キネの顔が不快感に満ちる。
「俺ではなく、ケリーの野郎だよ……」
ユーフの笑顔の原因はこれかと思いながら、珍しくキネがいい訳する。
「うひょぉ! おまえが、人のせいにするなんて、はじめてじゃね? レア! 超レア!」
ユーフが強面の分際ではしゃぎ、ツウィンもニヤニヤしている。
「ちっ……」とキネは舌打ちする。
「まあそういう顔すんな、誰にもミスはあるってことよ」
ユーフが思いっきり、上から目線でキネにいう。
「ずいぶん浮かれているな。いつもの強面は、どうしたんだよ?」
キネがユーフにいう。
「俺のは別に、失態じゃないからな!」
ツウィンが、ユーフに聞こえるように大声でいう。
「へへへ、そういうことにしといてやるよ」
ユーフが薄気味悪く笑う。
「ちっ、気味悪い笑い、止めろよな……」
キネがユーフにそういい、荷物の隙間を身体の大きな三人の男たちが、縫うように進む。
置いてある荷物のせいで、半開きにしかならないドアの隙間から、窮屈そうに室内に入っていく三人のサルガの隊員。
「ところで、この荷物はなんなんだよ……」
キネがいまさらだが、通路を塞ぐように置いてあるこの荷物に文句をいう。
「へっへっへっ……」
今度はユーフだけでなく、ツウィンまで気味悪く笑っていた。
「ああ、お楽しみにしろってことかよ! ちっ! わかったよっ!」
キネはそう吐き捨てると、ドアに向かって歩いていく。
三人がペンションの内部に入ると、ドアがゆっくりと閉まる。
そして、ドアの鍵穴には昨晩バークが忘れたキーピックが残っていた。
キーピックのついたドアノブ周辺は証拠として、すでに厳重に保護されていた。
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