5話 「旅の支度」
バークがレストランのレジで勘定をしていた。
長居中、つれが騒いだことをレジに立ったウェイトレスに、バークは謝罪するのを忘れなかった。
チップとして幾分料金を上乗せして支払いを済ませると、ウェイトレスは笑顔で応対してくれる。
一方リアンとヨーベルは、レジ近くの展示物や物販、街の名所紹介をしたパンフレットを眺めている。
出口付近のラックには、街の地図や観光名所を紹介したパンフレットが多くあったのだ。
それらをリアンは、興味津々で手に取る。
「これなんか、ほら、地図もあるし、何かと便利そうだよね。他にも、いくつかもらっておこうか?」
リアンが、手にしたパンフレットを開いてヨーベルに見せ、ラックのパンフレットを漁る。
「おお~、リアンくんは気が利く少年です! この街は大きいので、観光名所がいっぱいありそうです! 今から楽しみですね! いっそ、全部もらっていけばいいのですよ」
脳天気なヨーベルが、相も変わらずウキウキしていっている。
リアンから手渡されたパンフレットを、ヨーベルはバッグのポケットにしまいこむ。
新しく手にしたパンフレットを広げた時、リアンは気になるモノを見つける。
「このマーク、なんだろうね?」
地図のページに、いくつもの奇妙なシンボルマークを発見したのだ。
今まで見てきたものにはついていなかったのに、このパンフレットにだけは掲載されているのだ。
「なんだか街に、たくさんありますね~」
「種類もけっこう多いね……」
ヨーベルがリアンのいう地図をのぞき込み、リアンは奇妙なマークの種類が気になってカウントしてみる。
五種類のマークがあり、いずれもどこか禍々しい雰囲気を放っていた。
そんなマークがサイギンの全体地図に、かなりの数存在していたのだ。
「みんなお待たせっ!」
禍々しいマークのことを調べようとしたら、バークが勘定を済ませてリアンたちと合流してきた。
新しいタバコをくわえたアモスもやってきて、それを見たヨーベルが、すかさずライターで火を点ける。
満足そうにするアモスと、してやったりな顔のヨーベル。
「あっ、ごちそうさまでした」
勘定を済ませてきたバークに、リアンが礼をいう。
「いやいや、この金はみんなで稼いだお金だからね、気を使わなくていいよ。それに、本屋が近くにあるそうだから、地図はそこでいいのを買うつもりだよ」
バークが、地図を見て盛り上がっていたリアンたちにいう。
「じゃあ、ここにあるの全部、記念にもらっておこうかな」
リアンはラックにあるパンフレットを、全種類一冊ずつもらっていっていく。
「すでに物味遊山気分とは、たいしたものね」
そんなリアンとヨーベルを見ながらアモスが、ニヤリとしながら煙を吐きだす。
「実際リアンくんは、たいした男ですよ~。これからも、彼の活躍に期待しましょう!」
ヨーベルが興奮気味にいう。
実際、リアンの意外と勇猛というか、無鉄砲なところはヨーベルは幾度か見てきた。
「それは楽しみだな、俺とアートンを少しでも楽させておくれよな」
バークが期待を込めた視線を、リアンに送ってくる。
リアンは照れくさそうにはにかむ。
「あとね、西に進めば大きな駅が、あるって話しだよ。そこからクウィン方面に向かう、汽車やバスがあるらしいよ」
「おお~! 本当に汽車に乗れるのですか?」
汽車という言葉を聞き、ヨーベルは満面の笑みになる。
ヨーベルは、うれしさからみるみる紅潮すると、その場をウロウロとしだす。
それをリアンが制し、入店してきた新規のお客さんに謝罪する。
「あんたも完全に、観光気分ね」
アモスが苦笑いを浮かべながら、進行を邪魔してしまったお客さんに謝罪するヨーベルにいう。
「汽車に乗るなんて、初めてなので興奮です! 蒸気機関車なのですか? 煙がモクモクと出てくる。あっ! リアンくんは実家お金持ちそうだから、家に汽車ありましたよね?」
「そんなのはないですよ……」
ヨーベルの妙な高揚感に、リアンは若干引きつつ、あり得ない質問をすぐに否定する。
ここでアモスが、バークをチラリと見てあることに気がつく。
「ところでバーク、なんでそんだけよ?」
アモスが、バークの持っていた残金を指差して訊いてくる。
「ズネミンからもっと、もらってたじゃないの?」
嫌なところをついてきたな、という感じでバークは眉をひそめる。
「の、残りは、アートンに管理してもらってるよ……」
いいにくそうにバークがいうや、アモスの顔が露骨に曇る。
「あいつにぃ~? ヤツ、全然頼んないわよ? 金は、全額あんたが、管理したほうがよくね?」
アモスは露骨なほどに、アートンへの不信感を露わにする。
「ま、まあ、そういってやんなって。みんなをなんとかしてやりたい、って気持ちは確かなんだからさ。ここは信頼してやりなって。最初から、信用されていないのを見せすぎると、彼もモチベーションが下がるだろ。ここは寛容な目で、あいつのこと信用して、成長を手助けしてやってくれよ。俺たち、これから運命共同体なんだからさ!」
バークにいわれ、アモスは渋い顔をする。
どうも彼女のアートン評は低い。
「あいつ、空回ってる感じが強すぎんのよね」
アモスがそういって、バークが手にした封筒の残金を見る。
バークが持っているのはせいぜい六、七万フォールゴルドといったところか。
実際にもらったのはその七、八倍はあったはずだ。
どれだけアートンに管理させているのか、アモスは不安で仕方ない。
実際バークも同じような思いは持っていたが、港でのマズい行動を思いだすと、彼ばかりを攻めにくかった。
ちょっと恥ずかしい気分になってきたので、ここでバークはある提案をした。
「そうだそうだ! みんなで稼いだ金だから、はい、君たちにも」
バークはリアンにお金をあげる。
一万フォールゴルドだった。
小遣いとしては、じゅうぶんすぎる金額だろう。
グランティル地方では、基本的にゴルドという貨幣が共通で使われている。
国によってフォールゴルド、エンドールゴルドと名称が若干違い、どちらかというとフォールゴルドの方が、貨幣価値が高かった。
旧マイルトロン領では、その地方地方で貨幣が違い、統一されていなかったので、マイルトロンゴルドは王都シャングぐらいでしか流通していなかった。
ちなみにゴルドとは、かつてハーネロ神国に滅ぼされた、国家が鋳造していた良質の貨幣だった。
ゴルド王国はクウィン要塞を要していた国家で、ハーネロ神国に国土を荒らされまくり、王家が断絶してしまった国家だった。
難攻不落を誇るクウィン要塞だが、実はそうなったのも、ハーネロ神国の大地を腐らせる大魔術により、クウィン周辺の大地が大変動してしまったからなのだ。
話しが逸れそうなので、元に戻ろうと思う。
リアンとヨーベルがよろこんで、バークからお金を受け取る。
そして、バークは少し考えてからアモスを見る。
「おまえも……、同じ額でいいよな?」
アモスは、無言でバークの顔をにらむ。
「……なんでいちいち、おうかがいを立てるのかしら?」
「いや……。金額に文句、いいそうだからさ」
バークがそういうや、彼の手からアモスは金を引ったくる。
「でっ! あの財布係、いつまで便所にこもってんのよ!」
腰のポーチに適当にお金を放り込みながら、アモスはアートンへの不満を口にする。
バークが勘定を済ませてる間から、アートンはずっとトイレにこもりっきりなのだ。
「中で、変なことしてんじゃないの! あたしの足、いやらしい目つきでずっと見てたわ、あのムッツリ!」
アートンがこもったきり、出てこないトイレのドアをアモスがにらみつける。
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