10話 「朝の教会とその北部」 前編
リアンが寝室から廊下に出た。
「あれ?」
廊下にあるサイドボードの上に置かれた、燭台を見つける。
しばらく、リアンはその燭台を見つめる。
なんだか見覚えがある燭台だった、昨夜の悪夢で見たから鮮明に覚えているのだろうか?
しかし夢の中で、燭台を手にしていたかどうかもリアンは覚えていない。
頭が痛くなってくるリアンが、考えるのを止める。
よくわからないことがあると、頭痛で逃げてしまう癖がついてしまったようだ。
以前は、こんなことはなかったはずなのにと、軽く自己嫌悪してしまう。
「……まあ、いいか」
そう簡単に結論づけると、リアンは燭台をチラリと見て階段に向かう。
下の階からは、かすかな喧騒が聞こえてくる。
詰所の人たちが、きっと朝食を取りにきたのだろう。
美味しそうな、オニオンスープの匂いが漂ってくる。
下の階に降りると、食堂にエニルと詰所の隊員たちがいた。
テンガロンハットを被った隊員は、詰所のナンバー2で、ヘストンという人物だった。
昨日やけに、ローフェ神官へカースという不審者を、けしかけていた男だった。
そして、詰所の誰よりも印象に残っていた不審者カースも、食堂で床の拭き掃除をしていた。
詰所の隊員は朝になると、朝食の見返りとして教会の掃除を、手伝ってくれるのが慣例行事らしかった。
「みなさん、おはようございます」
リアンがまずは、エニルたちに挨拶した。
「やあ、おはよう迷子のリアンくん!」
「ベッドが変わっても、ぐっすり眠れたかな?」
ヘストンがテーブルの上で、銃の手入れをしながら挨拶してくれる。
エニルも飲んでいた飲み物を置き、リアンの挨拶に応えてくれた。
床掃除をしていたカースも上体を上げ、リアンに会釈をしてくる。
ローフェ神官が側にいなければ、カースという人もいたって普通の好青年な感じだった。
彼らに丁寧に挨拶をして、ぐっすり眠れたことをリアンは話す。
なるべく心配かけないように、健気に明るく振る舞う。
(なんだか僕、無理しててわざとらしいな……)
心の中では、そんなことを思うリアンだが、暗くしてても仕方ないという思いもあった。
一週間という期間限定だし、ここは波風を立てずに過ごしておきたかった。
そういった、大人的な配慮ができるリアン少年だった。
ちなみに……。
ローフェ神官と寝室が一緒だったことだけは、絶対にいわないほうがいいような気がして、口にしなかった。
さいわい、同室で寝ているということを、言及してくるようなこともなかったので、この話題は上手くかわせた感じだった。
「この朝食は、全部ローフェ神官が作ってくれるんですね」
リアンがテーブルの上に用意された、多めに作られた料理を見て尋ねた。
島に来て、いっさい姿を見かけていない鶏の卵料理ができあがっている。
エニルに尋ねると、刑務所で家畜を飼育していてそこに養鶏所もあるとのことだった。
卵はそこから調達するらしい。
「とても美味しそうですね。ローフェ神官、すごくお料理が上手で驚きました」
リアンが料理を見ながら、詰所の隊員たちにいう。
「ああ、彼女には本当に、世話になっているよ。食事に関しては、いっさいの不満がないからね」
ヘストンが、多めに作られたスープの入った鍋を、手入れ中の銃でコツコツたたいてリアンにいう。
「ところで、ローフェ神官はどちらに?」
リアンが、キッチンにいない彼女の居場所を尋ねる。
ローフェ神官は今、外の井戸にいることを教えてもらう。
そういえば昨日、キッチンの裏口から出たら、立派な井戸があった。
やけに精巧なロバの彫刻が象られた、かなり芸術性の高い井戸だった気がする。
ローフェ神官にも朝の挨拶をしようと思い、リアンは勝手口のドアノブに手をかけた。
ふと思いだして振り向き、リアンはエニルたちに質問してみる。
「みなさんは、夜中も警備しているんですね。ほんと、大変ですね?」
リアンが、漠然とした不安を悟られないように、明るく質問してみる。
「大事な仕事さ! だけど、我らがローフェ神官さまを、不安にさせるわけにはいかないからね」
エニルではなく、ヘストンがキザっぽい感じで答えてくる。
「おまえも、当然そういう気概で、見廻ってるんだろ?」
ヘストンが床掃除をしていたカースにいうと、彼はあの妙な笑顔をしてくる。
リアンはカースの笑顔に、なるべく反応しないようにして質問をつづける。
「ところで……。昨夜も、異変はなかったですか?」
リアンはなるべく、不安そうな口調にならないように、サラっと訊いてみた。
しかし頭の中は、昨夜ベランダで見た、毛むくじゃらの巨大なバケモノのことでいっぱいだった。
「まったく問題なかったよ」
エニルがサラリとそう答えた。
リアンは、戸惑いの感情を押し殺して納得したようにうなずく。
感情を表に出さないという特技が、ここでも活きる。
「脱走した連中も、ここの警備を知ってたろうからなぁ。ハハハ! 迂闊に近づけんだろうしな!」
ヘストンが、そういって豪快に笑う。
彼の腰のホルスターには、多すぎるぐらいの銃が装備されてる。
おそらく、彼は相当な銃愛好家なのだろう。
ずいぶん物騒な印象だが、この人も教会関係者なんだよなと、リアンは改めて意外に思う。
「昨夜も、話したことだけど。そもそも、刑務所周辺の警備は、ここ以上だからね。あそこを突破して、この教会に向かうことが、どれほど難しいか。あと、ここに向かう道は、限られてるってのも昨日話したよね」
エニルが、リアンを安心させるように話してくれる。
「到底ここまで、到達できるとは思えない。だから、少年もローフェ神官同様、安心していいよ!」
ヘストンが力強く、そうリアンに声をかけてくる。
「はい、わかりました。ローフェ神官も、まったく怖がっていないし。きっと、みなさんのこと信頼されてるんでしょうね」
リアンの言葉に、うれしそうなエニルとヘストン。
(何も、なかったのか……)
リアンはもう一度、昨夜ベランダで見た、巨大な毛むくじゃらのバケモノの姿を思いだす。
あれだけ巨大なバケモノだったのに、誰も姿を見ている人がいないということは、やはり夢だったのかな? とリアンは思ってしまう。
「ん? 何か、気になることでも、あったのかい?」
エニルが心配そうに訊いてくる。
「あ、いえ……。警備、ほんとお疲れ様でした」
リアンはエニルたちに、深く一礼する。
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