9話 「教会での悪夢」

 リアンは、自分が不思議な空間にいることに気がつく。

 どこかの屋根の上に、漂っているようだ……。

 上下の感覚がまるでなく、地面に足がついている気がしない。

 でも、足元は屋根……。

 そんな感じがするのだが、きっとこれは夢だから、どこでもいいやとリアンは思い直す。


 軽い目眩が起きると、リアンは教会の屋根の上にいた。

「教会の? どこの?」

 そう思ったのは、どこかで似たような建物を見たという記憶から判断した。

 リアンは、フラフラと屋根らしき場所を漂う。

 まるで実体がないような気持ち。

 誰かが話していた、幽霊にでもなった気分。

「誰が話してたんだっけ……。ま、いいか……」


 教会の屋根には、怪しげな文字がたくさん書き連ねられていた。

 ビッシリと書き連なる文字に狂気すら感じて、リアンの心に少し動揺が走る。

 何を書いているのかは、まるで理解できない。

 どこかで見たような気もするが、それは文字ではなく、ひょっとしたら絵なのかもしれない。

 赤い空には無数の目が浮かび、どこか一点を注目している。

 今まで不思議にも思っていなかったが、空には確かに無数の目があった。

 無意識にリアンは、その目を見ないことにしていた。


(注目されるのは嫌だ……)


 しかし、その無数の目は、最初からリアンなど無視してある一点を凝視している。


(だから、気にならなかったんだ!)


 リアンは、なんだか心強い気分になって、妙に浮かれてくる。

 空を埋め尽くす目が見つめる視線の先に、リアンも向かってみることにした。

 自分もあの目と、同じなんだろう。

 みんなと同じなら、怖くない。


 フラフラと屋根の端まで漂うと、赤い炎らしきモノが揺らめいて見える。


 赤々とした炎らしきモノは、ゆらゆらと燃え盛り、黒い文字となった煙が上空へ舞い上がる。

 煙の文字は、ありとあらゆる恨みつらみがほとんどだ。

 リアンにはハッキリ読み取れるわけではないが、そう確信する何かを感じたのだ。


(だって、そのほうがいいに決まってる)


 リアンはさらにうれしくなって、炎らしき赤い塊を眺める。

 その赤い塊の周りで、ひとりの神官らしき男が、狂ったように走り回っている。

 どうして神官と判別できたのかはわからないが、リアンには神官に思えたのだ。


 その神官らしき男は黒い。

 真っ黒だった。

 彼は狂ってるのではなく、よろこんでいるようにも見えたので、リアンは妙に羨ましい気持ちになる。

 黒い神官の表情は、まるでうかがい知れず、目鼻も確認できない。

 だが、彼が誰であろうとリアンにはどうでもいいので、判別する必要はなかった。


 黒い神官は、奇声を上げながら炎の回りで、わめき散らしているようだった。

 リアンはその愉しげな光景を、しばらく眺めていた。

 赤い炎らしき塊がひときわ大きくなっていくのがわかり、今にも狂った神官を飲み込みそうだったが、自分にはどうなろうが興味のないことだと思っていた。


 どうも黒い神官は、書籍らしきモノを焼き捨てているようだった。

 投げつけるような動作をすると、書物のようなモノが赤い塊に投入されて、さらなる黒煙を上げる。

 神官の顔は見えないはずだが、どこかで見たことがあるとリアンは感じる。

 でも気のせいかもしれない。

 奇声とも嬌声とも歓喜とも取れる大声を上げながら、赤い塊の前で熱狂している神官。


 すると、いきなり神官が屋根の上のリアンに気がつく。

 真っ黒な何もない顔が、こちらを見つめると同時に、神官の身体が赤い塊に包まれる。

 動じることもなく神官は、赤い塊に包まれながらひざまずき、リアンに向けて何かに祈っている。

 赤い塊と同化した神官から、黒い呪詛の黒煙が立ち上る。

 夢だから、神官が炎にまかれもがき苦しんでいるのを見ても、リアンは何も思わない。


(夢だから? 夢……?)


 すると、どこからともなく人々の爆笑が響き渡る。

 空に浮かんでいた無数の目が、口もないのにどういうわけだか笑っている。

 視線が、炎上する神官に集中している。


 赤い塊が、明確な炎となって視認できるようになっていたのは、いつからなのか?

 悲鳴とともに神官が炎に包まれ、地面をのたうち回る。

 拍手と歓声が辺り一面を包み込み、やがて神官の身体は焼け落ち灰になる。

 同じく拍手していたリアンは、ここで初めて「気持ち悪いなぁ」と思った。

 そして、自分が涙を流していることに気がつく。


 そこでリアンは目を覚ました。

 現実に戻った瞬間、ソファーから落ちそうになるのをリアンはなんとかこらえる。

 そして、寝る時にはなかったはずのシーツに、自分がくるまっているのを確認する。

「……ローフェ神官が、かけてくれたのかな?」

 そんな予想を、リアンは口にしてみる。

 時計の針は、朝の六時前を指していた。

 ローフェ神官の姿はすでにベッドにはなく、窓を見ると昨夜の雨も上がっていた。

「なんか……。嫌な夢を見たような気がするなぁ……」

 リアンは立ち上がると、軽い目眩を感じてもう一度ソファーに腰かける。


「この島に来たこと自体、全部夢だったら、良かったんだけどな……」

 座り込んだまま、リアンは目頭を押さえ頭を軽く触ってみる。

 連行する際に、「あの刺青男」から殴られた痛みがまだ頭部には残っていた。

 脇にあったシーツを簡単に折りたたむと、リアンは立ち上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る