16話 「慈悲無き襲撃」 前編
残酷な描写があります。苦手な方は気をつけてください。
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スパスがまた、スフリックの神に祈っていた。
お香を炊き、薄暗い部屋中に、甘い匂いが充満する。
アモスはお香の匂いが、どうも苦手だった。
スパスの部屋に、「見えない術」を使いアモスが侵入していた。
テーブルの上に、アモスはタバコを見つける。
ジャルダンで好んで吸っていた、赤い箱のタバコだった。
アモスはそれを二箱くすねる。
アモスはスパスの部屋に侵入する際に、いろいろ下準備をしていた。
まず、目についた船員に片っ端から術をかけ、船内の人間にほぼ認識されない状況を作っていた。
それから遅れて、ズネミンの船長室に出掛けた。
リアンやズネミンからも、認識されないように術を施した。
今のアモスは、ズネミン号のすべての人間の認識から消えている状態だった。
スパスの神への祈りが終了したようだった。
スパスは祭壇にあった、家族写真の印刷された絵葉書をまず手に取る。
そして、次に鍵束を手にした。
アモスが操舵室からくすねたのと、同じような感じの鍵束だった。
なんだ、この部屋にもスペアがあったのかよ、とアモスが残念がる。
カギが消えて狼狽しているのを、アモスは期待していたのだ。
さらに、スパスは銃を取りだし、弾倉を確認する。
銃の扱いはそれなりにできる、とアモスは判断した。
やはりスパスは、ただの遺跡屋ではないのだろうと思った。
奥の扉を開け、そこを出ると少し伸びた廊下があった。
足音がふたつ聞こえて、振り返るスパスの後ろには、さっそくくすねたタバコを吸ってるアモスがいたのだが、彼はまったく気づきもしない。
気のせいかと思い、スパスは前を向いて歩きだす。
廊下奥にさらに扉がありそれを開けると、空気圧で風が吹き込んでくる。
アモスは、くわえていたタバコを吹き飛ばされてしまい、スパスへの怒りゲージがひとつ上がる。
扉を出るとすぐに階段があり、船倉全体の照明を点けたスパスが、足音を響かせながら鉄製の階段を下る。
アモスは、スパスをすぐに追わず、船倉に広がる光景に圧巻されていた。
怪しげな箱が大量にあり、見たこともない言語のデープが、箱にはベタベタ張られている。
白い紙は積み荷の詳細らしいが、残念なことにスフリック語で書かれていて、アモスには内容がまったくわからない。
荷物の拘束具合を、スパスはまずは気にしている様子だった。
しかし、クルツニーデの結束技術はなかなかレベルが高いらしく、たわんでいるのもなければ、荷崩れのおそれも皆無だった。
「よしっ!」といって、荷物をチェックする、スパスの声が船倉に響く。
スパスはそのまま、船首付近まで一直線に歩いていく。
そして、シートの被った荷物を見て、納得したようにうなずく。
「なんなのかしら? あれは?」
アモスが疑問に思ったと同時に、スパスはシートを外す。
シートの下から出てきたのは、一隻のボートだった。
ミアド技術仕様の高速ボートらしく、ミアドマークが分かりやすくペイントされている。
ミアドというのは、クルツニーデが開発した、ニカ研のニカイド技術のような新技術の名称だ。
「ミアド船……、どういうつもりなのかしら。フフフ、実に興味深い行動じゃない。何する気、吸血鬼さん?」
アモスは、ここ数日で容姿が、死霊から吸血鬼にまた戻っていたスパスを見つめ、不敵に笑う。
「それにしても、ヤツの動き妙ね、あのボートでまさか脱出する気?」
スパスはエンジンのチェックをしている。
そして、ハシゴを登り船内に乗り込む。
アモスもスパスのあとを追い、船内に入る。
船内は狭めだが、食料や海図、救命道着、発煙筒がきちんと完備されていた。
アモスは無言でスパスの様子を見ているが、すでに利き腕にはナイフが握られていた。
「よしっ! これでいいな! 彼の乗るスペースも確保できる。なんとか、彼だけでも一緒につれていってやりたいからな……」
スパスは小声で、そんなことをいう。
ここでいう彼とは、リアンのことだった。
スパスはまだ若く、自分の息子と同名のリアンだけでも、一緒につれだしたかったのだ。
しかし、小声すぎてその言葉はアモスには届かなかった。
スパスはボートの船首付近から飛び降りる。
そして、船首付近の操縦盤を見つけて手に取る。
操縦盤を操作すると、船尾部分が開閉する。
荒波が目の前に現れる。
スパスはそれを確認すると、ボートの底にあらかじめ用意していた、牽引用のタイヤの車留を外す。
そして、ひとりで渾身の力を振り絞って、ボートを船尾付近まで引っ張るのだ。
アモスはボートの上から、スパスの一連の行為を黙って見ていたが、その目は凶気に満ちて、口元は邪悪に歪んでいた。
そんなアモスの手元には、スパスが船内に忘れてきた絵葉書があった。
絵葉書には、幸せそうなスパス一家が写っていた。
その絵葉書を、ニヤニヤとしながら眺めるアモス。
なんとか、いい位置までボートを引っ張ったスパスが、再度車留をタイヤに噛ませて停車させる。
そしてもう一度、操縦盤を操作してハッチを閉める。
いつでも脱出完了といった感じだ。
「よし、急な展開で悪いが、彼を引っ張り込んで同船させるか。仲間と離れるのは嫌だろうが、彼一人が限界だ、無理をいってでもつれてこないとな。最悪、これで脅してでも」
スパスが懐から、リボルバーの銃を出してくる。
そして、リアンを強引に引きずってくるために、船倉を出ようとする。
その時、スパスは懐に入れていたはずの、大事な家族の絵葉書がないことに気がつき激しく狼狽する。
ボート付近を探すが見つからない、地面にも落ちていない。
じゃあと思い、ボートの中を捜索するために再びハシゴに手をかける。
ボートに乗り込み船内を探すと絵葉書は、食料庫の上にちょこんと置いてあった。
安心したスパスがそれを手にしようとしたら、ポケットから飴玉がコロリと転がり落ちる。
それは、リアンから貰った飴玉の残りだった。
絵葉書より先に、スパスは飴玉を拾う。
その時、スパスは気づいていなかったが、目の前に、アモスの白い脚があったのだ……。
アモスは、飴玉を手にしたスパスの手を、力いっぱい踏みつける。
グキリッという不快な音が船倉に響き渡り、飴玉がはじけ飛ぶ。
さらにスパスの屈んだ顔面に、アモスの膝がクリーンヒットして、スパスは後方に吹っ飛ぶ。
スパスの鼻の骨が折れ、歯が吹き飛び顔中血塗れになる。
何事が起きたかわからないスパスだったが、すぐに激痛が襲いかかり、その場で転げ回る。
その際、懐の銃が落ち、アモスの足元に滑り込んだ。
「はぁはぁ、一体何が……」
スパスが血にまみれた顔を押さえ、なんとか上半身を起こして前方を見る。
そして、ギョッとするスパス。
目の前には、自分のリボルバーを奪って銃口を向ける女がひとり、こちらをニヤニヤとした笑顔で見下していたのだ。
「あんたは、た、確かアモスさん?」
激痛の走る鼻を手で押さえながら、スパスがアモスの姿を見つけて狼狽する。
「な~にが、アモスさんだ。いつもはクソ女っていってるくせによ、ああ?」
銃口を向けたまま、アモスは一歩こちらに進んでくる。
アモスの殺気にまみれた凶相を見て、スパスは恐怖を感じる。
「ま、待ってくれ、一体、な、何故こんなことを。うぐぐ……」
顔と手首の痛みに苦悶しながら、スパスが前のめりに倒れこむ。
「訊きたいことは、こっちのが山程あるわ」
ニヤニヤしながら、アモスがうめくスパスに吐き捨てる。
「その大前提として、まず知っておきなさい、そして絶望でもするといいわ。あたしは、あんたが大嫌い、だから、最初から生かす気なんてこれっぽっちもないから」
アモスの言葉に絶句するスパス。
「今夜、あんたはあたしに殺されて、確実に死ぬわ、フフフ」
「そ、そんな理不尽な……」
「理不尽はあたしの持ち味なのよ、個性と思って受け入れることね」
アモスがサラリといってのける。
「でね、どうせ死ぬなら、苦しくないほうがいいでしょ? そうそう、本題をいっておかなきゃね。いろいろ質問があるわけよ、あんたのやってることにさ。それを正直に全部答えたら、楽にあの世に送ってあげる、フフフ」
アモスの言葉に、スパスは息を荒げて痛みをこらえる。
「返答如何によっては、容赦なく傷めつけられて苦しさが長引くだけ。そんなの嫌でしょ? あたしは全然平気で、そっちのが楽しみなんだけどね」
そういって、アモスは持っていたナイフを近くにドンと突き立てる。
「じゃあそうね、まずは、質問其のいち~!」
アモスが楽しげに声を張り上げる。
「ここの積み荷はなんだ? まずはそれから教えなさい、五秒以内ね」
アモスはそういうや、リボルバーの撃鉄をカチリと起こす。
「こ、これは……」
スパスが答えに窮して、黙りこくる。
すると、パンッ! という銃声とともに、スパスの右膝に、銃弾が撃ち込まれた。
「ぎゃあああああああっ!」
悲鳴を上げてのたうつスパス。
「五秒っていったろ、話し聞いてないのかボケ? あたしは短気なの、我慢できないのよね、待たされるってことに……」
アモスが凶悪な顔でそういい放つ。
「もう一回同じ質問よ、次は反対側がいいかしらね? 積み荷はなあに? 教えてね?」
やけに明るい声で、銃口を左膝に向けてアモスがいう。
「グノーゼルだ!」
スパスが必死にそう叫んだ。
「グノー? ゼル? 何だそりゃ?」
アモスは初めて聞く単語だった。
「失敗したクルツニーデの製品で、有害な物質なんだよ!」
「有害物質!? まさか廃ニカイドみたいなもんか?」
スパスの答えを聞き、アモスはジャルダンの赤倉庫にあった、赤い宝石類をすぐに思いだした。
「は、廃ニカイド?」
スパスが、よくわからないようで訊き返す。
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