15話 「バニラのオルゴール」 後編

「あんたなら知らないかい? セイル・パジェンってクソガキを?」

 ズネミンがアモスに尋ねる。

「セイル・パジェン?」

 アモスは首をかしげる

 その反応を見て、ズネミンが考え込む。

 クルツニーデに在籍していて、セイルという男の評判を知らない人間なんて、いないのが普通なのだ。

 その時、バークがズネミンの袖を引っ張る。

「船長、この画集を見てみたいんだが、いいかな?」

 バークが指差したのは、宗教画を紹介する画集だった。

 書架の中でひときわ大きな版があり、目立っていたのだ。


「おお、そういや、あんた意外や意外、オールズ関係者だったっけ?」

 ズネミンが、バークが教会に属する人間だったことを、意外そうに思いだす。

「ハハハ、通信機とにらめっこな毎日だったからな、自分でも時々出自を忘れそうになるぐらいさ。うほぉ、これはすごく貴重な画集だなぁ。聖ベーレ主教が、歴訪した情景をスケッチしたのかぁ」

 バークが画集を開くと同時に、ズネミンに小声で話しかける。

「なっ?」

 バークがズネミンに耳打ちする。

「何が、なっ? だよ?」と、バークの問いかけが、さっぱりなズネミン。

「クルツニーデなのに、セイル・パジェンを知らないなんて、モグリもいいとこだろ?」

 バークのささやきに、ズネミンが確かにいわれてみればそうだと思う。


 セイル・パジェンは、冒険者としても一流で、その遺跡発見の功績は相当高い。

 しかも、セイルのクルツニーデでの悪評は、金にガメついという一点に尽きるのだ。

 それを心良く思わない人間が、クルツニーデにいないなんて、普通なら考えられない。

 アモスがクルツニーデというのは、ハッタリの可能性が高いということだった。


「危うく、藪蛇突つくところだったかもしれないんだぜ。あの女は、本気でヤバイから、いってることも、どこまで本気か……」

 ここまでいって、バークが一点を見つめて黙る。

「ん? どうし……」

 次いで、ズネミンまで放心したようになる。

「あれ? 何の話しだっけ?」

 バークとズネミンが、急に意識を取り戻したようになるが、ちょっと前の記憶が飛んでいるような感じだ。

「その画集がいい、とかいってたんじゃないのか?」

 そういうアートンの隣には、怪しい目つきのアモスが立っていた。


「そろそろリアンくんも帰ってくる頃だろうし、あんたたちはしばらく、あたしのことは忘れてな。フフフ、あと、あんまり詮索はしないほうが身のためよ、バーク。クルツニーデの件、カマかけてきたのかしらね? ヤダヤダ、命知らずなことで……」

 アモスが、バークとズネミンにニヤリと笑いかける。

「でもまあ、あんたらはまだまだ、仲間として認めてあげるわ。クルーズ船で、どっちか食おうとしてた件は、ここだけの秘密よ、フフフ」

 アモスは、ニヤリと悪そうな顔で口角を上げる。

「さてと、じゃあ、次は……」

 アモスは、部屋をぐるりと見渡す。

 そして、ヨーベルを発見してそっちに歩く。

 ちなみに、もうアモスの「見えない能力」は発動しており、バーク、アートン、ズネミンの三人は、彼女を認識できなくなっていた。


「うわっ、引くわ、何してんのあの娘?」

 ヨーベルは、ズネミンの黒檀のテーブルにある、白い箱の匂いをクンクンと犬のように嗅いでいた。

「アモスちゃん、すごいですよ、このオルゴール! 細工も綺麗ですけど、曲がね変なんです。あと匂いがバニラなんで……す……」

 白いオルゴールを見せてきたヨーベルだが、すぐにアモスの術にかかってしまい、彼女が見えなくなる。

 アモスを目の前にして、ヨーベルはキョロキョロと周りを見回す。

 これで船長室の四人は、全員が一時的にアモスの姿を認識できなくなってしまった。

「少しの間よ、訊きたいこと訊いてくる間のね」

 アモスがそういい、ドアに向かって歩いていく。

 バークたちは宗教画で盛り上がっており、そこにヨーベルがオルゴールを持って駆けていく。

「ズネミン船長~。これってなんですか~」


 コンコンとノックの音がしたので、アモスがドアを開けると、そこにはリアンとスイトが料理をキャリアーで運んできていた。

 そして、わずかな時間アモスの視線を受けたふたりは、彼女を無視して部屋に入ってくる。

「みなさん、お待たせしました~」

 リアンがいい、食事のいい匂いが部屋中に広がる。

 リアンとスイトの後ろ姿を見て、若干寂しい思いもするアモスだが、本来ひとりでいることに慣れている孤独気質の強い女性だ。

 ジャルダンでも三ヶ月もの間、ずっとひとりでいたほど、彼女は孤独に耐性があったのだ。

 しかし……。


 楽しげにしているリアンやヨーベルを見ていると、どうしても寂しい気持ちになってくる。

 

(この理不尽な寂しさも、少しの間だけよ。さぁ、待っていなさい、いろいろ訊かせてもらいにいくからね)


 アモスはポーチから隠していた鍵束を出すと、廊下を歩いてトイレの先のスパスのこもり部屋へと足を向ける。

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