4話 「報告」 後編
「連中は、必ず犯行前に予兆があるからね。だから、不安ではあるだろうけど、市民レベルではそれほど脅威ではない連中なのかもしれないよ。きみたちの帰路にも、それほど影響があるとは思えない」
チルが、ややハッキリとした口調で宣言してくれる。
「それにだよ!」と、柄になく興奮したように、チルはバンと机をたたく。
「連中ひと月ほど前に、アムネークでテロ未遂を起こして、そこで多くの構成員が殺害されたんだよ」
チルの言葉に、バークとアートンの表情が明るくなる。
「構成員の実行グループや、爆弾の製造技術を担う連中の大半がそこで一気にだよ。逃亡している残党の多くは、組織の首魁連中ばかりらしいよ。元貴族という権威だけしか持たない、ほとんど無力といっていいゴミばかりだよ。逃亡後どこに潜伏しているかは、まだ捜査中らしいが、実行犯を失ったコエンドバンは、ほぼ壊滅したと思ってもいいかもしれないよ」
チルは興奮して、うれしそうに報告してくれる。
「その情報は、初めて知ったよ。コエンドバンが壊滅したなんて初耳だよ。厄介なテロ集団が消えてなくなったのなら、平和にとってもいいことだ」
バークが顔をほころばせてよろこぶ。
「最近公表されたんだよ。実は僕も知らなかったんだ。ずっと公表を伏せられていたみたいだよ」
「公開したってことは、何かしらの進展があったのかもしれないな」
アートンが予想を口にする。
「そうだね、公安がどういう意図で公にしたのか、までは僕にはわからないけどね。でも、コエンドバンの脅威は去ったと思っていいよ」
「なるほどそうなのか……」
バークがそういったあと考え込む。
バークは、新しい不安を想像していた。
テロの実行犯たちが殲滅されても、テロの首脳部は健在なのだ。
また違った形のテロを、仕掛けてくる可能性がないともいえないのだ。
「マイルトロンの治安に関しては、落ち着いてきたとはいえ、国民の民度的な部分でかなり問題が多くてね。偏見に満ちたいいかたかもしれないんだけど……。人が住む場所のほとんどが、スラムだと警戒していたほうがいいかもね。同行者に女性と子供がいるんだったよね?」
チルが同行人の、リアンたちのことをいってくる。
「ああ、そうだよ」アートンが応える。
「今以上に、その子たちを守る努力が、必要になると思うよ」
「その辺りは覚悟しているよ。無事彼らをエンドールまで送り届ける。これは俺たちふたりの目的だよ」
アートンが目をキラキラさせて、そう決意を込めた視線をチルに向ける。
「そうかぁ、その決意があれば安心だね。僕も可能な限り協力を惜しまないよ」
「ところで……」とチルが声のトーンを変えて訊いてくる。
「同行をする仲間たちが、どういった人なのか非常に気になってはいるんだが、商売上のつきあい以上の人たちみたいだね。今から会えるのを楽しみにしているよ。別にやんごとなき、秘密がある存在ってわけではないんだろ?」
「ちょっと訳ありって感じの、連中なんだけどね」
チルの質問に、バークが言葉を濁していう。
「ほう! どういった感じですか?」
チルが興味を持ってくる。
「まあ、俺も彼らの素性が、よくわからないだよね」
バークが半笑いの表情で考えこむ。
「へぇ! ますます興味が出てきた!」
チルが興味深そうな表情をする。
これからしばらく、他愛のない話しをして時間を過ごす。
別れ際、旅の連れに会うことを楽しみにしていると、チルがいってくれた。
「チルに頼って良かっただろ?」と、アートンがバークに尋ねる。
バークは力強くそれを肯定した。
アートンが窓の外を見ると、エンドールの兵士がいる。
どこかで会ったような、がたいのいいグラサンを掛けた軍人たちを見つける。
「あの屈強そうな兵士たちは、お前の部下なのか?」
アートンがチルに質問をする。
「ああ、そうだよ。僕たちの隊は、あそこのアパート近辺に集まって宿泊してるんだ」
チルが窓の外に見える、縦に高いアパートを指差す。
「なんか、いかつそうな連中だが、お前よくあんなのの上官としてやってこれたな」
「その辺は特に問題はなかったよ。軍人としては、彼らのほうが優秀だからね。僕が士官学校を出たってだけの、無能な上官ってのは自覚している。現場を知らないキャリアがしゃしゃり出たって、何もいいことはないからね。彼らの行動を最大限に尊重して、僕は責任者として問題があったら、糾弾される立場になればいいだろうってね」
チルがやや真剣な表情をしていう。
「そんな考えで、今までやってきたよ。それがここまで上手くいったのは、彼らのおかげだし、あと単純に奇跡的だったのかもしれないけどね」
「なあ、もし時間があるようなら、少し酒でも飲まないか?」
バークがチルを誘う。
「あそこにちょうどいい飲み屋があるし、今後のこととか話してみるのも良くないかい。たぶんリアンたちは、ミアリーちゃんのところで楽しんでいるだろうし」
窓の外に見えるバーを、指差してバークがいう。
開店準備をしているマスターらしき人物が、看板を表に用意しているのが見えた。
「俺は酒は飲めないけど、今夜はつきあうよ。どうだい? クレッグも」
「そうだね、せっかくの誘いだしご一緒しようか」
チルが誘いを快諾する。
「ところでおまえ、酒飲めたっけ?」
「童顔ってのはほんと面倒だよ。いろいろ誤解を受けちゃうからね」
チルが眉間に皺をよせて、不本意そうにつぶやく。
「す、すまない。そういうつもりでいったわけじゃないんだよ」
慌ててアートンが弁明をする。
「いや、僕もそんなつもりじゃないよ。ちょっと誤解されていたことが、つづいていたものでね」
チルが苦笑いをしながらいう。
「まだ引き継ぎ作業の書類が途中なので、それが終ったら合流させてもらうよ。たぶん一時間もあれば終わるような感じだよ」
「了解だ、先にあの店で待っているよ」
アートンが窓から見える酒場を指差す。
「じゃあ、すぐ片づけて合流させてもらうから」
「ああ、待っているよ」とバークがいう。
一足先に、チルが喫茶店から退出する。
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