2話 「ポーラー親子」

 ポーラーはつま先をイライラと、せわしなく動かしている。

 クルツニーデの管理する遺跡に、ポーラーたちキタカイの職員たちが集まっていた。

 彼らの表情は硬く、遺跡で何かがあったような喧噪ぶりだった。

「侵入者は見つかったか?」というポーラーの声は不快そうだった。

「いえ……」と、申し訳なさそうな部下たちが頭を下げる。

 怒り狂ったポーラーが、恐ろしいということを知っている部下たちは、おしなべて平身低頭でポーラーの怒りの矛先をかわそうとする。


「しっかりしろ! お前らの怠慢が今の状況を作りだしたんだぞ! 夜中に侵入されている! 夜の警備はどうなっていたんだ!」

 怒り心頭のポーラーがさらに声を荒げる。

 頭を下げて謝るしかできない部下たち。

 その足下には、食べかけの食料やアルコールの瓶が転がっている。

「何? どうしたの? 何があったのかしら?」

 そこにレンロがやってきて、クルツニーデの職員に訊く。

「どうもここのところ、遺跡に侵入者がいるらしく……」

 職員が困惑したようにレンロに教える。


「侵入者?」と、レンロが首をひねる。

「興味本位で、遺跡に侵入してこようとしていたバカは、今までもいたのですが……。今回は、かなり踏み込んできたようで」

 足下に散らかっているゴミを指差しながら、職員がレンロにいう。

「何か盗られたのかしら?」

「いえ、さすがにそれはなかったのですが。ですが確実に侵入された形跡が、このようにあるのですよ」

 職員が、散らかっている食べさしのゴミを拾い上げる。


「わたしが思うに、クルツニーデは人手不足だと思いますわ。前から思っていたけど、もっと人を雇うとかできないのかしら?」

「それに関しては、なかなか難しく……」

 レンロの提案に、困惑したようにいう職員。

「ポーラーさんが、中央と確執があるってことは知っていますわ。ですけど、いつまでも意地を張っていますと、よろしくない展開になるかもしれませんわよ」

「はあ……」と、ため息交じりにいう職員の顔は曇ったままだ。


「でも、こんなこと貴方にいっても無駄でしょうね。わたしも、彼に何度も申し上げていますのに。一向に改善しようとしませんものね」

 そういってレンロは笑う。

 その笑いを受けて、やりきれないといった表情の職員。

 実はレンロにとって、ポーラーの本部から孤立した境遇が、接触しやすい理由にもなっていたのだった。

 ある程度権力を持ち、本部と隔絶された立場の要人として、レンロは彼を選び近づいたのだ。

 そしてポーラーは、未だレンロがライバル会社の、ニカ研の人間であることに気づいていない。


「あら? 今日はお父様まで、来られたようですわ」

 レンロが入り口付近に目をやると、ひとりの老人が現れているのを見つける。

 老人は杖をつきながら、職員たちの誘導を受けてこちらに向かってくる。

「お父様、お久しぶりです」

 レンロが老人に挨拶する。

「おおっ! レンロくん! あいかわらずお美しいな!」

 杖をついた老人がレンロに大きな声で挨拶する。耳が遠くなっているようで、老人の声はかなり大きい。

「お父様、先日体調を崩されたそうで、今は大丈夫なのですか?」

 レンロの質問に「問題ないよ」と老人は元気にいう。

「ピンピンしておるよ! 復活したティチュウジョ遺跡をこの目で見るまでは、死んでも死にきれんよ!」

「で、今日はどうされたのですか? 何かお急ぎのようですが」

 レンロが柔らかい口調で老人に尋ねる。


 この老人の名前は、エグリフ・ポーラーという。

 クルツニーデキタカイ地区の現支部長のパドル・ポーラーの父親で、齢八十五歳になるという人物だった。

 先代のクルツニーデキタカイ支部長でもある彼は、一生涯をティチュウジョ遺跡に捧げた研究者として知られていた。

 腰は曲がり、足腰も弱まっているというのに、遺跡にかける情熱だけで生きているような人物だった。


「レンロくん、きみからもパドルを説得してくれないか?」

 エグリフ老人が、大きい声でレンロにいってくる。

「あら? 何をでしょうか?」

 レンロは軽くとぼけてみせる。

「決まっておろう! ティチュウジョだよ! いい加減あそこを見せてくれ。もうすでに準備は整ったのであろう! わしもこの歳と身体だよ。せめて生きている間に、あそこを見てみたいんだよ!」

 エグリフ老人が、地団駄を踏むようにいう。


「お父様、そのお気持ちよくわかりますわ。ですが、もう少しお待ちください。まだまだお元気なようですし、そんなにお急ぎにならなくても大丈夫でしょ? 今はまだあの海での戦いが、どうなるのか状況が見えないのですよ」

 レンロが、エグリフ老人を諭すようにいう。

「戦がはじまれば、さらに時間がかかるであろう。それにだ。あれが浮上すれば、此度の不毛な戦いも回避できるかもしれ……」

 ゴホゴホ! と老人は急に咳き込む。

 エグリフ老人の丸まった背中を、レンロが優しくさすってあげる。

「ほらほら、ご無理をなさらずに」


「父上、また来られたのですか、今は療養すべき時です。早く病院にお戻りになってください」

 息子のポーラーが現れ、父親に向けて声をかける。

「誰か父上を送り届けてくれ!」

 迷惑そうなポーラーが父親を、遺跡から追いだそうとする。

「パドル! もう準備が整っているのは、わしも知っておるのだぞ。何を待っておるのだ」

 そういってまたゴホゴホと咳をして、老人の丸い背中がさらに丸くなる。


 ポーラーの父親が、車で療養している病院に送られる。

 それを眺めながら、息子のポーラーが溜め息をつく。

「あなたが、何をいいたいのかは、よくわかりますわ」

 レンロが、ポーラーの視線に気づいて笑う。

 レンロの冷笑を見て、ポーラーは下半身が熱くなる感覚に捕らわれる。

「やはり、まだダメなのですね」

 レンロの魅力に抗うとともに、ポーラーが残念そうにいう。

「ええ、当然です。今わたしも上を説得して、例の遺跡への調査の人員を用意してもらっていますの。わたしのほうも、簡単にはいかない人間関係が存在していますのよ」

 クスクス笑いながら、レンロがいう。


「あなたを、信じていないわけではないですが……」

 不安そうな表情で声を出す、強面で知られるポーラー。

 部下たちが、そんな上司の姿を見てやや困惑している。

「大丈夫ですわよ。あの遺跡の調査を、二代に渡って調査していたポーラー親子の功績は、世間の知ることですわ。わたしたちがその手柄を横取りしても、悪印象しか残りませんわ。だからご安心なさってください。調査する際には人手も多いほうがよろしいでしょ? ただでさえ人手が足りていませんのに」

 安心させるようにいうレンロだが、何故か半笑いの表情でいう。


 遺跡への侵入者による被害を、クルツニーデたちが確認している。

「遺跡への、直接的な被害がないのが幸いです」

「幸いなことあるものか! 部外者が土足で入り込んでいるんだ! 何をいっている!」

 ポーラーが、報告してきた部下に激怒して声を荒げる。

「具体的に侵入者さんは、何をしているのかしら?」

 レンロが訊いてみる。


「まったくわからないのです。ただ敷地に侵入してきている、というぐらいで」

「向こうの遺跡本体に、侵入しているわけでもなく?」

「はい、遺跡には入った形跡がないのですよ」

 職員から聞いた情報を頭の中で反芻し、レンロは散らばっているゴミを眺める。

「これは?」

 レンロが、地面に散乱しているいるゴミを指差す。

「どうやら賊は、敷地内で飲み食いをしていたようで……」

「頭のいかれた観光客が、物味遊山で来たのかしらね?」

 フフフと笑うレンロ。

「レンロくん、笑い事ではないよ」

 ポーラーが嫌な顔をするが、それでもレンロは笑顔を崩さない。


「侵入者がどういうつもりで、こういった行為をしているのかは知らんが、いずれにせよ我等に対する挑発行為に違いない。今以上に厳重な警備体勢を敷くようにしろ!」

 ポーラーが怒鳴り、そう厳命する。

「しかし、人手が……」部下たちが困惑の表情を浮かべていう。

「賊の挑発には屈しない! いいな!」

 ポーラーがさらに怒鳴る。


 レンロが、クルツニーデの事務所を出ようとする。

 停めてあった車の側の、新聞販売店の記事を読む。

「もう少しでエンドールの艦隊が、やってくるようね。あと三日ほどかしら。いい加減、早く来て欲しいわ。ポーラーもしつこいし、さすがにウンザリだわ」

 愚痴るレンロの側に、ひとりの男がやってくる。

「あの~、すみません」

 後ろから、レンロは声をかけられる。

 振り返り、レンロは驚く。

「あ、あなたは……」レンロは絶句する。

「え? 覚えておられますか、光栄です。チル中尉ともうします。」

 レンロは、いきなり敬礼されて戸惑う。

 目の前には、以前出会った学生と思い込んでいた男が立っていた。

 今日の男は軍服を着て、見た目完全に軍人になっている。


「今日はポーラー博士、いらっしゃいますでしょうか? ここのところお忙しいようで、なかなかお会いすることができなかったのですよ。この本をお返ししようと思いまして」

 チルは、ポーラーから借りた本を見せてくる。

「は、博士なら、事務所にいますわ……」

 レンロが、うつろにそう答える。

「おお、そうですか! では、立ち入りのほう大丈夫でしょうか? 直接お返ししようかと思います」

 チルは笑顔になると、深々と敬礼をする。


「ねえ、あなた!」

「はい?」と、レンロの鋭い言葉に、チルがぼんやりと答える。

「エンドールの士官だったの?」

「はい、以前はなかなか正直に申し上げられなくて。なにぶんこの服装でない限り、信じてくださる人がいないもので。黙っていて申し訳ありませんでした」

 チルが苦笑いしながら謝罪する。

「が、学生さんだと思っていましたわ……」

 レンロも苦笑いする。

「本当によく間違えられるもので」

「ポーラー博士は知っているの?」

「博士は、もちろんご存知ですよ」

 チルがそう教えてくれる。


 事務所に向かって歩く、チルの後ろ姿をレンロが眺める。

 その表情は、どこか焦りを見せている。

「どういうことよ……。あいつがエンドールの士官だったなんて……。そういえば、あいつにこの前、余計なことをいったような……」

 レンロはチルの後ろ姿を、にらみつけるように見つめていた。

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