4話 「貨物船ズネミン号」 其の四

「スパスさま、もしかして……。うちの船員が、何か不興を買うようなことしたでしょうか? なるべく気を使っているのですが、荒くれの低学歴ばかりなもので、失礼があったとしたら申し訳ありません……。あと、港を出てそろそろいい時間が経ちます、一度積み荷の拘束具のチェックなどしたほうが、いいかもしれませんよ?」

 スイトは諦めることなく、最後まで紳士的に対応してみるが……。

「ええいっ! だから、余計なお世話だといっておろう! 今は、この仕事が無事終わるまで、何も考えていたくないんだよ! 放っておけといっておるだろ!」

 駄々っ子のようにそう大声でいい放つと、スパスは灰皿そばのアモスを無視して、奥に消えていく。

 ややあって、カツンカツーンと階段を降る足音が聞こえる。

 奥には「船倉」という看板が、「立ち入り禁止!」の警告文とともに掲げられていた。


 (あれ? アモスも、いるよね?)


 話し合いというか、怒鳴り合いを通路の影から見ていたリアンは不思議に思う。

 スパスだけでなく、スイトもアモスを無視してトイレ前から消えるのだ。

 まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように……。

 リアンは通路の角で、今見た不思議な光景を首をかしげて考えていた。

 すると、リアンの首筋にふっと息が吹きかけられる。

 びっくりしたリアンが振り返ると、そこにはタバコを手にしたアモスがいた。

「盗み聞きする悪い子はぁ、えっちな悪戯しちゃうぞ~」

 アモスがニヤニヤしながら立っていた。

 あっ、えっ、と言葉にならない声を上げるリアン。

「で、リアンくん、さっきの罵り合い、どこまで聞いてた?」


 リアンは、救助されたことを、ズネミン号が黙っていることを話した。

 しかも、スパスがそれを命令してて、スイトたちもお金のために黙っているということも。

「いったい、どういうつもりなのかしらね? どうして、あたしたちを救助したことを、本国に連絡することを嫌がるのかしらね。本国に救助したのを連絡することって、そんなに都合の悪いことなのかしらね? いったい、どういった理由で、あのスパスってヤツ、箝口令を強いてるのかしら? 気になるわねぇ」

 アモスが腕を組んでいう。

「でも、スイトのオッサンのいった言葉で、だいたいわかるわよね。この船は“ 秘密裏 ”で航海してるって。つまり、早い話がこの船、密航船ってことよね?」

 アモスが、ニヤニヤしながら楽しそうにいう。


「退屈な航海になると思ってたけど、いろんな面白そうな謎があるんだもん」

「で、でも、もし変なことして、この船に迷惑かけちゃ悪いよ」

 何か良からぬことを企んでいそうなアモスに、リアンが注意を促す。

「理由は謎だけど、お金のためにしてるんだったら、依頼主を怒らせて命の恩人の、ズネミン号の人たちに迷惑かけるのは悪いし……。あまり深く関わらないほうがいいと思うよ。ねぇ、余計なお世話になるようなことは控えておこう?」

「でも、ひょっとしたら、見て見ぬ振りして、巨悪の片棒担いでるかもしれないわよ?」

 返す刀でアモスがそういってきた。

 リアンは、その言葉に絶句してしまう。


 確かに、もしスパスの積み荷がヤバい代物だった場合のことを考えると。

 気弱で優しすぎる性格のリアンの心に、プレッシャーが重くのしかかる。

 その重圧を、リアンはすぐに首を振って追い払う。

「きょ、巨悪の片棒を担ぐなんてのは、ないと思うよ……。だって、クルツニーデはただの、遺跡保存に特化した学術団体だよ? ひょっとしたら、何かすごい発見して、それをまだ知られたくない、だけかもしれないかもしれないし……」

 リアンはその場でウロウロしながら、奥に見える船倉のかけ看板を眺める。


「フフフ、善人の塊のリアンくんには、そういう風に好意的に見えちゃうんだ、面白~い。でもね、あたしみたいな心に闇を持つイイ女は、何か裏があるんじゃって勘ぐっちゃうの」

「アモスはそう思うかもしれないけど、ズネミン号の人たちにまで迷惑かけるのは良くないよ……。なるべく余計なことをするのは控えようよ。そうだっ! ねぇ、こういうのはどうですか?」

 ここでリアンが、ある考えを思いつく。

「ズネミン船長やスイトさん、他の船員さんとお話しいろいろしてみて、本当に悪いことを考えてる人なのか検証してみるとか」

「じゃあ、悪いヤツだったら、何してもいいの?」

「どうして、そこまで飛躍するのさぁ」

「アハハ、リアンくん怒っても可愛い」

 反射的にいい返してきたリアンの頬を、指先で突つきながらアモスが笑う


「まあ、航海はまだまだ時間あるわ、リアンくん安心しなって。まずはいろいろ調査してみて、それから行動してみるわ」

「こ、行動するのは確定なの?」

 嫌な予感しかしないリアンが、アモスを不安気に見る。

「な、何する気なんですか?」

「悪の計画は阻止されなきゃダメじゃない。それが世のためでもあるわ」

 いけしゃあしゃあと、アモスはいってのける。


「じゃあ、今夜はあたしも寝るわ。リアンくん?」

「な、なんでしょうか?」

「今夜見たこと、アートンやバークにどう相談する? 相談は自由よ、リアンくんのやり方で、やってご覧なさい? あたしは、あくまでもあたし流のやり方を貫くまでだからさ。それじゃ、おやすみ、いい夢をね」

 リアンの頬にキスをして、部屋に帰るアモス。


 キスされた頬を押さえ、リアンは困惑して立ち尽くす。

 しかし、困ったことになってしまった。

 アモスが何かしら暴走して、この船との人間関係をズタズタにするかもしれないのだ。

 アモスはアートンやバークに相談してもいいといったが、どう切りだすか迷っていた。

 考えのまとまらないリアンは、とりあえずトイレに駆け込んで、用を足すことにした。

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