5話 「あやうい船」
リアンが目を覚ましたら、周囲は真っ暗だった。
「いったい何が……」
近くにいたヨーベルとミアリーに、リアンは声をかける。
「びっくりしましたぁ~」と、場違いなほど明るいヨーベルの声が返ってくる。
なんだかゆらゆらと、船が変な感じで揺れている。
「ん? なんだろう?」
リアンが気になる。
そして、甲板に出てみて驚く。
船は、せり上がってきた建物につき刺さり、引っかかって宙に浮いている状態だったのだ。
リアンが動くと、グラリと揺れる船体。
ギシギシと、かしぐ音が聞こえてくる。
船は、かなり高いところで引っかかっている。
暗いので下の地面が、まるで見えない。
「あれ? これってどういうことですか?」
ヨーベルが困惑している。
すると、船がグラリとまた揺れる。
「ヨーベル! こっちには来ないでください! 重心が傾きます!」
「え? どういうことですか?」
リアンの言葉の意味がわからずに、ヨーベルが不思議そうに首をかしげる。
「ひゃあ!」
すると突然、ミアリーが声を出す。
バークが、ミアリーの肩に手をかけたのだ。
「バークさんでしたか、驚かせないでください……」
ミアリーが安堵する。
「リアン! ヨーベル! こっちに来るんだ! できるだけゆっくりな!」
珍しくバークの厳しい口調に、リアンたちが素直に従う。
リアンとヨーベルが、ミアリーの手を引いて、バークのところにやってくる。
操縦していたアートンが、その場に倒れている。
アモスも意識を失い、地面に倒れている。
「ふたりは?!」リアンが心配そうにバークに訊く。
「平気だよ、今ちょっと意識を失っている」
バークが、アートンの呼吸を確かめてみる。
呼吸も規則正しく、どこにも外傷もなく、怪我をしているようにも思えない。
「今の状況って、どういうことですか?」
リアンが不安そうにバークに尋ねる。
「見ての通りさ、偶然にも建物に引っかかって、九死に一生を得ているって状況さ。下手に動けば、船がこのまま落下して、一貫の終わりっておまけつきでな」
バークが、そんな恐ろしいことをサラリという。
「あ~! わたしがそっちに行ったら、重さで船が落ちるから、さっきリアンくん来るなっていったんですね~。わたしをデブキャラ扱いするなんて! なんかひどいです~」
ヨーベルが、場にそぐわない脳天気な口調で、不平を口にする。
ヨーベルの動きに合わせて、船がまた揺れる。
「ちょっと、ヨーベル、そう大きく動かないでくれって」
バークがヨーベルを注意する。
「ヨーベル、この状況は本当に危ないから……」
リアンが、不満そうなヨーベルをなだめる。
船はまた、ギシギシという不快な音をだして、リアンたちを不安にさせる。
「明かりが欲しいが、何かないか?」
バークが暗い周囲を見ながらいう。
ヨーベルは、ポケットの中にライターが入っているのに気がつく。
「あ! ヨーベルさん。いいもの持っていますね!」
ライターを取りだしてきたヨーベルを見て、ミアリーがよろこぶ。
「おお! ライターか! いいね!」
バークが、ヨーベルからライターを受け取る。
リアンが、船に備えてあったオイルランプを持ってきた。
「リアンも用意がいいね」バークがうれしそうにいう。
ランプに火が灯る。
周囲がパッと明るくなる。
「あっ!」
バークからライターを返してもらったヨーベルが、急に声出す。
何事かと、リアンたちがびっくりする。
その声で、アートンとアモスも目をゆっくりと覚ます。
「どうしたの?」
リアンがヨーベルに訊く。
「そういえば、すっかり忘れていました! お約束していたのに!」
バークの持つライターを指差しながら、ヨーベルが思いだす。
ライターには「勝利の白黒うさぎ亭」の文字と、バニーガールのイラストがプリントされていた。
ヨーベルはここで、バスカルの村でした、ストプトンとの約束を思いだしたのだ。
「いったい、何の話しだい?」
バークが、不思議そうに尋ねてくる。
「いやぁ、あることを忘れていたのですが、今となってはどうすることもできないので、ここはもう忘れたということで……」
ヨーベルがヘラヘラと、笑いながらそんなことをいう。
本来なら、とても重要な用件のはずなのだが、ヨーベルはその重要性をよく理解していないようだった。
のちのちヨーベルは、この時のことを後悔することになる。
「こらぁ! クソアートン!」
「違うって! 何もしてないって!」
いきなりアートンとアモスの声が、響き渡る。
「あんた思いっきり、脚触ってただろ!」
「起きたら、そこにあったんだって!」
「このあたしにタダで手を出すとは、いい度胸ね」
「ご、誤解だって!」
アモスの形相に、アートンがおののく。
「おいっ! あんまり騒がないでくれ!」
バークがふたりに声をかける。
すると、ガクン! と船体がまた大きく揺れる。
「いかん! みんな! こっちに! アートン、アモス! こっちだ!」
バークが船首に向かって歩く。
「な、なんだこれ!」
ここでようやく、アートンとアモスも現在の危機的状況を把握する。
「今見てもらった状況の通りだ。だから、ここはおとなしくな」
口の前に指を一本立てて、バークがささやくようにいう。
「あそこの穴から、この建物の中に入れないかな?」
リアンが右手側にある、ぽっかりと空いた建物の穴を指差す。
「そうだな、あそこからなら……」
リアンたちは、船体の右側にある、建物らしき壁に空いた穴に向けて歩いていく。
「いやぁ、この壁ヌメヌメしています……」
壁に手を触れたミアリーが、泣きそうな声を上げる。
「それぐらい我慢なさい!」
アモスが発破をかけ、彼女の頭頂部に手刀を落とす。
すると、またガクン! と船体が大きく揺れる。
しかし今度の揺れは船だけでなく、このせり上がってきた建物全体が動いている感じだった。
「急ごう! とにかく今はこの船から離れよう! この穴から中に!」
バークが焦ったように、みんなにいう。
「そうですね、ここにいちゃダメだと思います」
リアンが慌てたように壁の穴に向かう。
全員が、船が引っかかっていた建物の中に入る。
薄暗い廊下のような場所。
バークの手にするオイルランプの明かりが、ぼんやりと辺りを照らしている。
海底に没していた建物の内部は、ドロドロで辺り一面ビチャビチャだった。
「ここって、間違いなくティチュウジョ遺跡ですよね……」
リアンが、自分のいる場所の予想を口にする。
「だろうな。まさか海中にあった遺跡が、せり上がってくるなんて予想だにしないよな」
バークがランプで周囲を照らしながら、リアンの予想を肯定する。
「元々ここって、すごく綺麗な場所だったんでしょうね……」
残っている調度品や、床や壁の材質を見てリアンがいう。
「ここにハーネロ神国の人間以外が、足を踏み入れるってはじめてなんじゃないか?」
バークが、わきに転がっていた花瓶を足で軽く蹴る。
花瓶は中の泥水をこぼしながら、地面をしばらく転がる。
「本来なら、もっとゆっくり見て回りたいところだが。ここから出ることが、最優先だろう。みんなここは、なるべく固まって行動しておくれ。単独行動はご法度だぜ。危ないからな。」
バークが、リーダーらしいことを口にする。
すると、またガクンと音がして建物に揺れが伝わってくる。
「なんかいちいち、急かされてるみたいで、ちょっとムカつくわね!」
アモスが断続的に起きる揺れに対して、不快そうに不満をいう。
そして、軽く壁を蹴り上げる。
「実際、早めにここから出たほうがいいのは確実だろう。何が起きるかわからない」
バークが前方をランタンで照らす。
「海底遺跡の内部に巻き込まれたってのは、鈍感な俺でもなんとなく想像つくが……」
アートンが窓から外を眺める。
窓の外には、建物がいくつも建ち並んでいる。
広大なティチュウジョ遺跡が、その姿を現していた。
「ここって今、完全に海面に浮上している感じ?」
アートンが振り返り、バークに尋ねる。
「何なのよ、沈めていた重しが外れて、浮き上がってきたとかそんな感じなの?」
アモスが荒唐無稽な予想を披露する。
「俺も興味は尽きないが、まずは状況を確認したいな」
「状況って、クソデカい遺跡に飲み込まれたってことじゃない」
アモスがバークに不満そうにいう。
アモスが窓の外に広がる、巨大な建物が乱立する廃墟を指差す。
「ここが、どういうところかわかったところで、何もならないわよ」
「そうだね、僕ら遺跡の中にいるのは間違いないみたいですしね……」
リアンが不安そうに、周囲を眺めている。
窓の外に広がる、高層ビル群を眺めながら、リアンは内心昂揚していた。
ふと隣を見ると、ヨーベルとミアリーが手を繋いで、同じように興奮しているようだった。
リアンは窓から視線を外し、通路の奥を目をこらして眺めてみる。
「あっ、みなさん向こうに階段がありますよ」
リアンが前方にある、階段に気づき走る。
「この建物の外に出るには、下に向かうのがセオリーだろうが、建物から外に出たところでどうなるとも思えないよな」
バークがランプを、走っていったリアンに向けながら、自分もそちらに向かう。
「そうだよな、この広い廃墟の街中を、ただ彷徨うだけってオチになりそうだな」
アートンがまた指を囓りながら、最悪な予想を口にする。
「ここは上に出て、そこから周囲を見渡して、ルートを検討するしかないだろう」
「そうだな、それが一番だろうな。ただ、水も食料もないこの状況で、いつまで探索できるのかってのもあるよな……」
バークが不安そうに、声を絞りだすようにいう。
「この状況ってさ、やっぱ相当不味くない?」
アモスの言葉に、アートンとバークが絶望的な気持ちになる。
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