20話 「航海の真相」 後編

 ズネミンの帰りを待つ間は、やけに長く感じられた。

 リアンはズネミンの無事を願うとともに、スパスの無事も願っていた。

 リアンはずっと黙っていたが、スパスと会話した際に、彼の流した涙と謝罪の言葉を反芻していたのだ。


(スパスさんは、確かにこの船を沈めようとしていたんだろう……。だけど、あの時見せた謝罪と苦悩は、僕には本物に見えた……)


 リアンは、しがない役まわりばかりさせられて、貧乏くじを引かされただけかもしれないスパスに同情すらしていた。

 最初から殺す気でいたとしたら、スパスが船員との交流を絶っていたのも、リアンにはなんとなくだが理解可能だった。

 そんなスパスへの心配をしていると、ヨーベルがニュッと近づいてくる。

「ほら、リアンくん、この人知ってますか~」

 いきなりヨーベルがそういって、リアンに写真を見せてくる。

 それは一枚の写真で、ひとりの老婆が写っていた。

 だがリアンには誰だかわからなかった。

「なんとっ! 知らないのですか!」

 ヨーベルが空気を読まずに大声を出したので、全員が驚いてリアンたちに注目する。


「ああローフェ神官、ここの部屋の物はどんな証拠になるか、わからない物ばかりです。申し訳ありませんが、その写真、元の場所に戻して頂けませんか?」

 スイトが申し訳なさそうに、ヨーベルにお願いする。

「あ、ごめんなさいです! すぐ返しますね~」

 慌ててヨーベルは、足場をピョンピョン跳ねるようにして写真を返しに戻る。

 その様子を、苦笑しながらリアンは眺める。

 しかし同時に、さっきの老婆は誰だったんだろうと、少し気になった。

 スパスが見せてくれた家族写真に写っていた老婆とは、明らかに別人だったし、比べ物にならないほど高貴な衣装を着ていたのだ。

 覚えていれば、あとで聞けばいいやと、リアンはその時は思ったが、結局リアンは確認するのを忘れるのだった。


 ガチャリとドアの空く音がする。

 全員がそちらを見ると、ズネミンが立っていた。

「船長! ご無事でしたか!」

 船員たちが駆けよる。

「俺は平気だ、あと船倉も安全そうだった。ただ……」

 ズネミンの表情が暗い。


 船倉には、積み荷が何ひとつ残っていなかったのだ。

 がらんどうと化した船倉にやってきて、呆然とするズネミンたち。

「どうやら、あのバケモノが襲ってきた時に、ハッチが壊されたんだろうな。それで全部、流されちまったんだろう……」

 バークが残念そうに、船尾の壊れてしまったハッチ部分を見る。あらわになった海面が、荒い波を立てている。

 ハッチからのぞく空は完全に夜になっていて、その場にいた全員の心情とは反比例して、美しい星空が煌めいていた。


 当然ながら、スパスも見つからなかった。

 積み荷と一緒に、海中に没したのだろうという結論になっていたのを、アモスがニヤニヤしながら眺めている。

 ズネミンたちは、とても悔しそうにしている。

 肝心の証拠も、証人も、両方失ってしまったのだ。

 このままでは、クルツニーデに対抗する手駒がなさ過ぎるのだ。

 リアンは、どこかに証拠になりそうなものがないか、彼なりに協力しようと船倉を歩いていた。

 すると、どこかで見かけた物体を発見する。

 それは、変なウサギが描かれた包装紙に包まれた、イチゴ味の飴玉だった。

 リアンが確か、スパスに渡したものだった。


「リアンどうした?」

 バークがリアンが何か見つけたのを察して、尋ねてくる。

「危険なモノかもしれないから、素手では触らないほうがいいよ。ちょっと待ちな、みんなを呼ぼう」

 バークがリアンの見つけたモノを警戒して、慎重に行動しようと提案してくる。

「あ、いえ、バークさんこれなんです」

 リアンが屈み込み、飴玉を指差す。

「あ……」

 その瞬間、リアンがあるモノに気がつく。

「ああ、飴玉か、これはウッピー飴だっけ?」

 バークは、リアンが見つけたのが飴玉だというのを確認する。

「何時見ても、妙なウサギだよな。頑なに甘ったるい、イチゴとは思えないイチゴ味の飴を、作ってる老舗なんだよな? どうして、こんなモノがこんなとこに?」

 バークも屈み込んで、意外と詳しく飴玉の説明をしてくれた。


「ん? リアンどうした?」

 バークがリアンが屈み込んだまま、上空を凝視していることに気がつく。

 バークも気になり、そっちを見てギョッとする。

 ふたりの視線の先には、クレーンのフックに引っかかった積み荷がひとつ、宙ぶらりんのまま残っていたのだ。

 積み荷には取り扱い注意の文字と、スフリック語の書類が貼られ、クルツニーデのマークが記されていた。

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