21話 「積み荷」
「やったなっ! これ一個でもじゅうぶんだ!」
「最高の物証ですね、船長!」
ズネミンとスイトが、互いによろこび合っている。
照明を当てて、積み荷の紙切れを照らす。
スフリック語で書かれた張り紙には、重要な証拠がいっぱいあるはずとアモスがいう。
ところが……。
「これだけいて、スフリック語が読める人間がいないなんて信じられない! ほんと脳筋どもなのね、あんたたち海運関係者は! バーク! あんたも読めないなんて意外よ! ガッカリだわ!」
自分が読めないことを棚に上げ、アモスが憤慨している。
今、船倉に集まった全員が、宙ぶらりんになった積み荷を、見上げる位置に立っていた。
「そういえば、うちのカミさんがスフリック語、少し読めたかもしれません」
ドアをぶち壊した船員が、そんなことをいう。
洗濯係のオバチャン連中のひとりで、昔スフリックに留学していたことがあったらしい。
すぐにつれてくることに決まり、船員が奥さんの元に走る。
「あの書類、クルツニーデにとって絶対不都合なことが、書いているはずよね。最悪、その書類を餌に、連中から金をせしめるのもいいかもね」
アモスが積み荷を見上げながら、悪い顔をしていう。
「おいおい、アモスねえちゃん。そんな危ない橋渡らなくても、正当性はこっちにあるって。妙な刺激の仕方をしたら、どんな報復が来るか、わかったもんじゃない。相手は世界的な組織なんだぜ」
ズネミンがアモスらしいいい分を、やんわり否定する。
「そうですね、こういうのは、協力してくれる仲間を集め、慎重に外堀を埋めるようにしたほうがいいでしょう。あとはマスコミなんかも、味方につけると心強いかもしれませんね。世間の注目が集まれば、連中も迂闊な行動はできないでしょうからね」
スイトがゆっくりと積み荷を見上げつつ、その外周を詳しくチェックする。
オリヨルの怪獣が船を拘束した際に、積み荷が吹き飛び、海中に没したのだろうが、ひとつだけ運良く、運搬用のフックに引っかかったのだろう。
フックは開いたハッチのほぼ真上、照明から死角になって、そこで宙ぶらりんになっている。
慎重に降ろさないと、下手をしたら船から海に落としてしまいそうなギリギリの位置にぶら下がっていた。
「アートン! フックの修理はどうだ?」
ズネミンが、フックの操縦盤の修理をしているアートンに尋ねる。
「操縦盤にはまるで問題はない。どうも動かないのは、フック自体が衝撃で、変形破損したんだろうな。下手にいじって、海に落とすのは不味いかもしれない。かといって、このままの状態だと貴重な証拠が、万が一海に落ちたらもったいないよな。どうしたものか?」
アートンが操縦盤を眺めつつ、チラリと海に落ちそうな、ギリギリにぶら下がる積み荷を見る。
「あの~……」
ここでヨーベルが、リアンからもらった飴玉を舐めながら声をかけてきた。
ヨーベルは目を細め、必死に積み荷を凝視していた。
「ローフェ神官、どうしました?」
スイトがヨーベルに尋ねる。
ヨーベルは積み荷の少し上方を指差して、目を凝らしている。
「どうもあの滑車の部分に、何か引っ掛かってる感じがするんですが~」
ヨーベルの言葉に、全員がそこを注目する。
そして、まさにヨーベルの言葉通り、滑車に何かが突き刺さってるのを全員が見つけるのだ。
目のいい船員が、滑車に突き刺さってるのは、折れたオールのようなものらしいという。
ここで、船員のひとりが驚いて声を出す。
「リアンくん! きみ何してるんだ!」
同じように気づいたズネミンが、それを見て驚く。
リアンが、上空十メートルはあるような、足場のない鉄骨を、雲梯の要領で進んでいるのだ。
目指す場所はもちろん、滑車に突き刺さるオールの破片であることは、誰もがすぐに察した。
「大丈夫です! こういうの僕、得意ですから!」
リアンはそういい、身軽に雲梯をするように滑車のすぐ横の鉄骨を進んでいる。
しばらくみんな無言で、リアンの危なっかしい行動を見守っていた。
しかし、不安とは裏腹に、リアンはまったく動じることもなく目的地に到着する。
とんでもない身軽さと、意外な身体能力だった。
山育ちのリアンにとって、木登りは子供の頃から慣れていたし、同時に高所に対する恐怖も持っていなかったのだ。
「これを引き抜けば、いいですか?」
片手と片足を鉄骨に引っかけて、本当に猿のように上空からリアンが尋ねてくる。
「あ、ああ! だが、気をつけてくれ、抜く時に積み荷が怪しい動きをしたら無理はしないほうがいい」
「了解です! アートンさん!」
リアンは心配そうなアートンに叫ぶと、ゆっくりとオールの破片に手を伸ばす。
リアンはそれを、滑車から引き抜こうと手を伸ばす。
オールはボロボロになっていたため、少し力を加えただけ引き抜けるとリアンは感じた。
滑車部分にも損傷を見て取れない。
行けるっ! と思ったリアンが慎重にオールの破片を引き抜く。
カツーンという音がして、滑車の可動を妨げていたオールの破片が地面に落ちる。
「でかしたっ! リアン!」
ズネミンが喝采して、仲間も歓声を上げる。
「アートン、どうだっ! 動くか! 慎重に頼むぞ!」
パニッシュが、滑車の操縦盤を手にするアートンにいってくる。
「ああ、任せておいてくれ! だが、リアン、下に戻っておくれ。そこにいたんじゃ、危ないかもしれない。まずは、降りてきてくれ、そのほうが俺も安心だ」」
アートンが上空のリアンにいい、リアンも素早く戻る。
まるで恐怖心もなく、ちょっとそこまで的な感覚でリアンがしれっと戻ってきた。
「ほんとリアンくんは、山猿さんみたいです!」
ヨーベルが、リアンの油と埃まみれの手を握ろうとするが、寸のところで止める。
「ハハ、僕も役に立てて良かったです」
リアンがヨーベルの行動に理解を示しつつ、褒められたことは純粋によろこぶ。
「ひえええっ!」
船員の、悲鳴が船倉にこだまして全員が驚く。
落ちてきたオールを拾おうとしたら、それが血塗れなのだ。
これはスパス殺害時に飛び散った返り血だった。
「これはあれね! 例の騒動の際に吹き飛んだ積み荷が、哀れなスパスにぶち当たって、その返り血がついたとかね!」
アモスがそんなことをいったあと、ニヤリと笑う。
「ああ、そうか、思いだしたわ。あたしがスパスって野郎の、口を割るために激しい拷問をくわえた時のモノね! フフフ、アハハ」
そんな不敵な笑いを浮かべるアモスは、今までになく凶相を帯びている。
そんなアモスのヤバさに驚いて、さすがのズネミンも絶句してしまう。
「こ、この話しは中断! 今は、なしにしときましょう! アモス特有の冗談ですよ!」
バークが凍りついた空気を、慌てて和らげるために割って入ってくる。
「アートン! 積み荷動かしてくれないか!」
そして、急いでアートンに積み荷の移動をお願いする。
バークにいわれ、アートンが積み荷を移動させる。
移動は、心配していたような不安もなく、スムーズに進行する。
まず、海に落としてしまわない位置にまで、移動させることができた。
そして、アートンは操縦盤のスティックを器用に動かし、上空から地面へゆっくりと積み荷を下ろしてくる。
そんなアートンのスティック捌きを、ヨーベルが興味深そうに見ている。
「なんだかすごく、楽しそうです~」
「いやいや、すっごい神経使うんだよ、こういうのは」
アートンが、積み荷が安心できる場所まで移動できたので、ヨーベルの言葉にも気軽に応える。
ドンという音とともに、積み荷が埃を巻き上げつつ着地する。
「ふう……」、と深いため息をつくその場の一同。
アートンは、繊細な操縦盤の扱いで、もう汗だくになっている。
全員が、遠巻きにまずはその積み荷を見る。
取り扱い注意の文字の隣には、オドロオドロしい紫の人骨マークが、描かれているのにも気がついた。
上空にあった時は見えなかったマークだ。
「如何にも怪しげだな、危険物質ってのがひと目でわかるってもんだ」
ズネミンが、紫の人骨マークを見てゴクリと唾を飲み込む。
「そうだ、この用紙はもらっておきましょう。翻訳できたら、さらにこちらに有利な展開に持ち込めるでしょう」
スイトがそういい、スフリック語で書かれた積み荷の詳細を書いた用紙を指差す。
「そういや、翻訳できる人呼んでくるとかいってたけど、ずいぶん遅いな」
バークが不安そうにいう。
「嫁はん連中、治療班にも借り出してましたからね。探すのに手間取ってるのかもしれませんね」
船員のひとりが、バークにそういう。
「みんな、見て下さいよ! この木箱、中身は檻みたくなってますぜ!」
木箱上方にぶっ刺さったフックを、積み荷に登って確認したパニッシュがいう。
「おい、中身がなんだかわからないうちは、迂闊に近づくなよ! よりによってどこに乗ってんだよ! リアンじゃあるまいし、おまえまで登ることないだろ」
ズネミンがパニッシュを注意して、積み荷から降ろそうとさせる。
一方、スイトが張り紙を慎重に剥がそうとしていた。
上手くやれば、綺麗に剥がれそうなのだ。
紙の下半分をめくり上げた時、上空からズネミンを呼ぶ声が反響する。
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