5話 「パルテノとストプトン」

 部屋に入ると、ひとりの優男がいた。

 細い身体に質素な僧衣をまとい、窓から外を眺めていた。

 体型はやや痩せ形で、伸ばした頭髪は、まだ三十代にもかかわらず白髪になっている。


(こいつがパルテノか……)


 噂に聞く怪人を前にするストプトンが、心の中でつぶやく。

 そして、彼の意外と存在感の薄い外見を眺める。

 パルテノに会うのは、ストプトンにとってこれがはじめてだった。

 自分と同じぐらいの若さだなと思う。


「お初にお目にかかります、ストプトンにございます、主教。どういった御用でしょうか?」

 表情を崩さないまま、淡々とした言葉でストプトンはパルテノに挨拶をする。

 パルテノの顔は青白く、まるで病人のようだった。

「かつてサルガという特殊部隊にいた人間が、どうしてこんなところにいるのですか?」

 いきなり本題から入ってきたパルテノ。

 言葉使いがやたら丁寧で、狂信者として悪名を轟かせている人物とは思えない。


「サルガ。懐かしい名です……」

 そう答えたストプトンだが、パルテノが自分のことを知っていて内心驚いていた。

 上司のクルマダでさえ、ストプトンのそんな過去を知らないのだ。

「オールズの教えを人々に伝えるのと、さらなる探求を求めてです、主教」

「ハハハ!」

 パルテノはいきなり笑う。

 そしてストプトンに向き直ると、まっすぐに彼の目を見て話しかけてくる。

 パルテノは狂信者と呼ばれる人物とは思えないほど、澄んだ薄緑色の瞳をストプトンに向ける。


「そんな高尚な理想を持ちながら、あのネーブのところにいたというのですかな?」

「ネーブ主教は、わたくしを拾ってくださった御恩もありました」

「では、それがなければ、ネーブのところになど、いなかったということですかな?」

「いえ、そういうわけでもございません……。元々はネーブ主教の下で働いていたわけでなく、彼の部下のヨセイジャ司祭の元で働いていたのです」

 ストプトンには、パルテノの会話の意図が見えなかった。

 とりあえず自分の経歴を説明してみる。


「ネーブが死に、その次にわたしか。あなたは人の死が近いところに現れる、鴉のような人物なのですかな? わたしに死相でも出ているのですかね?」

「主教、失礼ながら、おっしゃりたいことがわかりかねます……」

「フフ、とぼけますか。では、単刀直入にいいましょう、あなたは何を企んでいるのですか? わたしの下で殉教する覚悟があるとも思えませんし、オールズの教会内部に切り込もうとする、気概があるわけでもなさそうですしね。我が配下となり、雑用をして今は糊口をしのぐその理由を教えてもらいたいものです」

 うっすらと浮かべたパルテノの青白い笑顔を見て、ストプトンは以前キネが忠告してきたことを思いだした。

「お前は見るからに有能そうだから、怪しむ奴がいても不思議ではない」

 そんなことをキネがいっていた。

 こういう場面に直面して、あの時キネがいった言葉の通りの展開になりそうな予感がした。


「こう訊きましょう。あなた方サルガは、いったい何を考えているのですか? 教会のパワーゲームに介入してみようとするのは、好奇心旺盛なあなたがたの戯れの一環ですか? 戯れで我らの領域に入り込むと、そのあとが怖いことになりますよ。百戦錬磨のサルガともいえど、教会に介入しようとしたら、どのようなことが起きるか……」

 パルテノが、そんなことをいってくる。

 パルテノは、どこで仕入れたのかサルガの存在を知っていて、さらにストプトンが元隊員であることも知っているようだった。

 どこでどうやってその情報を知ったのか、ストプトンはその情報源が気になった。


「主教、どうやら誤解があるようです。わたしが、サルガと呼ばれる部隊に所属していたのは事実です。しかし、今はそこも抜け、神の教えを学ぶひとりの信徒にすぎません」

 ストプトンが、本当はサルガと合流することを考えていたということを隠しておき、そんないことをいってパルテノの邪推を否定する。

「本心を偽りつづけるのですか……」

 パルテノは、ストプトンの変わらない表情を見つめながら尋ねてくる。

 パルテノのその表情には、不快な様子が見れた。

 しばしお互いが、顔を真正面にして向かい合う。


(ここで押し負けたらダメだ。気合いで乗り切れ……)


 ストプトンは全神経を集中し、パルテノの送ってくる視線を真っ向から受け止める。

「サイギンで、サルガの連中と会っていたという報告を受けているんですよ。その情報は、誤りだというのですか?」

 パルテノの言葉使いは、どこまでも丁寧だ。

 その目は澄み渡り、曇りない眼がストプトンを透過するように見つめてくる。

 その視線には邪気がなく、狂人と呼ばれている人物とは思えない。

「会ったのは事実ですが、それだけであります。彼らとは袂を分かち、かなり時間が経ちます。何かを企もうなどとは思ってもおりません」

 鉄仮面ストプトンはサラリと嘘をつく。

 ストプトンは真面目な性格ながら、嘘が得意だった。


「フフフ、まあ、いいでしょう。今後、我等ガミル聖堂騎士団はフォールの地を舞台に、オールズ教の聖戦士として異教徒と戦うことになるでしょう。貴殿のサルガとしての実績を、いちおう期待していますよ。オールズ教のため、その能力を活かしてください。いいですね。くれぐれも、よからぬことは考えぬように……」

 パルテノの言葉に、ストプトンは無言で一礼をする。

「ところで貴殿は、リットの件は聞いていますか?」

 いきなり話題が変わる。

 パルテノがフォールから独立したという、最南端の都市のことを訊いてくる。

「反旗を翻したとかいう、南の都市のことですか?」


「そうです……。こやつら妙な巫女を主に掲げ、妖しげな術で人々をたぶらかす邪悪な集団と噂されています。サルガの連中は、こやつらについて何も調査していなかったのでしょうか?」

「サルガの動きについては、申し訳ありません、今は何も把握しておりません」

 ストプトンがそこは正直に話して謝罪する。

 その様子をパルテノは、じっくりと観察するように見てくる。

「ふむ、そうえですか。話しは以上です……」

「は、では失礼いたします」

 ストプトンが深く一礼すると、ドアが勢いよく開く音がする。


「パルテノ主教さま! 遅れましたがネズー合流しました!」

 いきなりそう叫んで現れたのは、頭髪が後退したネズミのような前歯をした小男だった。

 ネズーという名の男は、甲高い声が良く通っていた。

「ネズー……。ノックもなしに、何事ですか……」

 パルテノの眼光が怪しく輝く。

「おお、これは失礼しました! この素晴らしい逸品を早くお届けしたいという一心で!」

 かしましい小男は、手にしていた箱をパルテノに見せる。

「素晴らしい逸品ですと?」

 箱を見て、パルテノは意外にも興味深そうな感じの空気を出す。


「はい! ヒュルツの村という場所で見つけたものです。そこの村人、生意気にもオールズの教会まで勝手に作り、このようなものまで見世物にしていた始末!」

 ネズーと呼ばれた小男は、手にした箱を開いて見せてくる。

 用件の済んだストプトンだったが、彼も小男の持ってきた箱に興味を持ち、チラリとのぞき見る。

 その視線に気づいたネズーが、ストプトンをにらんでくる。

 見たこともない男に対して、ネズーは敵意を向ける。

「なんですかこれは? 外套?」

 パルテノが、箱の中にあったものを取りだす。

「はい! その通りです! 驚くなかれ、あの聖べーレが使っていた外套です! ヒュルツの村という場所に忘れていたということです!」

 ネズーはもみ手をしながら、パルテノにうれしそうに報告する。


 だが、パルテノは無反応。

 しかしその表情に徐々に、不穏なものが現れだす。

 ストプトンがその様子を眺めていた。

 パルテノの身体が小刻みに震えだし、青白い顔がやや紅潮してきたのだ。

 何事かと、ストプトンはパルテノの反応に興味を持つ。


「この痴れ者がぁ!」

 突然の激昂!


 パルテノが手にしていたネーブの外套を、床に叩きつける。

 そして足で踏み抜いて、パルテノは地団駄を踏む。

 そのあまりの急変ぶりに、ネズーが驚く。

 ストプトンは鉄仮面を通していたが、内心では何事だと、その豹変ぶりに驚いていた。

「べーレといえば、教会を堕落させた痴れ者の筆頭! その外套だと! 貴様このようなものを、ありがたがるとはなんたる不敬!」

 そういってその場でぴょんぴょんとジャンプして、パルテノは外套を踏みつける。

 まるで駄々っ子のようなパルテノの行動。


「あわわ……。も、もうしわけありません!」

 ネズーが、その場で土下座する。

「このようなもの、いますぐ焼きすてい!」

 踏みにじりながら、パルテノが机にあったベルを手にするとせわしなく鳴らす。

 ベルの音を聞きつけ、執事のような見た目をした部下が部屋に入ってくる。

「このボロ布を、いますぐ火中に放り込んで、この世から抹消しろ!」

 パルテノが、目を剥いて執事に命令する。

 執事が外套を持って退出する。

「貴様も出ていけ!」

 パルテノが、ネズーを追い払うように部屋から追いだす。

 ネズーは慌てて部屋から出ていく。

 その表情は、怯えきっているようだった。


「では、あなたには期待していますよ」

 いきなり平常になるパルテノ。

 今までの激昂が嘘のように、涼しい顔をしているパルテノを見て、さすがのストプトンも内心狼狽する。

 何カットかの描写が、抜け落ちたような繋がりのなさだった。

「あなたにも、もう用はありません。せいぜいクルマダとかいう男の元で頑張りなさい」

 パルテノは、手で出ていけとアクションする。

「かしこまりました……」

 ストプトンは深く一礼する。


「ああそうだ、最後にひとつ訊いておきたいことがありました」

 ストプトンが退出しようと、ドアノブに手をかけたら呼び止められる。

「はっ、なんでしょうか?」

「あなたは、ネーブの死体を見たそうですね?」

「ええ……」

「そこで気になることは、なかったですか?」

「気になる……、といいますと……」

「奴に突き立てられていた凶器ですよ……。あれのこと、とぼける気ではないでしょうね?」

 ストプトンは、ネーブの首に突き立てられていたナイフの柄を思いだした。

 そして、若干表情を曇らせると、唾を飲み込む。


「その話題は、軽々しくすべきではないと、教会に席を置く身として自覚しております……。主教は、サルガにその件を話したのではないかという、お疑いがあるのでしょうか? だとしたら、ご安心を……」

「一切口外していないと?」

「はい……」といい、ストプトンはまっすぐパルテノの顔を見ながらいう。

 その表情を見ながら、パルテノは無言でまた出ていけと合図をする。


 パルテノの部屋から退出したら、他の神官たちがストプトンを不審な目で見てくる。

 その視線は鋭く、ストプトンに敵意を向けているかのようだった。

 その場にいたパルテノの部下たちは、マイルトロンで編入された、元領民の若者たちがほとんどだった。

 元よりオールズに信仰心があるわけでもなかった。

 欲望のままに暴れ回ることが許されるパルテノの勢力に、自ら志願した血の気の多い連中だったりする。


 信仰とは別の情動で動く、暴力と欲望に惹かれてパルテノの部下をしているような連中なのだ。

 その危険な集団の中を、ストプトンは動じないように鉄仮面を意識して歩いていく。

 ストプトンに向けられた視線は、嫉妬を通り越し殺意すら感じさせるほどだった。

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