12話 「接点の宿」 後編

 タクシーが発進したと同時だった。

 リアンとヨーベルが、一件の豪華なホテルの入り口で、綺羅びやかな真っ赤なドレスの女性を見つける。

 その女性は、ちょうど黒服から、エスコートされて車から降りてきたところだった。

 とても細身な女性で、ヨーベルが「ふわぁ~」と感嘆の声を上げたほどだった。

 黄金色の長い髪が風になびき、被っていた帽子が飛ぶ。

 その帽子を、つき添っていた年配の紳士がキャッチして、再び赤いドレスの女性に被せてあげる。


「なになに? リアンくん、ああいうヒョロッとした綺麗系が好みだったわけ? 今までにない食いつき振りで、あたしはビックリよ。嫉妬まで感じちゃうわ」

 アモスがニヤニヤしながら、リアンにそんなことをいってくる。

「いやぁ、なんだか、人形みたいに整った人だったから、ビックリしちゃって。本当に同じ人間なのかな? って」

 リアンはそういって後方を振り返り、もう一度遠のいていく、赤いドレスの女性を見る。

 ドレスの女性は紳士にエスコートされ、ホテルに向かって歩いていく。


「社交界の盛んなホテルですからねぇ、案外名のある女優さんかもしれないですよ。今このホテルには、エンドール軍の要人が、一同に集まっていますからね。各界から、名士が集まってきているのですよ」

 事情を知るタクシーの運転手が、そう教えてくれた。

「あら、要人どもが、ここにいるの?」と、アモスが運転手に尋ねる。

「入口付近には、護衛はあんま見かけませんが、中はものすごい警備ですよ。完全武装の兵士が、ゾロゾロとね」

 タクシーの運転手が左右の確認をして、車を左折させる。

「他にも、もっといいホテルはあるはずなのに、なんでこの場所を、選んだのか不思議ですよ。マスコミの各社が近くに集中してるからってのが、一応有力ですけどね。出たがり将軍として有名ですからね、パニヤさんでしたっけ、あの人」

 助手席にある新聞をチラリと見る運転手。

 記事には、凛々しく写ったパニヤ中将の写真が載っていた。


「この出たがりに対して、この町の人間はどう思ってるわけ?」

 アモスがちょっと興味を持って、運転手に尋ねてみた。

「そのいい方だと、お客さんたち旅の人ですね」

 運転手の言葉に「まあね」というアモスが、タバコをくわえる。

「喫煙大丈夫ですよ」

 リアンがアモスにタバコを注意しようとしているのを見て、運転手がいってくる。

 その言葉を聞いて、リアンはアモスからタバコを取り上げるのを諦める。


「本来なら憎っき侵略者なんでしょうが、この人はいろいろ宥和政策を執ってくれてるみたいじゃないですか。クウィンで多くの血が流れた反動で、なるべく戦闘は避けたいとかインタビューでいってましたしね」

 運転手がそんなよく耳にする、ありきたりの言葉をいう。

 この運転手と同じような考えが、一般的なキタカイの住民のスタンダードな思考なのだろう。

「出たがりってのは自分もけっこう思っていますよ。生まれのいいお坊っちゃんなんでしょう? なんとなく仕草や言動でわかりますね」

 運転手の言葉に特に目新しいものを感じなかったアモスが、興味をなくしたように窓を開けてタバコの煙を外に吐きだしていた。


 リアンたちを乗せたタクシーが、目的地に向かって出発しようとした時だった。

 交差点から一台のバンが出てくる。

 そして停まると、中からオールズ神官たちが出てくる。

 それを見て、この地区の人々が初めて目にするオールズ神官たちを見て驚いている。

 現れた神官たちは、白い僧衣を着て、鎖帷子を重々しく装備した僧兵だった。

 武器は携帯していないが、その異様な姿は、市民を自然と遠ざける。

「ダノン司祭が、用意した宿というのはここだな?」

 大柄な僧兵が、部下にそう尋ねる。

「はい、このホテルになります。なにぶん、パルテノ主教の用意した宿ですので、今までとは、かなり見劣りしますが……」

 部下が申し訳なさそうにいう。


「今は、贅沢をいっておられん。主を失った我らは、一刻も早く、拠り所を見つける以外ないのだからな」

 そう悔しそうに話す大柄の僧兵には、首にコルセットが巻きつき、鼻には大きな絆創膏が張りつけてあった。

「パルテノ主教の配下で、一番の弱卒といえば、あの気色悪いダノンだが。弱卒だからこそ、ネーブ主教の元で、僧兵としてキャリアを積んだ我らも、きっと用いられるだろう。いまさら、この考えに、異を唱える者などおるまいな」

「はい、クルマダさまの判断は正しいかと」

 部下たちが上司のクルマダに一礼する。

 僧兵としてしか実績のない彼らにとって、現在ネーブ主教死後の事務処理で忙殺されている中では、何もできない状態だったのだ。

 手っ取り早く、次の拠り所を探したほうがいいと考えるのは、ある種正解だったろう。


「あのままネーブ主教の元に留まっても、我らは無能の誹りを受けるだけの、屈辱の日々しかありませなんだ」

「我ら一同、クルマダさまの判断に従わせて頂きます」

「何かと問題も多いパルテノ主教ですが、その戦力は、エンドール正規軍も一目置くレベルですからな」

 オールズ教の僧兵たちが、人々の往来など気にもせずに、道の真ん中で祈りの仕草をする。

 迷惑そうに遠巻きに避ける市民や、方向転換をして距離を離す市民たち。

「うむ、なんとしても! まずはダノンを、踏み台にしてのし上がるぞ」

 ドカドカとホテルに向かって歩くクルマダたち僧兵は、通行人の邪魔になろうがお構いなしだった。


「そういえば、ストプトンは確保できたんだったな」

 クルマダが、不愉快そうな顔で尋ねる。

「はい、不服そうでしたが、強引に引きつれてきました。ヤツの事務処理能力は、あれはあれで使えるはずです」

「きっとパルテノ主教の力にもなるでしょう」

 揉み手をするように、クルマダにいう部下たち。

「で、ヤツは今、どこにいる」

「すでに宿に、押し込めてあります。そこでダノン部隊の予算編成や、備品の調達を任せております。そして! さすがパルテノ主教という感じです」

「何がだ?」とクルマダが尋ねる。

「マイルトロン戦で確保した、ありとあらゆる富みを、ダノンも大量に保管しておりました。奪うばかりで、運用することを知らぬ無能どもです。あれを換金すれば、今後の活動資金としても潤沢です」

「ほうほう、それはいいな」

 悪逆の限りで略奪した財ということを知りながら、破戒僧クルマダはニヤリと笑う。

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