51話 「日雇い労働二日目」 其の二

「というわけで、彼は明日以降も俺と同伴させてもらいますよ。ていうか、もうひとりで全部、仕事できると思いますけどね」

 アートンが隣にいる青年を指差して、事務所にいる役職の人に挨拶回りをしていた。

「ああ、その件なら問題ないよ。明日からふたり体制でやってくれ。工期が早まるなら歓迎だ」というのが、概ねの反応だった。

 作業がきちんとできて、アートン不在後の人材としても、彼は申し分ないように思えたからだ。

「ただね、あの人がへそ曲げたようでね……」

 経理のオバサンが、やけに慣れ慣れしくアートンにいってくる。

 どこへ行ってもオバサン受けのいいアートン。

 経理のオバサンからも、高待遇を受けているようだった。

「あの人?」と、アートンが聞き返す。

「主任さん、じゃないでしょうか……。自分も心配です、あの方と上手く、やっていけるでしょうか……」

 職場での待遇は、格段に上がったかもしれない移民の青年だが、今後の人間関係に不安を感じていたのは事実だった。


 元々、気が強そうな性格ではなく、今まで重機の作業をやりたくても、いえずにいたほどの奥手なタイプなのだ。

 今回偶然アートンがいたために、そのチャンスをつかむことができたが……。

 移民の青年が、不安そうにしている。

「ああ問題ないよ。きちんと仕事さえすれば、評価は上がっていくさ。だから君は、一生懸命どんな障害があっても、やるべきことをすればいいんだよ」

 いいことをいっているようだが、青年が漠然と感じている不安を、根本的に解決するようなアドバイスではないアートンの言葉。

 基本的に性善説よりの考え方を持っているアートン、頑張れば周囲の人が助けてくれると、本気で信じているのだろう。


「頑張っていれば……、そ、そうですね」

 不安そうな顔だが、青年はそう引きつった笑顔で応える。

「養うべき家族がいるんだろ、せっかくのチャンスなんだ。なんとしても、モノにしなきゃ! 俺もあと一週間いるし、上手くここでのポジションを確保できるように、手伝ってやるって」

 アートンがそう励ますので、青年もようやく心を決めたようにうなずく。

 身体の弱い母親と、同じく安い日雇い労働をしている父親が、青年にはいるという。

 さらに学業を優先させている下の弟と、まだ小さな女の子がふたりも狭いアパートにはいるらしい。

 だからこそ、なおさらこのチャンスを活かすべきだという、アートンの発破に触発されたようだった。

「いい笑顔だな、いいぞ、その感じだ」

 アートンが、青年の顔つきが変わったのを見て、励ますように肩をたたく。


「これを見たら、もっといい笑顔になるぞ。事務員さん、今日の彼にはちゃんと手当て、つけてくれてるんだろ?」

「当然ですよ、そこまでケチな職場じゃないですよぅ」

 笑顔で事務員は、カウンターから給料袋を出してくる。

 今までにない金額の日当に、青年が驚く。

「今後の頑張り次第では、社員への登用もあるから、頑張るといいわよ」

 経理のオバサンがそう声をかけてくれる。

 青年は、何度も何度も頭を下げ、アートンや経理の人に感謝の言葉を述べる。


 事務所を出て青年と別れたアートンは、職場の外でバークを発見する。

しかし、思わず声をかけるのを躊躇ってしまうほど、疲れきったバークの姿を見つける。

 バークが通称「地獄車」という労働で、こき使われているのをアートンは知っていた。

 昨日はまだ元気があったが、二日目の今日は、昨日と比べものにならないぐらい憔悴している。

 これからまた、調べ物等を夜遅くまでするつもりなのだろうかと、アートンは不安になる。


 きちんと情報を集め、安全な帰路を検討する。

 バークは一団のリーダーとしての責務を、そこに感じていたようだ。

 しかし肉体労働は、彼には不向きだというのは明らかだろう。

 そんなバークの様子を見て、改めてアモスに、バークへの労働は許して欲しいと頼むことを決意する。

 今朝、嘆願しようと思ったが、よくわからない下世話な話題で、流れてしまったからだ。

 今夜こそは、絶対アモスを了承させてやるとアートンは意気込む。


 すると、「おいっ!」という声が後方からする。

 振り向くと、小男の現場主任の不機嫌な面が、そこにあった。

 職場で酒を飲んでもいいわけがないのに、この男だけ酒臭いのは何故か?

 飲んでいるとしたら、何故、こいつだけ認められるのか?

 ひょっとしたら会社にとって、縁故のある男なのかもしれないのか?

 そのあたりを考えると、不快だが、この男には目をつけられるのは、よろしくないとアートンは判断した。

 ジャルダンにいた時に、危険な囚人や恐れられているメビー一派に、上手く目をつけられないように立ち回った、あの感じをアートンは思いだす。


「ご苦労様でした主任。今日は、勝手なお願いをして、申し訳ありません」

 アートンはあえて、不機嫌な小男に下手にでるような態度で頭を下げた。

 そのアートンのいきなりの低姿勢からの言葉に、現場主任も面食らったのか、いいかけていた言葉を飲み込む。

「お、おう……」

「今日の彼は、自分が責任をもって育成しますので、ご安心ください。知識量がすごいので、俺がいなくても、すぐに即戦力になれると思います。だから自分がいなくなった後は、彼にあの現場、任せてもらっていいでしょうか? 他の幹部さんは、その線で行くような感じですが、現場主任の考えはどうでしょうか?」

 そんな言葉をアートンは、途中で遮られないように早口でいい終える。


 歯ぎしりをして、何かをいいたそうな現場主任だが、アートンに何もいい返せなかった。

「ヤツの件は、会社の方針に従うまでだ!」

 そう怒鳴るが、声はどこか悔しそうで、本心は何かいろいろいいたいことがありそうだった。

 二の句をつづけられないうちに、アートンが再度感謝の言葉を述べる。

 周りの人間が、アートンたちに注目してくる。


(よしっ! これであの青年は、明日以降問題ないだろう)


 アートンは確証があったわけではないが、あの若い移民が、今後この会社で上手くやっていけるような気がした。

 現場主任も、初日アートンの仕事振りに感心して、声をかけてきたぐらいだ。

 いちおう現場主任として、仕事が滞りなく進捗することに関しては、何も問題はないだろう。

 あの青年も経験を積んでいけば、きっと会社から認められるはずだ。

 だから今、この不快な器の小さな現場主任の心象を悪くするのは、得策ではないのだ。


「まあいい……」

 そうつぶやいて、現場主任は何か嫌味か文句をいうつもりだったらしいが、興が冷めたというか冷静になったというか、とりあえずアートンの前から消えようとする。

 しかし、急に立ち止まる。

「そういえば……。おまえ昼休み、ギリギリに帰ってきたな!」

 嫌なことを思いだしてくるなとアートンは思うが、そこでも口答えせずに謝罪する。

「宿に滞在している連れが、今病気でして。実はその看病に、少し時間がかかってしまいまして……。明日以降は、もっと早く帰ってきます」

 アートンのキラキラしたまっすぐな視線を受けて、現場主任はこれ以上のいちゃもんが上手く見つからない。


「そ、そういう事情なら仕方ない……。だが、明日は絶対に、ないようにしろよ! 重要な仕事任されたからって、値打ちこいてたら、タダじゃすまないからな! 探せば同じような仕事できるヤツは、他にもいるんだからな!」

 最後の最後に、この男に相応しい捨て台詞を吐いて、現場主任がガニ股で、小さい身体を大きく見せるような感じで歩き去っていく。

 その後姿に一礼して、アートンは最後まで斜に構えるような態度は取らなかった。

 刑務所暮らしが、こういったところで役に立つもんだなと思ったりする。

 メビーなんかの百分の一も、威厳も怖さもない扱いやすさなのだから。


 頭を上げて振り返ると、バークがいて驚く。

「うわっ! 驚かせるなよ!」

 アートンが、いきなり後ろにいたバークにいう。

「アモスみたいな登場の仕方しないでくれよ、心臓に悪い」

「今の会話だが、ヨーベル体調悪化したのか? もう大丈夫だって、いってたじゃないか」

 バークがアートンの抗議を無視して、単刀直入に訊いてきた。

「あっ、いや、今のはな……」

 そのことかと思い、アートンがバークに説明する。

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