2話 「飢餓」 前編
次の日の夕方、思いがけないというか、あまりにも間抜けな事実が発覚する。
アモスが、一週間は大丈夫といった水と食料だったのだが……。
アモスは自分一人分の確保しかしていなかったのだ。
つまり、アモスが考えていたより五人分、五倍のスピードで、食料が消化されたのだ。
残りは、ギリギリあと一食分確保できるぐらいしかなかった。
「なんで、気がつかなかったんだよ……。量が妙に少ないって朝、気がつかなかったのか?」
バークが僅かに残った食料を見て、アモスに訊く。
「それは詰問? 質問? 抗議なの?」
「うっ……、独り言と受け取ってくれよ……」
アモスの近い顔に、バークが落胆したようにいう。
「とにかく、どうするよ……。このままじゃ餓死確定だぜ」
アートンがそういうや、アモスの凶悪な視線を感じて黙り込む。
バークに相手にするなと諭されてから、アモスに対してアートンは警戒するようになったのだ。
「残ってる照明弾を、飛ばしてみましょうか?」と、リアンが提案してみる。
「いや、リアンくん、これは夜中にやらないと視認されにくいからね。今使ってしまうのは、あまり賢い選択じゃないよ」
バークにいわれ、それもそうだとリアンは諦める。
「でも、もうじき夕方だし、準備はしときましょう~」
ヨーベルが、危機感を感じさせないトーンでいってくる。
「十本以上あるのですね!」
「わたしも数本撃ちたいです! 楽しそう!」
脳天気なヨーベルが、花火感覚でいう。
「俺も可能な限り、交信を継続しているよ。正直、この海域を通る船は少ないだろうが、何もしないよりかはマシだろう」
バークは通信機を操作して、救難信号を発信する作業に戻る。
「ま、どの道、みんな死ぬ時は、死んじゃいますよ。あまり無理なさらずに、最後のお食事の用意をしましょう」
ヨーベルの達観したような言葉に、アートンが何かいおうとしたが、アモスにまたにらまれる。
アートンは、アモスを必要以上に恐れているようだが、どういうわけだろうとバークは思う。
怒らせたら危険な女というのはわかるが、度を超してるような気がするのだ。
実はバークは、アモスがアートンの仲間のチルを容赦なく殺したことや、赤倉庫で追手をトラップにはめて、再起不能にしたことをまだ知らないのだ。
おそらく、アモスの恐ろしさを一番知っているのはアートンだろう。
いい女だなと思うより先に、恐ろしい女という印象をアートンは抱いていたのだ。
「ヨーベル、最後の晩餐になるかもよ、しっかり缶詰調理しなさいよ。リアンくんは何か釣れないか、しばらくチャレンジしてきてよ」
「うん、そうだね、海釣りはしたことないけど、釣りは得意なほうだから任せておいて下さい」
リアンは船室に備えてあった、釣り道具を持って甲板に出る。
缶詰やレーションのような粗末な食料が、ヨーベルの手にかかり、見た目だけは豪勢な最後の晩餐ができあがる。
ヨーベルは、残っていた調味料や食材を惜しげもなく使い、見た目がしっかりとした夜食を作ってくれた。
「おお、すごいもんだな、さすがローフェ神官!」
アートンが、いい匂いのする夕食を見て褒める。
「エヘヘ、ジャルダンのコックさんたちから学んだ、やっすい食材を美味しく見せるコツを取り入れています~。お味の方は、ちょっと調味料に頼りすぎてますが、朝、そのまま食べたのよりかは、マシかと思いますよ~」
アートンとヨーベルの会話を聞いていて、アモスは考える。
(最悪、誰か殺して肉にするしかないわね……。リアンくんとヨーベルは論外として、あのオッサンか、イケメンのどっちかね。その時は悪く思わないでね、緊急事態てことだからさ)
そんなことを思うアモスだが、どこか顔に笑みが浮かんでいるのを隠しきれていない。
「ど、どうしたんだよ、妙にニコニコしてるけど、いい案でも思いついたのか?」
アモスの笑顔を見て、アートンが不安そうにアモスに尋ねる。
「ん~、まあねぇ。ところでバーク、通信技術は難易度の高いスキルなの?」
アモスがバークにそんなことを訊く。
「それほどではないよ、ただ、交信相手が見つかった場合、こちらの座標を正確に伝えないといけないからな。それを考えたら難しいかもね。てか、なんでそんなことを?」
「手伝えるなら、手伝ってやろうと思ったんじゃないのよ、何いってるのよ」
ちょっと拗ねたようにアモスがいってみる。
「ああ、そういうことか、いや、気持ちだけでじゅうぶんだ、綺麗なおねえさん」
バークがアモスに礼をいう。
「わたしは、ちなみに、アモスちゃんのこと興味津々です! どうして、わたしのこと知ってるんだ? とか~、いろいろです。わたしはアモスちゃんと仲良くなりたいので、もっと一緒の時間を過ごしたいのですよ」
ヨーベルの頭の悪そうな言葉に、バークが妙に感銘を受ける。
アートンも感動したようで、「詮索しまくってお互いをいきなり知るよりも、まずは仲良くってのは俺も賛成だな」という。
「でも俺は、別に隠すようなこともない、しがないオッサンなんだからなぁ」
バークがそういって、ハハハと笑う。
しかし、アモスは冷たい目でバークを見つめる。
が、ここはヨーベルの提案に従うことにした。
余計な詮索や探りを入れるのは、仲間間でやるのは、止めとこうというルールが自然とできあがった瞬間だった。
「仲良くなれて、自発的に話すみたいな空気に、持っていけるようになるといいですね~」
ヨーベルが、ニコニコとしながら無邪気に笑う。
一方、海釣りを任されたリアンの笑顔は急速に消えていく。
釣りなら任せてといったが、釣り餌がないのでは何も釣れやしない。
結局、釣果ゼロの結果に終わり、リアンはしょんぼりとする。
貴重な残り少ない食料だが、缶詰の中身を釣り餌にして、リアンが釣りを再挑戦することになった。
自分がミスれば、貴重な食料を無駄にする、そのプレッシャーにリアンはガチガチになっていた。
周りのみんなは、落ち着き払ったリアンの態度に信頼を寄せていたようだが、実際は、ミスったらどうしようとマイナス思考で満ち満ちていたリアンだった。
それでも、なんとか釣果を得ようと、リアンは釣り糸を垂らすのだった。
そんなリアンの隣に、ヨーベルがやってきて座る。
「なんだかガチガチですよ。釣れても、釣れなくても誰もリアンくんを責めたりしないですよ。リラックスですよ~」
ヨーベルの脳天気な口調が、今はうれしいリアンだった。
「人の生き死には、天の気まぐれだそうです。その天の意思には、逆らう術がないのです」
ところが一転、ヨーベルがこんなセリフをいってきたのでリアンは驚く。
「そ、それはオールズさまの教え?」
「まさかぁ~。オールズさまの教えなんて、わたし何も覚えていないですよ~だ」
なんだがやけに冒涜的で、挑発的な発言をヨーベルがする。
「ヨーベルは、死ぬことが怖くないの?」
リアンがおそるおそる尋ねてみる。
「苦しい思いをするのは嫌ですけど~」
「……けど?」
安直な感じでいうヨーベルに、リアンは真意を尋ねる。
「楽に終わるなら、それはそれでいいかなと思います~。だって苦しいのとか、しんどいのは嫌じゃないですか~、アハハ」
「え……」ヨーベルのいきなりの笑いに、リアンは唖然とする。
「リアンくん、知っていますか? 水死は、けっこう楽に死ねるんですよ。水を一気に飲んじゃうと、ビックリするほど一瞬なんですよ。あんなに人って、簡単に動かなくなるんだ~って」
ヨーベルが喜々として話す。
釣り竿を手にしたまま、リアンは固まる。
「……ヨーベル?」と、リアンが声を絞りだす。
「あの死に方なら、わたしは別に怖くないので平気なのです」
ヨーベルは、まだこの話題をつづけようとする。
そしてリアンに向けて、サムアップしてくる。
「でも水死体は、ちょっと見た目が悪くなるのが残念です。リアンくん、わたしの死体見ないでね。あと、捜さないでね~、約束ですよ。じゃあ、わたしは“ 最後の晩餐 ”を作ってきますね、期待しててくださいね」
無邪気に話すヨーベルだが、満面の笑みで不謹慎な発言をしているという自覚が、まるでなさそうだった。
ジャルダンの教会でも度々見せてきた、ヨーベルのエキセントリックな発言だが、どこまでが真意なのかリアンにはまだ検討もつかなかった。
(でも、……全部、本気でいってるぽいんだよなぁ)
リアンは、彼女の心の闇のようなものに改めて触れてしまい、少し寒気がする。
気がつけば水平線は、夕焼けに赤く染まっていた。
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