1話 「雨音と邂逅」 後編

 雨は久しぶりの豪雨だった。

 ズネミン号に救出される前に、大海原で体験して以来の激しい雨。

 車内のリアンたちは、窓を打ちつける激しい雨を無言で眺める。


 穴を掘って銃器を棄てる前に、バークが一度アモスと一緒に街の入口を偵察しに行ったのだが、そこでは検問もなく、すんなりと街には入れそうだった。

 先ほど占領されたキタカイも、サイギン同様、エンドール軍の強い監視下の元に置かれることがないようだった。

 近くの住民を捕まえて話を訊いたところ、エンドール軍はそのほとんどを港に集結させているとのことだった。

 市庁舎や行政施設の周辺に一部に兵士を配置しているとのことだが、市民にとって一般生活をする上での不便さは特にないらしかった。

 この辺りサイギンと同様で、市民の生活権を優先しているとのことだった。

 話を訊いた住民によると、占領後と占領前とでは、ほとんど生活に変化が感じられなかったという。

 エンドールという征服者に対する悪い印象も、ほぼないといった感じだった。


 リアンたちはバークとアモスの報告を受けながら、土砂降りの雨が弱まるのを待っていた。

 待っている間、ヨーベル主導でポーカーをして、リアンたちは時間をつぶしていた。

 ややあってリアンは窓の外の雨脚が、弱まっているのに気づく。

「お、雨が止みそうだな。一時的な通り雨だったんだろうな」

 運転席のアートンが空を眺める。

 さっきまでの大降りが嘘のように、曇天模様の間から、少し暗くなってきた空がまばらに見えていた。

 時刻は夕刻になろうとしていた。


「じゃあ、いつまでもここにいても仕方ないし、そろそろ街に向かうかい?」

 助手席のアートンがそう宣言する。

「じゃあ、出発する」と運転席のバークがアクセルを踏み込むと、ズババババと、タイヤが滑る音がする。

「あれ?」と車内の人間がハッとする。

 車は進行せずに、その場で滑るようにタイヤが空回りする。

「ああああ! ちょっと、タイヤが泥に埋まってるわよ!」

 アモスが窓を開けて、タイヤを見てみたら前後輪共に、見事にスタックしていた。


 リアンたちが車外に出て、アートンがアクセルをもう一度踏み込むが、車の車輪が前後ともぬかるみにはまり込んでしまっている。

 先程の土砂降りの雨で、地面が完全にぬかるんでしまったようだった。

「ちょっと! どうすんのよ! ほんと、あんた使えないわ!」

 アモスが、理不尽にアートンに怒鳴る。

「お、俺は関係ないだろ!」

 アモスのいいがかりに、アートンがすかさず反論する。

 また喧嘩かと不安になるリアンだが、不思議とアモスはこれ以上アートンに怒鳴らない。

 リアンは意外に思った。

 アモスは不機嫌そうだが新しいタバコを取りだして、アートンへの不満を我慢しているようだった。


「まいったな、こんな場所で立ち往生かよ。アモス、アクセル吹かすぐらいできるよな?」

「あたしのこと、バカにしてるわけ?」

 バークに対して、アモスがタバコをくわえながらいう。

 ヨーベルがまた、すかさずアモスのタバコに火を点ける。

「俺とアートンとで押すから、運転してくれないか? このぬかるみから出すよ」

 バークが後方を確認しながら、車内のみんなにいう。

「だとよ、アートン、仕事だぞ!」

 アモスがそう怒鳴り、アートンが悔しそうに車外に出ようとする。

 アモスが、後部座席から運転席側に向かおうとした時だった。

 アモスは森の向こうの車道に、一台の車が走ってくるのを見つける。


「おい、ちょうどいいタイミングで車だぞ! アートン、バーク、早く行って止めてこい! この車はもういいや、ここで捨てていくぞ」

「ええ? 車放置するってのか? これに、けっこう大金払ってたじゃないか」

 アモスの言葉に、バークとアートンが驚く。

 乗り捨てなんて、あまりにももったいないと感じたのだ。

「こんなボロ車、しょせんキタカイまでの足よ。買取金額も端金よ。ほらっ! さっさと向かわないと、車逃がすわよ!」

 アモスにそうけしかけられて、バークとアートンは急いで、やってくる対向車に向かって走る。



 中型のクルツニーデ製のバンが、アートンとバークに止められる。

 バークは、運転席のまだ若い男に礼をいう。

「すまない、車が向こうでスタックしてしまったんだ、もしよければ、街にまで乗せてくれないか? こっちには女性と子供がいて、困っていたんだ」

 いきなり見知らぬ男にいわれて、バンの若者は考え込む。

「この車で、押し出してやろうか?」

 助手席に座っていた男がいってくる。

「いや、けっこう辺り一帯さっきの通り雨で、ぬかるんでるんだ。下手したら、この車も、はまり込むかもしれない」

 アートンが助手席の男に、そう話す。


「あれ? あなたたちは、オールズの見習いさんかい?」

 ここでバークが、車の若い二人組が見習い神官の衣装を、コートの下に着ているのを見つける。

「おや、目ざといね、正解だよ。マイルトロンから来たんだ」

 バークに、運転席の男がいってくる。

「では、人助けと思って、街まで乗せてくれませんか? 謝礼はお支払いしますよ」

 バークがそういって、お願いする。

「困ってる人を助けるのは、やぶさかじゃないよ。それに、女性と子供もいるんだろ?」


 助手席の若い見習い神官が、バークたちがやってきた方向を見てみる。

 すると、見習い神官であるにも関わらず、口笛をひゅーと吹く。

「あちらの女性ふたりと、子供がそうかい?」

 助手席の若い見習い神官が、明らかにアモスとヨーベルを見てよろこんでいる。

「ああ、そうだよ、助けてくれるんだね、ありがとう」

 バークがそういい、ヨーベルたちを手招きして呼びよせる。

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