10話 「その村の秘密」 其の一

「村長さん、どういうことですか~?」

 ヨーベルが、リューケンに尋ねる。

 それを「待っていようよ」と、リアンがなだめる。

 村人の手伝いをしていたら、リアンとヨーベルが急に村長から呼びよせられたのだ。

 リアンが、おとなしく待っていようとなだめるようにいう。。

「どういうことなんだぁ? みんなして集まってよぉ」

 呼びだされたゲンブが、不満そうに現れる。

「修理は、もう少しで終わりそうだったのに、途中でいいのかい? 俺はそのまま、修理してたほうが、良かったと思うが……」

 アートンがそういって、仕事を途中で止められて呼びだされたことに、若干不満そうだった。

「まぁ、そういうなよ。それだけ大事みたいなんだ、せっかくだから参加させてもらおうぜ」

 バークが、アートンをなだめるようにいう。


「この村の秘密を、教えてくれるそうなんです……」

 リアンが、やってきたゲンブに教える。

「秘密ですよ、秘密! いったいなんでしょうね~、ドキドキです!」

 ヨーベルが早くも興奮して、胸の懐中時計をいじくり倒している。

「秘密?」

 ゲンブが不思議そうな顔をする。

「この材木がどうやって、ここに運ばれてきたのかを、今から見せてくれるんだとよ」

「な、なんだと……?」

 ゲンブがケリーの言葉に驚く。

 積み上げられた材木を、ゲンブが眺める。

「ずいぶん気になって、おったようだからの。ほれ、こっちだよ、来なさい」

 リューケンがヤナンに背負われて、ゲンブたちを手招きする。


 アモスは、自分の腰掛けている材木を触る。

 今この場にいる人間は、誰ひとりとしてアモスのことが見えていなかった。

 期待を込めて集まっている、リアンやヨーベルを眺めるアモス。

 視界には例の三人組の姿も見え、アモスはそいつらを冷たい視線で眺める。


「ハーネロ戦役後、この山に無数のハーネロンたちが、残されたのは知っていますか? そのハーネロンたちは、フォール軍の討伐部隊により殲滅させられたとも」

 ヤナンの背から下ろされて、リューケンが切り株に腰掛け、バークやリアンたちにいってくる。

「主を失った、ハーネロンはこの山だけでなく……。この国の至るところで、野生化しましてな。なにせ、人工的に作られたという、不死生物ですからな」

 リューケンが、思いだしながらいう。

 どうやらリューケンは、幼い時期にハーネロ戦役を体験した、生き証人でもあるようだった。

「操る奴らがいなくても、半永久的に生存可能なんだっけ?」

 ハーネロンの実物を見たことがないケリーが、リューケンに確認してくる。

「不老不死だなんて、羨ましい限りだぜ。女何人でも、抱き放題じゃないかよ」

「殺されない限り、不死なんですよ~」

 ヨーベルがリアンに、喜々として説明する。

 説明されなくてもわかっているが、リアンは一応神妙にうなずいておく。


「ですが、ハーネロ神国崩壊後、それらはすべて討伐されたと聞きますよ」

 バークがそういって、地図を出してくる。

「ヨーベル、このペリストン地区に、死骸は廃棄されたんだよな?」

「はいっ! その通りです!」と、ヨーベルがバークに答える。

「その地区は、結局、ハーネロンの死骸で汚染されちゃって、使い物にならなくなったのです。ドロドログチャグチャの、毒と汚物に塗れた、“ 世界の終わり ”みたいな場所だそうです! せっかくなので、終わりの世界とやらを、見に行ってみたいですね~」

 ヨーベルは、テンションが上がりまくって、バークから地図を引ったくって興奮している。


「あ~、すまない、話しを戻していいかな?」

 リューケンが話しだす。

「ごめんなさい!」と、ヨーベルがいって敬礼をする。

 リアンが一緒になってリューケンに謝り、しわくちゃの彼の顔がほころぶ。

「なあ、なんとなくだがよぉ……。これから、何を見せたいのか、わかってきたんだが。まさか、マジか?」

 ケリーが、不安そうにいってくる。

 ケリーの言葉に、一同が沈黙する。

「まさか、生き残りが、いるってことなんですか?」

 バークが驚いて、リューケンに尋ねる。


「もうじき、わかると思いますよ。もう少しだけ、お待ちください」

 リューケンは、不安そうにしている村人たちの輪に、ゆっくり入っていく。

 真剣な表情で、リューケンが何かを話している。

 周囲の村人たちが、複雑な表情をしているが、どこか諦めに似た印象も受ける。

「あの……、危なくないんですか?」

 リアンが不安そうに、近くの村人を捕まえて訊く。

 まだこれから、何が起きるか聞かされていない状態だが、リアンはなんとなく現状を察した。

「う~ん……。まあ、大丈夫だろうと思うよ。今まで、危険はなかったからね」

 近くにいた村人が、リアンを安心させるようにいう。

「へぇ、ハーネロンにも、いい人いるんですね。お話しできる人、なんでしょうか? 知性のある使い魔というのは、序盤の噛ませ役にピッタリです」

 ヨーベルは、目を輝かせながらいうが、今いった内容が意味不明だったのでリアンはスルーしておく。


 村人一同が集まり、リアンたちもその時が来るのを待っていた。

 ゲンブたちもおとなしくして、期待がこもった印象で待っていた。

 そして、その場から完全に認識を消していたアモスが、資材置き場の上で三本目のタバコを吸いだしていた。

 すると、ドスンと地響きがしてくる。

 地面が揺れる感覚が、その場にいた全員に伝わる。

「来たようだね」と、話しだす村人一同。

「お客人たち、来ますよ……」

 またヤナンに肩車されたリューケンが、リアンたちにいう。

 地響きは、どんどん近づいてきて、その轟音も大きくなっている。

 リアンたちは、近くで地鳴りを体感するまでになっていた。


 そして、森の中からのそりと、巨大なバケモノが姿をいきなり表す。

 唐突な出現に、びっくりしたリアンたちが後ずさる。

 ゲンブが腰から銃を抜こうとするのを、リューケンが一喝する。

「慌てなくても大丈夫ですよ! その物騒なモノを、しまってくだされ! こやつは、人には興味がないんですよ」

 リューケンが、ゲンブにそう声をかける。

 そのバケモノは、体長が五メートルもあるような、巨人だった。

 石なのか粘土なのかわからない物質で作られた身体は、各関節部が怪しく青い光りを発して、巨体を物ともせず意外と機敏に、明確な目的を持っているように動いていた。

 頭には怪しく光る目のような物質だけが存在し、それがキョロキョロと辺りを見渡す。

 周囲にいるたくさんの人々には、本当に興味がないようで、巨人は森の大木を、ずっと視線で追っているようだった。


 巨人は人々を無視して、一直線に一本の大木に、足音を響かせて歩いていく。

 途中、直線上にあった納屋を器用に迂回して、巨人は目的の大木の前に立つ。

 リアンたちは唖然としながら、その巨人の行動を監視していた。

 巨人が木の前で、そのやけに長い手をかざすと、腕全体が青白く輝く。

 それと同時に、大木の周りにも怪しい光が現れる。

 その瞬間、木の枝や葉が吹き飛んだ。

 あっという間に、一本の大木がツルツルの材木になった。

 その材木を、長い腕の手刀で簡単に切り落とす。

 木が倒れきる前に、器用に腕を回し、巨人がその切りだしたばかりの材木を担いだ。


 リアンたちは、あっけにとられてその様子を眺めている。

「なんだよ、こいつの手際、良すぎるだろ……」

 ケリーが唖然と、巨人の一連の流れを凝視していた。

 エンブルがため息をつき、帽子を脱ぐと、何故か大量に流れていた汗を拭う。

 木を担いだ巨人が、ノシノシと村の奥にある材木置き場に、その材木を置いた。

 そして何事もなかったように、村人を顧みることなく、また森の中に消えていく。

 巨人の足音が、徐々に遠くなっていく。

 この時リアンは、作業を終えて帰っていく巨人の背中に、怪しいお札が貼ってあることに気がづく。

「あっ……、あれは……」


 巨人の姿が完全に森の中に消え、足音だけがまだかすかに聞こえる。

 後に残されたバークたちは、呆然として森を眺める。

「……なんていったら、いいんだ? あれ、どういう仕組で動いてるんだ?」

 手に工具を持ったアートンが、唖然として口を開く。

「さ、さっきのは、本当にハーネロンの生き残りなのですか?」

 バークが、村人やリューケンに尋ねる。

「うむ、それなんだがなぁ……」

 リューケンが、ややいいにくそうにつぶやく。

「実は、わたしらにも、よくわかっていないんですよ……」

 リューケンの言葉に、村人たちも同意したようにうなずく。


「さっきのデカブツよぉ。人に、危害をくわえてくる、ってことないのかよ?」

 ケリーが、切りだされたばかりの材木を眺めながら訊いてくる。

「わたしは子供の頃から、彼を見ていたが、一度もそういったことはないですな。わたしの父、祖父、その前の曽祖父の話しからも……。そういった、危害をくわえられたという話しは、伝わっていませんよ」

 リューケンが、ヤナンに背負われたまま、腰をトントンと叩きながらいう。

「はぁっ? どういうことだぁ? そんな昔から、アレがこの村に、いたってことなのか?」

 エンブルが帽子を被り直して、リューケンに質問する。

 リューケンは、渋々無言でうなずく。


「ハーネロ戦役が起きたってのは、八十年ぐらい前だっけ? 計算が合わなくないか? 爺さんの話しとか、嘘なんじゃないのか?」

 ゲンブが、胡散臭げにリューケンに訊く。

 無礼な物言いに、村人たちがゲンブを睨むように見つめる。

「この村は、ずっとこの材木で、食ってきていたんだよ。わたしの昔の代から、あの巨人のおかげでね」

 リューケンはまた増えた木材を、村人たちと眺めながら何やら話し合う。

「ついに人目に触れたわけだ、この在庫も早い目に、処分したほうがいいですね」

「キタカイにいる息子夫婦に、すぐ帰ってきてもらうようにしましょう」

「ピストン運送で、さっさと在庫処分してしまいましょう」

 材木の処分について、コソコソと話し合っている村人たち。

 村の大きな秘密が知れたことで、彼ら住人の今後の対応も、大きく変わってくるのだろう。

 それについて、善後策を講じるのは普通だろう。


 そんなことを話し合っている村人を、アモスがタバコを吸いながら、黙って見つめる。

「あたしらが、村に来たことで、この連中も生き方を改ざるを得ないってことか。望むも、望まなくともね……。連中にとって、大きな決断だったわけね。フフフ、そしてあたしも、決断すべき時よね。その結果が、村にとって多少のリスクになるとしても、今まで恩恵に甘んじてたわけだし、それぐらい我慢することね。じゃあ、リアンくんたちが望まなくとも、あたしのやるべきことはひとつだけ……」

 誰からも認識されていなくなっているアモスが、凶悪な表情でナイフを取りだす。

 その刃物の先には……。

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