17話 「黒い海の魔物」 前編

「なんだぁ、この揺れは!」

「嵐か!」

「バカ! 空を見てみろ星が出てるだろ!」

 船員たちが、揺れる船体の中で、翻弄されつつ怒鳴り合っている。

 パニック状態になっている船員が、窓の外にとんでもないモノを見つけてしまう。


「うわっ! あれを見ろ!」

「なんだぁありゃぁ!!!!」

「ひえええっ! こ、こっちに来てないか!」

「どう考えても、向かってるだろ」

「まさか、あれがオリヨルの怪獣なのか!」

「バケモノすぎるだろぉぉぉぉっ!」

 船員たちの右往左往を押しのけ、アモスは目的の船長室に向かった。


 カギがかかっていたので、アモスは軽々とドアを蹴破る。

 しかし、部屋にはもう誰も残っていなかった。

 部屋は高波の影響で、滅茶苦茶になっていた。

 さいわい、誰も家具の下敷きになっているような様子もなかった。

 第一波が来た時に、すぐに避難したのだろう。

 この部屋の窓からなら、こちらに向かってくるオリヨルの怪獣の姿が、ハッキリ見えるのだ。

「くそっ! みんなどこ行ったのよ!」

 アモスが悪態をつくと、また船が大きく揺れる。

 高波が窓を突き破って、アモスがずぶ濡れになる。

 さらに、ズネミンの机がアモスに向かって滑ってくる。

 アモスに直撃するかと思った机だが、アモスは強烈な前蹴りで簡単に机を粉砕した。


 アモスという人間が、人外の力を得ているのは確実だった。

 その際、妙なオルゴールの音がする。

 そっちを見ると、白くてやけに細工の細かいオルゴールらしき箱が見えた。

 今のショックで壊れたのか、旋律が気持ち悪い。

 アモスは腹立ちまぎれに、それを踏み潰してやろうと考える。

 しかし、再度の船体の大きな揺れで、オルゴールは船室の奥に転がっていく。

 アモスはかろうじて転倒を免れ、舌打ちをするとオルゴールを無視する。

 また大きく船がぐらつき、部屋を出たばかりのアモスが壁にぶち当たり、さすがに転倒する。

 そこに波が襲ってくる。


「くそがぁ! あのスパスの野郎! こんなことになるなら、もっと苦しめてから殺せば良かったわ! このクソ家族ども、生きて帰れたら、絶対バラバラに引き裂いてやるからな!」

 悪態をつくと、廊下の奥にスイトらしき人物が倒れているのを発見する。

「スイトのオッサン!」

 アモスが、スイトの側まで走ってくる。

「あんた、まだ生きてるわね!」

 スイトが倒れながらもうめいているのを見て、アモスは安心する。

「リアンくんたちは!」

 スイトの胸ぐらをつかみ揺さぶって、アモスは開口一番リアンの安否を尋ねる。

「だ、誰だ?」

 ところが、スイトは目の前の女性が認識できない。

 夕食会を出る際にかけた、「見えない術」がまだ残っていたのだ。


「ああもうっ! はいっ! これで思いだしたでしょ!」

 アモスはスイトにかけていた術を解除すると、リアンたちの居場所を訊く。

「き、きみは、アモスくん!? いったいどこに行っていたんだ? 無事なのか?」

「少なくとも、あのバケモノがこっちに来るまでは無事よ」

 アモスの指差す方向を見て、スイトは青くなる。

 体中に赤い電飾をまとったような巨大な生物らしきものが、ゆらゆらと巨体を揺らしながら、こちらに接近してきていた。

「な、なんだあれは……」

「残念ながらね、あんたたちは最初から捨て駒だったのよ」

「捨て駒?」

 アモスの気になる言葉を考えながら、スイトも起き上がる。


「無事生き延びたら、全部話してあげるわ。この無謀な航海の、真の目的ってヤツをさ」

 アモスの中に、スパスへの怒りが再燃してくるが、今は辛抱する。

「で、リアンくんたちは!」

 アモスにとって、今の本命は彼らとの合流だった。

「彼らなら下の階に向かったよ、脱出ボートがあるからそれで少しでも……」

「ボートなんか役に立つとは、ん?」

 アモスは、スイトが窓を見て固まったのを見る。

 そして、アモスも窓を見てぎょっとする、

 窓の外には、黒い塊と、赤い発光したような血管、そして無数の赤い瞳がこちらを見ていたのだ。

 いつの間にか、ズネミン号の真横に、オリヨルの怪獣は横づけしていたのだ。

 アモスもスイトも、固まったまま動けない。


 その身体中にある無数の目はふたりを凝視し、巨体に張りついていた黒い塊と思われたのは、濡れた黒髪のようなものだった。

 その黒髪には、所々骨や肉片が、まとわりついていたりする。

 それは、今まで獲物にした者たちの残骸なのだろう。

「こりゃ、終わったわね……、クソが……。こんな馬鹿デカいの、どうしようもないわよ」

 アモスが、壁を一発ドンとたたく。

 すると、目の前からバケモノの姿が消えると同時に、大きな揺れが船体を襲う。

「やっこさん、船を海に引きずり込む気かもしれないな……。悔しいが、わたしの航海もこれで最後か」

 スイトが冷静にそうつぶやき、目を瞑ったまま天井を仰ぎ見る。

「アモスくん、きみはせめて、みんなのとこに。下の階、食堂に集まっているはずだよ」

 スイトの言葉を聞き、彼には一瞥もくれずアモスは走り去る。

 アモスは、ビショビショになって滑りやすくなっている階段を下りる。

 途中、何人かの船員が倒れて気を失ってるようだった。

 階段を降りようとしたら、目の前をリアンとヨーベルが駆け抜けていく。


「どうせ死んじゃうなら、特等席がいいですよ~」

 笑いながら、リアンの手を引いてヨーベルが甲板に向かっていた。

「ヨーベル! ダメだよ! やっぱり船室に!」

「どうせ死ぬんですよ~。アートンさんたちも、可能な限り戦ってみるって、甲板に向かったじゃないですか~。バリスタ撃ちましょ、撃ちましょ! うひょ~、楽しみ~」

 ヨーベルの、いつものフザけた言動が廊下に響き渡り、リアンがうろたえている。

「あんたはアホか!」

 アモスのチョップが、ヨーベルの脳天に炸裂する。

 同時に、リアンとヨーベルからも「見えなくなる術」をアモスが解除する。

「アモス! 今までどこにって、血だらけじゃないですか! 大丈夫なんですか?」

 リアンが、アモスの服についた血を見て驚く。

「あたしのじゃないから、安心していいわよ! アートンたち、あのバケモノと戦う気だって?」

 アモスが、今ヨーベルがいっていたことを再確認する。


「はい~、ズネミン船長が、せめて一矢報いてやろうって!」

 ヨーベルが勇ましそうな言葉を、うれしそうにいう。

「バリスタなんか効くとは思えないけど、ひょっとしたらも有りかな? あってほしいけど……」

 リアンが不安そうにいう。

「で、アモスは本当に、どこも怪我してないの?」

「大丈夫よ、あら、急に静かになったわね」

 リアンの心配を一蹴するアモスが、耳をすませる。

 確かに、高波も船体の揺れも、うなり声も聞こえてこなくなっていた。


「きっと、海中からザバーって、パクつかれるんですよ~、アハハ!」

 うれしそうにいうヨーベルの側頭部に、チョップをかまして彼女を黙らせると、リアンの手を引いてアモスも甲板に向かう。

「わたしも、連れてってください~」

 ヨーベルがふたりを追いかける

「ところでアモスちゃんは、あの怪獣さんのいっぱいの目と、髪の毛見ましたか~? おぞましい邪悪とは、きっとああいうのでしょうね~。目の多さと邪悪さは比例するんですよ! もっと全体像が見たいです。早くまた出てこないかな~」

 信じがたいことを、笑顔でいうヨーベルという女性。


「己の死を覚悟した不屈の騎士」

「せめてその我が死の正体を確認せんと」

「最後の力を振り絞る」

「その手には折れた直剣だけを携えて」

「さあ、その姿を見せよ!」

「わたしは此処だ、わたしの死よ!」


 ヨーベルがまた、妙な詩の一節を暗唱する。

 その顔には満面の笑みがあり、何故かどこにも死を恐れていない、彼女の姿があった。

 リアンは純粋に戦慄した。

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