17話 「遺跡を巡って」 後編

 怒り心頭のポーラーが、ズンズン港を歩いてる。

 お供の部下たちが、慌ててポーラーのあとを追いかける。

 港から白煙を上げている、ティチュウジョ遺跡の姿が見える。

 ポーラーが歩くのを、エンドール軍のスワックとステーが無言で眺める。

 エンドール軍としては、彼に干渉する理由がなかったので、するがままにさせていたのだ。

 そんなエンドール軍人たちの後ろで、ライ・ローたち一味が話しをしていた。

 サルガと久しぶりに接点を持てた、エリミートという中尉が、いろいろライ・ローに教えてくれている。

 エリミートはスワック中将の副官のひとりで、何故か最初からサルガに好意的な人物だった。

 彼を通じて軍のいろいろな情報を、リークしてもらっているのだ。

 ライ・ローが軍の内情にやけに詳しいのも、エリミートが教えてくれる情報があったからなのだ。

 しかもそれだけでなく、独断で、役に立つであろうという理由で、三名の部下を紹介してくれもしたのだ。

 しかし、ライ・ローに尽くしすぎたのが災いして、今はライ・ローと距離を置かれるようになってしまったのだ。

 現在エリミートが担っていた、ライ・ローとの接点を持つエンドール軍の士官は、インリーク少佐という暗く陰湿そうな見た目をした、参謀府の人物が就いていた。


「じゃあやっぱり、スワック少将たちは例の事件について、何か隠している可能性があると?」

 ライ・ローがエリミートに確認するように尋ねる。

「詳しくは、わたしも知りませんが、どうもそのような感じです」

「ありがとう。じゃあ、引きつづき何かわかることがあれば、教えてくれると助かります」

 ライ・ローがエリミートに礼をいう。

 エリミートと一緒にいるところを、あまり見られたくないライ・ローがそそくさとその場をあとにする。

 すると向こう側で、ポーラーが一団を引き連れて歩いていた。


「おっと、ここから先は立入禁止だぜ」

 ポーラーの進行を、手で制するサルガのユーフ。

 凶悪な表情で怒り心頭のポーラーを、ユーフが遮る。

 ポーラーは目の前に突然現れた、無礼な大男をにらみつける。

 ポーラーは、胸からクルツニーデの手帳を出してくる。

「クルツニーデのポーラー主任博士だ! パニヤ将軍に話しがあってきた! 邪魔だ! さっさと案内するなりしたらどうだ!」

 口から泡を飛ばしてポーラーが、ユーフに怒鳴る。

「おいおい、そんな喧嘩腰で来られたら、ますます通せんぼしたくなるぜ?」

 ユーフが、眉間に皺をよせてポーラーにいう。

 ポーラーの顔が紅潮する。

 またスフリック語で何かをわめくポーラー。

 さすがのユーフも、困ったような表情をする。

 ここまでの狂人の相手をすると、ユーフでも受け身になってしまう。


「ユーフくん、この方はクルツニーデのポーラー博士だよ、ここは通してさしあげよう」

 目を血走らせたポーラーがそちらを見ると、ライ・ローがいた。

「ご案内しますよ、博士、わたしはライ・ローといいます」

 ライ・ローはスフリック語で挨拶する。

「この木偶の坊は、貴様の部下か! さっさとどくようにいえ!」

「俺のこと罵倒してるのは伝わるなぁ」

 目の前で、地団駄を踏んでいる異国語を話す男を前にして、ユーフが頭をかく。

「まあまあ、ささ、ユーフくん」

 ライ・ローにいわれ、ユーフがポーラーに渋々道を譲る。

 すれ違う間も、ユーフとポーラーはにらみ合う。


 ドアをバン! バン! と蹴破るように開けてポーラーが前進していく。

 その歩調は、まだ怒りの感情が収まっていないようだった。

 そしてそのドアを開けた部屋には、ロイ・ロイステムスの部下がいた。

 何事かと、驚いたような顔をするロイの部下たち。

 カードゲームに興じていた、三人の胡散臭そうなロイの部下が、いきなり現れてきた男をにらみつける。

 それに対しても、ポーラーは怒りの表情を向ける。

 カード遊びをしていた三人組を無視して、ポーラーは奥の扉に向う。

 そっちの部屋に入ると、ロイ・ロイステムスがいた。

「お待ちしていましたよ、ポーラー博士」

 ロイが、入ってきたポーラーにいきなりそんなことをいう。

「誰だ! 貴様は? わたしはパニヤ中将に会いたい!」

 ポーラーが、ロイのニヤケ面にイライラしながら、怒鳴るように尋ねる。

「話しはついていますよ、ポーラー博士」

 珍しくロイが、丁寧に一礼する。

「どういうことだ!」

 ポーラーがロイに鋭く訊く。


「ミナミカイに向うのでしょう? もう船の手配が済んでいますよ。用意がいいでしょう?」

「何?」ロイの言葉に眉をひそめるポーラー。

「おや、これはこれは、ライ・ロー閣下もご一緒でしたか」

 ロイがポーラーのあとに、部屋に入ってきたライ・ローに挨拶をする。

「お久しぶりです」

 嫌なヤツに会ったなという感情を出さないようにして、ライ・ローがロイに挨拶を返す。

「今パニヤ将軍は、クレシェド市長と話しをしていますよ」

 ロイがそう教えてくれる。

「ミナミカイに向う人々を乗せる定期便を、復旧させてくれる予定です。決まれば今日からさっそく就航可能ですよ。でもそれを待つのは、ポーラー博士にしたら遅いですよね。で、その第一便をこうして用意してみました。ジャジャーンってね!」

 ロイが、窓の外に停まっている船舶を指差す。

「ポーラー博士も是非、ご同行願おうと思っていましてね。こうして訪問してくれるとは、呼ぶ手間も省けたってものです。甘くておいしい茶菓子も用意していますので、ミナミカイまでの軽い航海楽しみましょう」

 ロイはニヤニヤ笑いながらいう。



 執務室にいたレニエが、大きくため息をつく。

「じゃあ、クルツニーデの連中が、ここに怒鳴りこんでくるということか」

 腰掛けた椅子に、レニエが溶けるように脱力する。

「ふぅ……。仕方あるまい、船を通してやりたまえ。そして、クレシェドの提案も飲むと返信しておいてくれ……」

 目頭を押さえながらレニエが、部下にそう命ずる。

「ほ、本当にいいのですか?」

 部下がレニエに、不安そうな顔で尋ねてくる。

「構わんよ」

「非戦闘員のフリをした工作員が、紛れ込んでくるかもしれませんよ」

 部下が困惑したようにレニエにいう。

「此度の戦いは、そもそも両海軍の意地のぶつかり合いだ。巻き込まれた無関係な市民はいい迷惑だ。ミアリーのような、哀れな市民をこれ以上増やすこともなかろう。市民間の交流は条件つきで開放したいと思っていた。今回は、そのいいきっかけだよ」

 まるで自分自身を、納得させるようにレニエがいう。

「……そうですか」

 部下もレニエの苦渋の決断を理解して、渋々うなずく。


「怒り心頭の、クルツニーデの出迎え用意もしておくように。そうだな、これはカーナーにでも任せるか」

 レニエがうっすらと笑いながら、厄介事を知人のカーナー市長に全任する。

「で、アバックはどうしている?」

「自室にて謹慎しています」

「そうか、頭を冷やしてくれたらいいがな」

 レニエがポツリと、弱々しくつぶやくようにいう。

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