第26話 可能性のオタ
廊下の奥に見えるのは、長身で美しいロングヘアの女性。
玲愛さんは休みなのか、一見すると下に何も穿いていないように見える
白磁のような肌に、グラビアアイドルが裸足で逃げ出すほどのエロ漫画体型をしているのだが、一切そういった艶を感じさせないのは身にまとった冷たい空気感からだろう。
疲れているのか時間がないのか、彼女は口に液状ゼリーのパックを咥えていた。
「どもです」
俺を見つけると玲愛さんは一気に不機嫌になったのか、切れ長の瞳を細めズンズンと近寄ってくる。
「ここで何をしている」
ドスのきいたハスキーボイス。
威圧感がすごく、まるで銃を持った警官に職質を受けている気分になる。
「は、妹さんたちと遊ばせていただいています!」
唐突な詰問に、つい軍隊の如く敬礼してしまう俺。
「二人共一緒なのか?」
「はい、三人で遊ばせていただいてます!」
「二股か」
ギロりと俺を睨む玲愛さん。
彼女の放つ
「ち、違い、ますです」
「別に二股でも構わん。
「そんなの許す人いませんよ」
冗談で言っているのだろうと思ったが、玲愛さんは張り付いた氷のような表情からピクリと眉を動かす。
「じゃあ、仮にお前と火恋が婚約したとしよう。その時女の子しか生まれなかったらどうする?」
「どうって……」
「大家族もいいが、無理をして子供を産ませすぎると母体に負担がかかるぞ」
「それは確かにそうですけど……」
「それでもきっと火恋はお前の為に子を成し続けるだろう。そう思わないか?」
「……思います」
産まれてくる子供の性別なんて神にしかわからないので、火恋先輩に一切の責はない。
だが真面目な先輩の事だ、もし仮にそのような事態になったときの想像は容易い。
きっと自分を責め、悩み、必死になるに違いないだろう。
「そんな時の為に雷火がいる」
「……保険みたいな言い方はどうかと思います。それにその時には結婚しているでしょうし、結婚相手の妹と子を成すなんて許されませんよ……」
玲愛さんはフンっと鼻で笑った後、口端を釣り上げ悪戯的な笑みを浮かべた。
「どうしてだ? 美人姉妹とヤリ放題だぞ」
「何をですか? 何をヤリ放題になるって言うんですか!?」
「セッ――」
「わーーーーわーーあああああああ!!」
躊躇なく言おうとする玲愛さんの言葉に、耳を塞いでぶんぶんと頭を振る。
「とても男として魅力的なご提案ですが、お二人の事を考えるとやはり二股は炎上案件ではないかと……」
「聞いているか知らんが、あくまで重要なのは伊達の人間が産んだ子供だ。それが火恋の子だろうが雷火の子だろうがどちらでも構わん」
「伊達はそうかもしれませんけど、火恋先輩や雷火ちゃんが可哀想ですよ」
玲愛さんは話にならんなと言いたげに腕組みすると、鋭い瞳で俺を見やった。
「可哀想? お前がフった方は政略結婚に使われるだけだぞ」
「えっ?」
「フられた方は当然の末路だろう。今は三人で楽しいかもしれないが、いずれお前がどちらかを選び取るなら、片方の未来はどん底だ」
ショックな事実だが想定出来なかったわけじゃない。
玲愛さんは自分を捨てて伊達家を背負っている。
火恋先輩も家の為に許嫁の子を宿す覚悟をしている。雷火ちゃんだってそうだ。
だが伊達にとって重要な跡取りが産まれれば、子を産まなかった方は新たに男性とお付き合いすることになるだろう。
その時伊達が自由恋愛を許すはずもなく、伊達にメリットがある人間の元へと送り出されることになるだろう。
娘に子を産むことを要求する家だ、それくらい想像できたはずだ。
二人の明るさから遠い未来だと思ってしまったが、間近に迫っていることなんだ。
「そんな絶望的な表情をするな。だから言っているだろう、三人で仲良く子作りすればいい。そうすれば誰も溢れない世界ができる」
玲愛さんは俺の耳に顔を近づけて囁く。
うっ、ラスボスから世界を山分けせんか? と言われてる気分だ。
「火恋と雷火が好きな男を選べる機会は今後ないと断言できる。お前の判断でどちらかの未来が決まるんだ」
「未来……が」
「くだらない倫理観は捨てろ。何度も言うがウチは普通ではない。あの二人には伊達を衰退させない血の役目というのが存在する」
「そんなの……呪いじゃないですか」
「あぁそうだ。我々伊達家は、伊達グループ傘下を含めた数十万の社員の命を背負わされている。役目を放棄して逃げることは許されない」
俺の頭に囚われた火恋先輩と雷火ちゃんが浮かぶ。
俺は二人を前にして、どっちを助ければいいんだと選択を迫られる。
それはすなわち切り捨てる方を選ぶのと同じ。
「なぜどちらかなんだ? なぜ両方を選ばない? お前と火恋と雷火で子作りするか、どちらかが幸せになり、どちらかがどこぞの会社のロリコン親父と結婚させられるか……結論は自明の理だと思うが」
「それでも……不誠実ですよ」
俺は狂った問題に問い詰められ、一般論を振りかざす。もう俺には普通のことを言うしかできなかった。
玲愛さんは少し失望したように口の端を歪め、後ろ手に髪を弾く。
「もう一度言う。この家は一般家庭とは違う。一人の夫に愛され、最愛の人と子をなすことが出来ない。だが幸い一人の点は無理だが、最愛の人の子を成し暮らす事が出来る」
「………」
「お前がどちらか一人ではなく両方を選べば、私も母体健康維持の為、跡継ぎ出産は姉妹二人体制で行うと言い訳も作れる」
「…………」
「これでも嫌か? 体裁が気になるなら私が重婚でも何でもさせてやる」
無茶苦茶な事を言うが、玲愛さんならどっか重婚が認められてる国の国籍を取得してきそうで恐い。
「どうせお前はこれから働かなくてもいいんだ。精一杯二人を幸せにすることだけに人生使え。それが伊達に入る上でのお前の”役目”だ」
本来ならニート大歓喜となるところだが、役目や二人の未来という言葉が俺の肩に重くのしかかり、軽く過呼吸を起こしそうだった。
「そんなに相手の気持ちが気になるなら、お前が直接二人に聞いて判断しろ」
「……わかりました」
「私を失望させるなよ」
「は……い」
やっぱこの人ラスボスだ。言っちゃ悪いが剣心さんよりも圧が上だ。
緊張からどっと汗がふき出す。
「私は雷火に用がある」
そう言って玲愛さんは俺の背にしている襖を開けようとした。
まずい。
「あの雷火ちゃんに用でしたら、後にした方がいいんじゃないでしょうか?」
言えない。あんなシリアスな話をした後で、妹さん二人共部屋の中でプリティプリンセスコスに着替え中なんです、なんて言えない。
しかもノリノリで写真撮影してます、なんて言えない。
「なぜだ?」
「今二人で秘密の会議中らしくて、それを俺が聞いちゃダメらしいんですよ。なんかすごく大事なことらしくて」
くるしい! 緊張してたせいで、口からでまかせが出てこない!
「では耳を塞ぎ目を閉じて呼吸を止めろ」
「呼吸を止めては死んでしまいます」
「知らん」
襖に手をかける玲愛さんの手をとる。
「ほぉ、二股ではなく三股か?」
それも面白いと、どこまで本気かわからないことを言う玲愛さん。
「違います!」
「では離せ」
「出来ません!」
ユニコーン系主人公ばりに声を張ったつもりだが、構わず開けようとする玲愛さん。
俺は必死に阻止しようとしたが、こっちは全体重をのせてるにも関わらず玲愛さんは片手で互角。何この人、その気になれば簡単に開けられるんじゃないの。
「しつこいな、お前は」
「諦められないところは諦めません!」
「何だその無駄に格好いいセリフは」
見られると家族会議、ひいては緊急親族会議に発展する恐れがある。
そして何より「よくも妹にハレンチなことをしてくれたな、お前も許嫁失格じゃボケー」と言われても何一つとして反論のしようがない。
「大体中で何をやってるというのだ!」
「玲愛さんには関係ないのでお引き取り下さい!」
「この家で私に関係ないことなどない!」
もみ合いで、ガタガタと揺れる襖。
お互い一歩も引かないが玲愛さんの目がキラっと光った瞬間、鋭い角度でボディーブローが突き刺さった。
「ごはっ」
「折れるほど深くは突いてない。体勢を崩す程度だ」
そんな馬鹿な、これで体勢を崩す程度だと? 俺の体はくの字に折れ曲がった。
だが俺は負けん。姉妹の名誉を守る為に、俺は闘う!
「三石さん、さっきから何ガタガタやってるんですか? ひょっとして覗きですか? 多少のラッキースケベなら事故扱いに――」
俺のカッコイイ決意は、内側からの力によってあっさり瓦解してしまった。
中にいた雷火ちゃんと火恋先輩は、部屋の前にいた玲愛さんと眼と眼が合う。
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