第21話 オタの戦い

「居土先輩、火恋先輩はどうなるんですか? 先輩の言う被害に合わせた一人なんでしょ。それじゃあんまりにも彼女が可哀想だ」

「んー火恋さん……ね。大丈夫、とりあえず僕が許嫁に戻ったらなんとでもフォローはするからさ」

「フォローって……」

「”そんなことより”僕の興味は雷火さんに移ってるからね。今日転校してきたでしょ? 本当に純真って感じで可愛かったね。いろいろ教えてあげたいよ」


 なにかが切れる音がした。

 これだからイケメンは、世界が問答無用で自分を愛してくれると思ってるから困る。

 俺は何の前触れもなく居土の胸ぐらを掴み、体育倉庫に背中を叩きつけた。


「いい加減にしろよ。人の気持ちをゲームかなんかと一緒にしてないか?そんな好感度下がったら上げればいいやみたいな気持ちで接して、本当に彼女達を大切に出来るんですか?」

「痛いな、離してくれないか」

「何がそんなに悪い話じゃないだ。アンタみたいな人の気持ちを考えられない人間に、火恋先輩も雷火ちゃんも絶対に渡さない!」

「離せって、何熱くなってんだよ」

「お前がきっと火恋先輩の事を好きだと思ったから俺は!」

「考えがウザいんだよ。離せって言ってるだろ!」


 別に体を鍛えているわけでもない俺が、剣道部でならしている居土に勝てるわけもなくあっさり跳ね除けられてしまった。


「他人の気持ちを考えてるだけだから取られるんだよ」

「そうだな、負け犬根性の自分を呪うよ。だから今度は引かない。アンタには絶対に手出しさせない」

「君、ちょっとつけあがりすぎじゃないか? 彼女は君みたいな、何の才能も持たない人間に守れる安い人じゃないんだよ」

「一番人間の安いお前が言うな!」

「黙れよ!」


 居土のイケメンスマイルの下に隠されていた敵意がむき出しになるが、ビビってもいられない。

 二人で顔や髪を掴む、取っ組み合いになる。

 熱くなった俺は凄い。でも熱くなったからと言って不思議な力が目覚めるわけでもないので、ひたすらボコボコにされてしまう。

 居土の拳が俺の顔面を右に左にボールのように揺さぶり、一瞬自分が立っているのか倒れたのかすらわからなかった。


「くっそ、お前のせいで全部パァになるじゃん。信じらんねぇ死んでくれ」


 居土は普段からは想像がつかないくらい低く忌々しげに呟くと、俺の鳩尾に膝を突き入れる。


「ご、はっ」


 腹の奥からこみ上げる痛みに、膝が折れないようなんとか地面を踏みしめる。しかし腹を押さえて下がった顎に、鋭い拳が突き刺さり仰向けに倒れ込んでしまった。


「なんでお前みたいな奴に、火恋さんも妹さんも伊達もとられなきゃいけないんだよ。お前あの家の価値わかってんのか?」


 やっぱりコイツの狙いは伊達の家か。


「知るかよ。そんな損得勘定で動いてるから俺に負けるんだ」


 大の字になって倒れている俺の腹に、苛立ったかかと落としが入って悶絶する。


「ごっ……ぐっ」

「伊達家を手に入れられれば、どの業界にだって圧力をかけることができる。おまけに資産総額は数千億。金も地位待ってるだけで手に入る。しかも僕はお前みたいな凡人オタクと違って努力する」


 居土は口の両端を釣り上げ、演説者のように両腕を広げてみせる。


「僕の息子に家督を継がせるらしいが、それまでに時間がかかる。その間に伊達の全てを掌握してみせる!」

「努力の方向がよこしまなんだよアンタは!」


 俺はいつまでも腹の上に乗せられている足を掴み、力いっぱい投げてやる。

 しかし居土は少し体勢を崩した程度で、動じることはなかった。


「あまり暴れるなよ。僕が優等生で通ってるのは三石君も知ってるだろ? 本来僕はこんなことをする人間じゃないんだ」


 敵意がないよう優しい声で話すが、居土の靴は俺の頬を踏みにじっていた。


「お願いだよ三石君、実はウチの病院経営苦しいんだ。君のお父さんの会社と僕の父の病院が繋がってるのは知ってるかい? ウチの製品を君の会社に卸せなくなると君のお父さんも困る」


 俺の脳裏に一瞬オヤジの姿が映る。


「でも僕が伊達に入れば立て直すことなんて簡単だ。君はウチの病院と君のお父さんの会社の人間全てを救うことができるんだよ? もう一度考え直してくれないかな?」


 居土はイケメンスマイルを崩さず、めりめりと俺の頬を踏みしめる力を強くしていく。拒めば更に痛めつけるぞと態度で示しているのだろう。


「そんな身内贔屓で立て直した会社が、その後うまくいくとでも思ってるんですか? 人の財布アテにしてないで、男なら自分で立て直すぐらいの事やったらどうなんですか!」

「そんな生意気なこと言わないでさ! お願いだよ」


 余程今の言葉に腹が立ったのか、居土は笑顔を崩し全体重を俺の顔に乗せてくる。

 頬骨がメリメリと嫌な音を立て、本気で骨を砕こうとしているのがわかる。


「いつまで人の顔に汚いもん乗せてんだよ!」


 俺は居土の足を掴み、めいいっぱいの力でスネを殴り続けた。


「痛ったぃんだよ、何してくれんだ!」


 脛は痛かったのか、居土は飛びのくと俺の頭をサッカーボールのように蹴った。

 一瞬目の奥がチカッとして、意識が飛びそうになる。それと同時に、鼻の奥から堰を切ったように血が流れ落ちる。


「喉潰すか。あと手を折って……。君が回復する前になんとかケリをつけよう。一ヶ月くらいウチの病院で天井眺めててよ」


 居土は俺に馬乗りになり、首を絞め始めた。


「ぐっ……アンタは最低のクズだ……。人の好意を利用して自分の利ばかりを考えてる。そんな奴を俺は許さない!」

「だからなんなんだよ。青臭い事ばっかり言いやがって身の程を知れ。三姉妹共仲良く面倒見てやるから安心しろよキモオタ!」

「お前みたいな奴に、絶対あの家族は手出しさせない!」


 目前に迫った居土の鼻っ柱めがけて、俺は渾身の頭突きをかましてやる。


「痛ってぇ!」


 めりっという嫌な音と共に、居土が鼻をおさえると勢いよく出血していた。


「僕が鼻血? ありえない、ありえないぞお前!」

「お返しだよ」

「ふざけるな! ぶっ殺してやる!」


 居土は完全に頭に血が上り、体育倉庫に立てかけられていたトンボの鉄パイプ部分を引き抜いて殴りかかってきた。

 俺は骨折覚悟で、両手をクロスし防御体勢をとって衝撃に備えた。


 ――だが、いつまでたっても衝撃はこなかった。

 俺が目を開くと、鉄パイプは木刀によって防がれていた。

 目の前に立つのは、風になびく漆黒のポニーテールとセーラー服。


「なん……だと……」


 驚愕に彩られる居土の瞳。


「伊達、先輩……」

「すまない。本当はもっと早くに助けるつもりだったのだが、顔が酷い事になっていて助けられなかった」


 凛とした声と共に、火恋先輩はスっと居土に木刀の切っ先を向ける。


「居土君、君には聞きたい事があったがどうでもよくなった。悪いことが起きたがいい事も同時に起きた」

「こ、これは……違うんだよ。ちょ、ちょっとじゃれてただけで」


 居土はやぶれかぶれの言い訳ををするが、全く聞く耳をもたない火恋先輩。その手に強く木刀を握りしめ、しっかりとした足取りで近づいていく。


「君が許嫁から外れてくれて本当に良かった。悠介君が残ってくれて本当に良かった。玲愛姉さんもこれを見越していたのか? だとしたら一生姉さんに頭は上がらないな」


 先輩は緊迫した空気にも関わらず、フッと笑みをこぼした。


「いや、ちょっと待ってよ火恋さん。僕は君の事を大事に思って……。そう君の事を愛してるんだよ! こんな事になってしまったけど、全ては君の為なんだ!」


 なかなか苦しい上に最低な理由つけやがるなあの野郎。


「私も君の事は好いていたよ……。これが恋なのかどうか確信がもてず、乙女のようにやきもきしていた。だがあれは”勘違いだった”と今確信した」

「へっ」

「私が君に恋しているのなら、君と向かい合って少しは心が痛むものだろう?」


 そう言って火恋先輩はまた笑ったような気がした。

 いや背中向けてるから見えないんだけど、ただ居土の顔がイケメン顔から恐怖の表情に変わるのは見えた。


「畜生、なんでどいつもこいつも思い通りにならないんだよ!」


 居土は火恋先輩に向かい鉄パイプで殴りかかるが、木刀でコンと軽い音をたてて軌道を逸らされ地面に突き刺してしまう。


「どうした? 君は私より強くて私を守ってくれるんじゃなかったのか?」


 いつぞや玲愛さんになげかけられた質問の答えを、皮肉で返す火恋先輩。


「クソ、なめるなよ!」


 眉間に憎悪の色を浮かべた居土は、鉄パイプを引き抜くと大上段に振りかぶった。

 しかし火恋先輩が視認できないスピードで木刀をかち上げると、鉄パイプは宙空を舞っていた。


 あっ、レベルがちげぇや。


 更に火恋先輩の木刀がヒュンと風を切ると、一瞬のうちに居土の肩、腕、膝を順に攻撃し体勢崩させる。


「君との関係、これで終わりにしよう」

 

 そう言って火恋先輩は、何の躊躇いもなく木刀を振り下ろしたトドメを刺した

 やられ役のお約束みたいなセリフを吐いた居土は、案の定簡単にやられた。


 俺は心の底から、火恋先輩より強いなんて言わなくて良かったと思う。

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